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閑話 千海願

 絶海の孤島。空間の狭間。古の陸地。未知の島。人類の99%は知りもしないほど、ひた隠しにされているこの場所は魔術師たちにとって希望の場所。

 そこは千海願と言う。


「魔術師にとって千海願は、知れれば1人前、これれば超一流と言われるほど隠退体質であり、隠蔽気質でございます。」


 目の前に静かに座っている大人たち……僕から見ればおじさん、おばさんかな? そんな人たちは真剣に一言一句聞き逃さないように僕の発言に注目していた。


「それはここが特別であり特殊だからに他なりません。ここに来れたあなた方も知っているでしょう。」


 ここ千海願は魔術的に重要な場所であるから、どんな魔術師でも研究を重ねていればいつしかここにたどり着く。

 いわば誰でも通る道と思ってくれてもいい。頭に稀代の天才にとっては……と着くのだけれどね。


「かく言う僕は正規の手段でここに来れたわけではないのでその特殊性を外から感じた事はありませんが、」

「そんな雑談は後にしてくれないか? 速く研究に戻りたいんだ。」


 そんな雑談に興を上げている時、目の前の椅子に座っていたおじさんは突然声を出してきた。

 一応初対面だから先輩として挨拶をしようと思ったのに……


 でも、研究を行いたいからこその言動であれば、全然いいです。千海願は魔術に意欲的な人を歓迎していますから。


「それは申し訳ない事をしました。それでしたら少々巻きましょう。」

「ふん」


 あらら、大人だと言うのに僕のやさしさに気付かずにそんな鼻息なんて漏らしてしまって、まあ一度目なんでいいですけど。


「それでは自己紹介にでも移りましょうか。とはいっても魔術師ですので真名を軽々と話すことは出来ません。愛称ですが覚えておいてください。

第52代目リリ・アルカーノ当主 兼 千海願で【魔術行使】と【使命】の授業を担当している15歳の【メスシリンダー】と申します。以後お見知りおきを」


 その自己紹介を聞いた瞬間目の前にいた大人たちはざわめきだした。ただ、それは普通の人間が行なう驚き方ではなく魔術師の驚き方なのだけれど。

 つまりどういうことなのか?


「うわ……きたない。」


 誰からなのか分からないけど僕へ魔術が飛んできたのだ。それが攻撃なのか、もしくは驚きのあまりの暴発なのか、分からないけどそれは明確に攻撃性を持っており、明らかな違反行為であった。

 流石に攻撃に対しては一度目でも許す訳にはいかない。一発退場だ。


 もし攻撃性が無ければ許していたかもしれないのにね。

 ……とはいっても処罰はもう終わっているのだけれど。死と言う形で。


「静粛に」


 大人たちは魔術師だからと言うべきか死体には見慣れているようで、その事に関して動揺しているようには見えない。流石は千海願に来られた魔術師たちだ。これならここでもちゃんと生きていけそうだ。


 それにしても、反射的に魔術を跳ね返したら死体が一つ出来上がっちゃったよ。後で研究に使いたいから貰ってもいいかな?


「デコイ達は死体を僕の研究所へ送ってもらえるかな?」

「分かりました」


 お! これはいけそうだ。

 最近魔術師の死体が枯渇気味だったから新しいのが欲しかったんだよね。こんな形で入手出来るとは思わなかったけど、運がよかったよ。


 それじゃあ入学式の挨拶を再開しますかね。




 いやー、今回の入学生は特殊な人たちが多いから楽しみだね。特に僕の魔術に反応していた人もいたし。

 名前は赤月 島弧さんだったっけ?

 あの子は反応していた上に、その先の魔術の解析までしようとしてたから将来有望だね。

 権利さえあれば解剖をしてみたいよ。


 僕は千海願において特別な魔術師しか入れない剛性院を歩きながらとある場所を目指していた。

 とある用事でここに来ているのだけど、多分もう始まってしまっているだろう。あの人たちは待つのが嫌いだからね。


 僕はその用事を楽しみにしていたのでこれ以上遅れないように、すこし足を速めていた。ただ、残念なことに15歳のこの肉体では歩幅が小さいこともあり、隣りにいる助手くんの平均的な歩行速度に負けてしまっている。

 魔術を使ってしまいたい気持ちはあるが、原則として許可されているとき以外は使用を禁止されてしまっている。


 今の僕には速歩きで頑張るしか無いんだ。


「はぁ…。これなら入学式の挨拶なんて行かなければよかったよ。」

「そんな事は言わずに。序列的に教授が挨拶をしないといけないんですから。」

「まあ、そうなんだけどさ。」


 千海願には面倒くさい序列があって僕はその序列の中に組み込まれている。だから、今回の挨拶のように研究を中断しなければいけない業務をやらされるんだ。

 その代わり様々な権限をもらえるから一旦は何も言わずにやっているけどね。


 でも、入学式の言葉なんて僕がやらなくても良いことなのになんで、やらせるのかね?

