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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
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プロローグ

久し振りに連載を始めました!よろしくお願いします!

 咆哮が森林全体を響かせる。

 鼓膜が破れるのではないかと思うほど、大地を響かせる竜の嘶き。

 辺りの騎士は恐怖にすくみ上がり、ある者は騎士としての誇りを捨てその場から逃げ去る。

 ある者は命の次に大切とする剣を地に転がした。持つ手が震えているのだ。

 青褪めた表情の見上げる先には巨大な竜がいた。

 神話にしか存在しない存在。それが、目の前に居るのだ。


 三白眼の鋭い目が赤く光る。魔物が宿す赤色の瞳は臨戦態勢の合図である。

 今、この空間を支配する竜の感情を表すのならば「殺意」だ。

 

 矮小な人間という存在を踏みつぶし、嚙み砕き、鋭利な刃で切り裂き、口から吐き散らす紅蓮の炎で焼き消す。

 明確な殺意を抱いて一歩、一歩と踏み出した。

 一歩踏み出すだけで地響きがする。地面が揺れる。

 数名の騎士が後ずさる。恐怖に喉を震わせて、高い声で悲鳴を上げようとするのを堪えている者もいる。涙を浮かべる者もいた。

 強張る騎士の一人が、自身の横を通り抜ける長身の男性を見た。


 赤銅色の髪を揺らした長身の男は、彼等の属する騎士団の隊長アレッシオだった。

 背中しか見えず、彼の表情は見えなかった。

 

「アレッシオ隊長……」


 男は震える声を噛み殺しながらどうにか男の名を呼んだ。

 アレッシオは僅かに振り返るが、その先で大口を開き、炎を吹いている竜によって表情まで見れなかった。

 このまま死ぬのだ。

 炎に焼かれ、苦しみながら死ぬと、誰もが思った。

 だが、アレッシオは違った。


 護る。


 強い意思を抱き締めながら竜を見上げる。

 竜の大きな尾に襲われかけた部下を護るために痛めた腕は痺れ、剣を握る力すら残されていはいない。

 何処かしら骨が折れているのだろう。歩くだけで、息を吸うだけで苦しい。

 それでも意思は変わらない。


 護ってみせる。


 アレッシオは、腕に抱えていた兜を見つめてからそれを被った。

 初めて被るというのに、まるでアレッシオのために(あつら)えたかのように兜はすんなりとアレッシオの顔を覆った。

 その瞬間、彼の視界が一転した。

 真っ白に覆われたような、世界そのものを見た。

 竜の動く未来を見た。そして、竜を殺す未来も見えた。

 兜を纏った瞬間、アレッシオを襲っていた痛みが瞬時に消え去った。それと同時に湧き上がる力、能力、人間とは並外れた力、力、力。


 剣の柄を握り締め直し、アレッシオは走る。

 竜が炎をアレッシオに向けて吐き出すが、その炎を剣で切り裂いた。

 左右に裂かれた炎の間に立つ甲冑の男はゆっくりと竜に向かって歩みを進める。灼熱の炎は周囲を焦がすほどに熱く熱気に呑まれた騎士は息すら困難に後ずさるというのに、アレッシオは熱さなど顧みず、熱気の中に進んで行った。

