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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
14/25

竜討伐

 木々がなぎ倒されていく。

 巨大な鉤爪で地を踏む竜の前に、人々も自然もあまりにも無力な存在だった。

 険しい瞳は赤色に輝き、鋼のように固い鱗がテラテラと光る。

 そこは、王都から外れた山岳地帯であった。どこから現れたのか分からない。突如現れた竜は大きな足を使い歩いている。歩く度に地割れする音が響いてくるのだ。

 竜を前に野生の動物も怯えている。一頭の野生動物が竜にむけて威嚇して吠えているが、まるで相手にしようとせず竜は地を歩く。か弱き生物など見向きもしない。時にはその大きな足で生命を押しつぶしながら歩く。

 向かう先は、王都。デュランタ王国の王城そのものであった。




 竜が現れたと叫ぶ使者の声にアレッシオはすぐさま立ち上がった。驚いたミモザもまた立ち上がる。

 不安が全身を襲う。これは竜に対しての不安ではない。

 アレッシオが、行ってしまう。

 アレッシオを失ってしまうかもしれない不安だった。


「アレッシオ様……!」


 ミモザの声にアレッシオは振り返りミモザを見つめた。

 不安を押し隠せない表情を浮かべる彼女を見つめながら、アレッシオは小さく息を呑んだ。

 それからずっと、ミモザを見つめた。

 甲冑の中の隙間のような視野から、寸分たりとも忘れないようにミモザを見つめ続けた。

 彼女の金糸のように美しい髪色も、アイスブルーの柔らかな瞳も、不安そうに下がる眉も、肌の美しさも、果実のように赤い唇も。

 全て、全て、全て忘れないために。

 ひたすらに見つめ、記憶に刻んだ。


「…………竜退治に行ってきます」

「…………はい」


 行かないでなど、言えるはずもない。

 彼は三年前に竜を退治した英雄にして、デュランタ王国の騎士団隊長。彼が竜退治に向かうのは当然のことなのだ。

 そう、分かっていても本心は嫌だった。

 浮かび上がってくる涙をグッと堪え、ミモザは顔を上げて精一杯微笑んだ。


「必ず…………帰ってきてくださいね」


 それがミモザの限界だった。

 微笑みながら一筋の涙が落ちてしまった。慌てて涙を拭ってから笑ってみせた。

 ミモザの感情を受け止めたアレッシオは、少しだけ俯いた後にゆっくりとミモザを抱き締めた。

 大きな体躯がミモザを包み込むような優しさで抱きしめた。ドクリドクリと奏でられる心臓の音が聞こえてきた。


「はい……必ず帰ってきます。帰ってきたら、僕の話を聞いてくれますか?」

「勿論です。だから……ちゃんと帰ってきてください」


 ミモザが伝えると、ほんの少しだけ抱き締めていた力が強まった。

 アレッシオの香りと温もりに愛おしさを感じたところで、パッと彼が離れた。


「行ってきます」

「はい……いってらっしゃいませ」


 離れてしまった温もりに寂しさを抱きながら、ミモザはアレッシオを見送った。部屋を出れば彼は騎士として一刻も早く向かうべく馬に跨り騒動が起きている方向へと駆け出した。

 竜に対する恐怖はある。未知にして伝説の生き物。目の当たりにすればどれほど恐ろしいか分からない。

 

(アレッシオ様…………!)


 震える手を押さえつけ、ミモザは手を重ね祈った。

 無事でありますように。

 無事に帰ってきてくれますように。

 怪我なく、どうか戻ってきて。


 祈る事しか出来ないミモザは、遠く姿が見えなくなったアレッシオの姿をいつまでも窓から見つめ続けていた。




 蹄の音が森に響く。数多くの馬の嘶き、森の木々からは飛び交う鳥の悲鳴にも似た鳴き声。

 すれ違うように小動物がアレッシオ達騎士団の向かう方角とは逆の方角へ逃げていく。

 向かう先から地響きのような唸り声が聞こえてくる。

 肌がひりつく。

 この感覚を、アレッシオは覚えている。


(三年前と同じだ)


 竜が出現したと報せを受け、騎士団隊員らと共に向かったあの日と全く同じだった。

 三年前、同じように出陣した隊員達の表情は青褪めていた。それでも立ち向かわなければならない。己らの役目は王都を護ることだ。自分達が逃げることなど出来ないのだ。

 誰もがアレッシオに期待の声を寄せたが、アレッシオが抱える記憶喪失の事を知る者は表情を曇らせるしかなかった。

 アレッシオとて分かっている。

 己の腕に竜討伐の期待が込められていることを。否、自分にしか竜を討伐することが出来ないのだ。

 

(護るんだ…………)


 三年前も思ったことを繰り返し唱える。

 三年前、アレッシオは己の大切な存在を護るために立ち向かった。

 アレッシオは家族が大切だった。

 父も母も、勝気だが優しい妹も。そして、共に過ごす仲間や友人も。

 彼等を護れるよう強くなり、騎士の道を選んだのだ。

 

(恐れるな)


 竜の嘶きが森に響けば、一声に鳥が空へと羽ばたき一瞬空を暗くする。

 徐々に空気が熱くなっていくのは、竜が炎を吐き出しているからだろう。

 乗っていた馬が恐怖から蹄を止めだす。どれほど叱咤しても怯んでいる。

 アレッシオは馬から降りるよう周囲に指示を出せば皆が馬を降り、身を構える。


「三年前に立ち向かった者は、あの竜の恐ろしさを覚えているだろう。だが忘れないでくれ。自分達はあの竜に勝った! 今回も変わらない。私達がすべきは、王都を護ることだ! 皆、力を貸してくれ!」