 序列的なものは僕じゃなくても第2位の【青】さんで十分じゃないか。それなら千海願会の人たちも十分納得するだろうし。


 そもそも、なんで千海願会が僕に命令してくるんだろうね? 魔術的にも魔力的にも劣っているゴミたちは一回自分の立ち位置を知った方がいいんじゃないかな。

 そうだ! このあと潰しに行こうかな。


 この前も僕の研究にちゃち入れてきたし報復として強いのを一発入れても良いでしょ。


「【メスシリンダー】さま。そのようなお考えをせずに温厚な手段で解決しませんか。私共も協力は惜しみませんので。」

「……まあ、千海願会も一応は秩序を守っているようだし、ちゃんと実績もあるから強硬手段にはでないよ。」

「ありがとうございます。」


 助手くんはスムーズな実験の実現のために、僕の思考を読める魔術をかけている。だから、いまのも伝わってしまったのだろう。

 さっきまで実験をしていたから、そのままにしてしまっていたのだろうか? この魔術は強制的に僕の思考を読み取らせているから使い続けると脳の情報処理が追いつかなくなって廃人になってしまうので早めに切っとかなければいけないのに。


「伝えといてよ。これ以上邪魔をするなって。」

「分かりました。直ぐに連絡しておきます。」


 すると、歩きながら千海願と連絡を取るために懐から紙を取り出し筆記し始めた。別に今すぐじゃなくてもいいのにと思ったりもするけど、助手くん的には一大事なんだろう。

 簡単に一行だけ書いて送るようだ。


 内容は身長のせいで見えなかったけど、まあ悪いようには書いていないと思う。


「『魔力開放』『連動』『展開』『構成』『変態』『同化』【イ・レター】」


 助手くんは魔術を使い手紙を鳥の形に変態させて飛ばしたようだ。

 前に見た魔力操作よりもスムーズに出来ているから、ちゃんと鍛錬していることが良く分かる。簡単な魔術であるがゆえに魔力の使い方が良く分かると言う物だ。


「上手くなったね。」

「ありがとうございます。【メスシリンダー】様の実験に付き添わせていただいたからでございます。」

「ただ、今はここのルールが分かっていない入学生がまだいると思うから、防御系のは付与しておいた方が良かったかもね。」

「あ、」


 ここにいると忘れがちなんだけど、魔術師の常識として見知らぬ魔術を発見したら破壊するのが鉄則なんだ。もし、その魔術が攻撃をしてきたら……もしその魔術が結界を張ってきたら……と思うと、放置は厳禁。

 僕もここ以外で魔術を目の前にぼーっとしている人がいたら叩き潰すと思うけど、ここでは違う。攻撃性がある魔術を使う事はルールによって禁止されている。もちろん例外はある。

 だけど、その事を知らない入学生はまだ多いと思うから、あの鳥はどこかで墜落しているんじゃないかな?


「よく見ておきな。」


自分の不手際に意気消沈しているようなので、ここは教授として少し面白い物を見せてあげよう。


「まずは『魔力開放』。体の中の魔力回路を活性化させて魔力を作っていく。」


 『魔力開放』の合図とともにさっきまで停止していた回路が起動し始めた。すると、生成する魔力量が多すぎたのか、もしくは魔力回路を活性化させすぎたのか、僕の周辺は歪んでしまっている。

 本来はありえないのだけど、魔力の神秘性が世界に歪みを作ってしまっているのだろう。 まあ、何もしなければ危険性はない。

 

「つぎは連動だったかな? 紙は持ってないし……代用として爪でも使おうか。」


 なんとなし右手の中指の爪を引きはがす。多少痛いけど気にするほどでもない。魔術師をやっていればこの程度は気にしなくなる。

 

 僕は爪を手の中に納めて軽く転がす。肉が引っ付いていたら魔術の邪魔だから確認しているのだ。 

 そんななか一つ思い出した事が有った。

 えっと、右中指の意味は「意志を強くする」だったっけ?


「じゃあ、魔力を爪に流して『連動』させる。この時『構成』……内部構造も把握しておくといいね。次は『展開』だ。」


 すると魔力を帯びた爪が一度目に見えないくらいまで分解されて再度集結する。このとき、先ほどと同じような形状ではなくまったく別の小さな正方形になっていた。

 しかし爪だからザラメのように小さい。


「で、『変態』。まあ、今回はわざわざ鳥の要素を含ませて飛ばすのは面倒くさいから別の要素にしようかな。」


 ぼくはそう付け加えて『変態』をかいしする。

 『変態』とは簡単に言えばそれがそれであるがための要素に別の要素を付け加える事。つまり「紙」が「紙」であるがためには「紙」以外の要素は必要ないんだ。

 だけど、『変態』を行なうと「紙」に「紙」以外の要素を付け加えることが出来る。


 ちなみにさっきは「鳥」を付け加えたらしい。


 しかし同じように「鳥」にしてしまえば墜落されてしまう。


 だったらどうすればいいのか?