 竜がブレスを止めた。

 チリチリと辺りの木々が燃え始め、世界が次第に赤く染め尽くされていく。

 剣を構えたアレッシオは駆け出した。足取りに迷いはなく向かう先は竜の元。

 次に襲いかかったのは鋭利な鉤爪だった。

 人の大きさ程もある長い爪が振りかざされる。襲う先は足元にまで向かってくる小さな人間の元へ。

 周囲の人間は悲鳴をあげた。アレッシオの死を予感したからだ。

 だが、現実は違った。長い爪はアレッシオの身体を引き裂くこともなく空を切る。

 人の動きと思えぬ素早さで甲冑の騎士は竜の懐に入り、そして長剣で腹を裂いた。

 鮮血が甲冑を濡らす。

 強く柄を握り締め、アレッシオは剣を振り上げた。竜自身の放つ熱に普通ならば全身が火傷を負い爛れてもおかしくない。

 だが、纏う甲冑が全て防ぐ。身すら軽く感じ、何度となく腹に、胸に、首に剣を振るった。

 大地が真っ赤に染まる。

 禍々しい咆哮をあげていた竜の眼から生気が消え、その場にゆっくりと倒れた。

 倒れた拍子に周囲の木がなぎ倒され、延焼していた木を押しつぶしたことにより火も収まった。何処か異質な匂いが立ち込める中、周囲の騎士は見守っていた。

 倒れる竜の前に立つ鮮血の騎士の存在に、畏怖さえ感じたのだ。

 しかし彼が常に心優しい仲間にして上司であるアレッシオだと彼らは知っている。


「ア、アレッシオ隊長……?」


 騎士の一人が声を掛ける。隊長である男の無事と、その得も知れない力に恐れながらも勇気を振り絞った。

 甲冑の男は声の方を向くと、血で染まった剣を地に差した。


「皆は無事ですか?」


 兜によりくぐもった声はいつも通りの彼だった。

 その声を聞いた途端、周囲から歓声が上がった。


「隊長! ありがとうございます!」

「素晴らしいお力です!」

「我々の勝利だ!」


 皆が喜色を浮かべ、生きていることに悦びを噛み締める。死を覚悟して涙する者もいた。慌てて怪我をした仲間に手を貸す者もいる。

 アレッシオは兜から覗く視界の中で、無事だった仲間達を見て安堵していた。

 風を感じたくて兜を外そうと手を掛ける。

 しかし、思ったように外れない。


「…………?」


 何度となく外そうと試みるが全く動かないのだ。

 焦りから手が覚束ないでいると、急に頭が痛み出した。


「…………っ!」

「隊長!?」


 その場で膝をつき蹲るアレッシオの姿に周囲の騎士が彼の名を呼ぶが、アレッシオにはそれすら聞こえてこなかった。頭が割れるように痛く、聴覚を失ったかのように心臓の音が煩かった。

 痛みと同時に吐き気と眩暈がアレッシオを襲った。

 ぐるぐると頭の中が掻き乱されるような感覚があった。

 その意識の中で、微かに何かがアレッシオに求めたのだ。

『代償を払え』と。


「隊長…!?」

「だい……じょうぶ…………」


 次第に頭痛は落ち着きを取り戻す。甲冑の中でゆっくりと呼吸を整える。

 暫くすれば痛みはすっかり消え去り、いつも通りの状態となった。

 甲冑が外せないことを除いて。


「急いで戻りましょう。竜退治は終わりました。急いで報告しなければなりません」

「そうだな……」


 アレッシオは刃を地面から抜くと竜の血で汚れた剣先を切れ布で拭ってから鞘にしまう。


「やはり隊長の剣は素晴らしいですね。隊長の父君が確か特注で隊長のために作られたって仰っていましたが……今度良ければ鍛冶屋を教えてください」

 

 自分も同じ場所で作りたいと告げる隊員の会話にアレッシオの足が止まる。


「隊長?」

「…………この剣……自分の父が作った……?」

「え? はい……竜討伐の前に仰っていたじゃないですか。父君が隊長就任の折に特注して下さったと」

「…………?」


 甲冑越しであっても、アレッシオの動揺が隊員には伝わった。彼は本当に覚えていないのだ。

 鮮血に染まる甲冑の首が垂れる。長身のアレッシオは物事を考える時、こうして俯いて思考を巡らせることが多いことも隊員は知っていた。

 だからこそ、アレッシオの様子に隊員は不安を抱いた。


「…………隊長。兜、取らないのですか?」

「……………………」


 アレッシオは部下の言葉に僅かばかりの躊躇を見せた。先ほど取ろうと思ったが微動だにすることが出来なかったことを思い出したのだ。

 表情の見えないアレッシオが黙れば、何を考えているのか全く窺えず隊員の表情はみるみる不安に染まっていった。

 それだけ、アレッシオの様子が異常なのだ。

 鮮血で全身を赤く染めた甲冑の男性。長身で体格も良く騎士達も見上げるほどの背の高さ。日頃であれば人当たりの良い穏やかな表情を見せるアレッシオの顔が、今は無機質な鉄仮面により一切の表情を見せない。それがまさしくアレッシオを畏怖的存在に見せるのだ。


「……戻ろう。怪我人の治療と移送を」

「は、はい!」


 凛とした隊長であるアレッシオの命に男は背筋を伸ばし、僅かに傷を負った足を引き摺りながら怪我人の元へ向かっていく。

 ずっと不思議な事があった。

 部下の背中を見つめる視線は甲冑の中だというのに、甲冑による視界の妨げが全くないのだ。視界は鮮やかなほどに見えるのだ。

 そのような事、あり得ない。

 あり得ないが事実なのだ。

 視界は鮮明に世界を映しだす。

 しかし、先ほどからずっと思い出そうとしても思い出せないのだ。


 父の顔を。

 母の笑顔を。

 手に馴染む剣を贈ってくれたのだという、その過去の記憶を。


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