 アレッシオは声を張り上げ、己の仲間達を鼓舞した。騎士としての誇りを、護るべき勇気を、自身の意思を思い出させるために。

 周囲の隊員からの湧き上がる歓声にアレッシオは頷き、そして森の先に目を向けた。

 そこにいるのは巨大な神話の生物。

 それでも立ち向かうのだ。


 ――必ず…………帰ってきてくださいね。


 ミモザの声を思い出す。


(ええ。必ず)


 貴女を護るために自分が立ち向かうのだ。

 剣を抜き、アレッシオは駆け出した。

 ミモザの笑顔を思い出す。陽だまりのように優しく暖かな笑顔を。

 ミモザの歌を思い出す。あの、記憶を蘇らせてくれるような優しい歌を。

 ミモザの温もりを思い出す。優しく、ぎこちなくも触れてくれる指先の温かさを。

 

(必ず帰ります)


 三年前と違うことがあるとすれば、護りたい存在が増えたことだ。

 何よりも愛おしいと思える人が出来たことだ。

 剣に力を込めれば、己の力とは別の何かが腕に集まる感覚がした。覚えがある。これは、三年前の竜退治の時にも現れた力だ。

 同時に自身から何かが失われていくような感覚がぞわりと過る。


――失わせてなるものか。


 森を抜けた先で、竜の元に到達する。

 鋼のような鱗。捕食するようにアレッシオ達を見下ろす怪物の姿。

 手から溢れる力を操りながらアレッシオは怒声と共に竜へと斬りかかった。

 竜の皮膚を傷つければ、鮮血が飛び散りアレッシオの全身を濡らす。

 チリッと記憶が焼けた気がした。

 何かが失われた。

 何かは分からない。だが、確かにアレッシオから失われたことだけは分かった。

 構わなかった。

 ミモザの姿を思い出す。彼女の笑顔はまだ記憶にある。


「っはあ!」


 竜は足元から斬りかかるアレッシオに向けて鉤爪をふるってくるがアレッシオは身を返し攻撃をかわす。その間に遠方より隊員が矢で加勢する。傷のついた箇所に矢を集中して当てれば鱗の先を傷つけ、竜から叫びともとれる唸り声が響いた。

 連携を取り、アレッシオが傷をつけた箇所を集中して隊員が加勢する。これは、三年前に討伐した後に訓練した内容でもあった。一度あった襲撃が二度とないとは限らない。起きては欲しくないと思っても訓練を欠かさなかったことが功を成したのだ。

 竜が炎を吐き、周囲の木々が炎に包まれる。

 

 時間がない。

 アレッシオは大きく息を上下させながら周囲を見た。このまま長居しては自分達が焼けて死んでしまう。

 竜に傷は負わせられても決して致命傷ではない。長期戦となることが分かる。


「……………………!」


 ならば答えは一つ。

 アレッシオは祈るように力を願った。

 兜はアレッシオの願いに呼応するように淡い輝きを放つ。

 先ほどまで息を切らしていた体が、軽くなった気がした。

 手に持つ剣が真綿のように軽く感じた。

 今なら鳥のように飛び立つことさえできるような気がした。

 アレッシオは人ならざる速さで駆け、竜の身体を登っていく。身の軽やかさに隊員は息を呑んだ。

 瞬く間に頭部へと到達すると、竜が見上げ炎を吐くよりも前に、その頭部に剣を突き刺した。

 剣を押し込める力を緩めず、より力を求めた。血で濡れる手と、竜が暴れる力に抵抗しながらも、その手を止めることはなかった。

 

 竜の叫び声が森中に響き渡った。

 鮮血が溢れ、周囲の木々を濡らす。幸か不幸か、その血は炎の勢いすらも止めるほどであった。

 誰もが言葉を失った。

 徐々に力を失い、項垂れた竜はアレッシオと共に大地に倒れたのだ。

 強い揺れの後、周囲は慌ててアレッシオへと駆け付けた。

 

「隊長!」

「アレッシオ隊長!」


 竜の頭部で剣を突き刺したまま倒れたアレッシオに隊員が駆け寄る。

 アレッシオの身体は真っ赤に染まっていた。竜の血を全身に浴びた甲冑の騎士に周囲は一瞬恐怖したが、それも一瞬ですぐにアレッシオの身体を引き起こした。

 竜は動かない。息絶えていることが分かると、隊員達は歓声を上げた。


「アレッシオ隊長」


 アレッシオの部下であるトーマスがアレッシオに駆け寄り名を呼んだ。息はある。その事に安堵したが、トーマスは不安で体が震えていた。


「隊長、起きてください。終わりましたよ!」


 ああ、どうか。どうか。

 トーマスは祈るような気持ちでアレッシオの名を呼べば。

 ぴくりとアレッシオの指先が動いた。


「う…………」

「隊長!」


 目覚めたことに喜び、ホッとしたのも一瞬で。


「…………ここは……何処ですか? 貴方は……?」


 その言葉は。

 トーマスを絶望させるには充分だったのだ。



 ――必ず…………帰ってきてくださいね。


 誰が言った言葉なのか。

 アレッシオにはもう、分からなかった。



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