「今回は「飛行機」なんて要素でも加えようかな? 幸いにも【錬金術の申し子】くんの所有物の飛行機を解体させてもらったばかりだから構造はちゃんと把握しているんだ。」


 鳥では遅すぎるので落とされてしまう。しかし、防御系の魔術を付与してしまえば助手くんの見本にはなれない。できれば同じような手順で真似がしやすいようにしたんだ。

 だから、鳥よりも早い飛行機にさせてもらった。


 これなら防御系の魔術をかけるまでもなく、稀の目にも止まらぬ速さでたどり着いてくれるから、そもそも破壊なんてされない。


 正方形の爪に『変態』こうしする。すると、その形は極小の飛行機へと姿を変えた。

 『変態』を使うのは初めてだったけど、割といい出来だと思う。

 

 なぜか助手くんは顔を引きずっているけど……まあ気にするほどでもない。


「最後は『同化』なんだけど、この飛行機は操作なんてできない程早くなるだろうから別の魔術を使わせてもらうよ。

使うのは『自動』。同化とは別の分野だけど助手くんなら練習すれば使えるようになるから頑張りな。」


 ここまで来ちゃうと後は飛ばした後の事を考えるだけ。今回の『自動』は魔力をそんなに使いたくないから、目的地点を設定するだけの簡単な魔術にする。

 そうすれば勝手に飛行機が調節して飛んで行ってくれるんだ。


「はい。ここまでが助手くんが行使した魔術手順なんだけど、この飛行機は手紙も何も書いてないから到着しても何の役目も果たせない状態だ。」


 助手くんが使った魔術ならば最終的には『変態』の効果が切れた時に、世界の修正力が働いてもとの手紙に戻る。だけど、もとが爪だと『変態』が着れたとしてもただの爪に戻るだけ。


「だから、後一工程加える。使う魔術は『結果』。『自動』の役割が終わった時、その周りの人たちに暗示をかけるんだ。僕にちょっかいをかけるんじゃないぞって。」


 『結果』の魔術は最後はどうするかを決めるだけの魔術。だから今回は『自動』が終わったら、『結果』を使ってその周辺に暗示の魔術をばらまく。

 これに関しては、魔術にディレイをかけなきゃいけないから適正が無い人は全く使えないらしい。


「はい完成」


 そうして出来上がったのは、おびただしい魔力を纏った超小型の飛行機だ。

 助手くんとほぼ同じ手順を踏んでいるはずなのになぜここまで差が開くのか?


 熟練度の違いである。


 15歳と言う若い人間だとは言えこの魔術の最高峰と呼ばれる千海願で【魔術行使】の授業を担当しているのだ。簡単に言えば【魔術行使】の分野において僕よりも上には数えるほどしかいない。それほど魔術の使い方に長けている。

 だから、同じ魔術であるはずなのにここまで差が出ているんだ。


【機械仕掛けの壊れやすい槍】


「あとは勝手に飛んで行ってくれるよ。」


 そう言うとさっそく『自動』が起動したのか僕の手から飛んでいき目の前の窓ガラスを破って、凄い加速をしながら飛んで行ってしまった。


「……僕たちもいこうか。」


 窓ガラスは見て見ぬふりをする。直せると思えば直せるけど、そろそろ時間が迫ってきてしまっているので逃げるように去って行くことにした。

 修復系の魔術は苦手なんだ。直そうと思ったら丁寧に説明していたさっきの魔術よりも時間がかかってしまう。


 何やら助手くんは割れた窓ガラスをみて怯えているようだが、僕はこれでも千海願である程度の地位を確立しているんだ。この程度の損害では何も言われまい。

 それは助手くんも分かっているはずなんだけどな?


 少し急がなければいけないので、窓ガラスを見ている助手くんは放置して先に行くことにした。行く場所は教えているので後で追いつくだろう。

 そう思い歩いていたのだが……


 突然目の前が強い光に覆われた。


 それは雷のようであり、光だけが先行してやって来る。突然の事でびっくりしてしまったが、体は反射的に防御魔術を展開した。

 すると、追ってくるように大きな音が鳴り響く。


バーン!!!


 どこかで大きな爆発が起きたような音であった。さっきの光はその時に出たものなのだろう。

 しかし、幸いにも音だけだったので発動していた防御魔術は無駄になってしまったが、あっけに取られていた助手くんは防御系の魔術を展開しそびれていたようなので良かったのだろう。


 それにしてもなんで爆発なんて起きたのだろうか?


「今の……教授の魔術じゃないですか」

「……え、ほんと」


 でも、あの程度の魔術で千海願会の結界を壊せるかな? 確かにたしょう魔力は込めたけど、それでもあの程度であれば血を吸いに来た蚊程度だと思うし大丈夫だと思ったけど。


「よし! 知らんぷりしよう!」

「でも、記憶媒介されたら…」

「……」


 僕は何も言わずに足を早めるのであった。幸いにもここは千海願である。

 死人に口なしとまでは言わないけど、ここでは殺人を侵すことくらいは容認されている。もし僕だと知られても「対処に遅れてたお前らが悪い」って言えば大丈夫……だと思う。

 

 少なくとも千海願会の奴らはそんな思考だ。






【魔術史最後の生き残りである1匹と1人は異能の世界で生きていく】をご覧いただきありがとうございます。もしよければブックマークや評価をしてくださるとうれしいです。


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