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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第2章 2日目
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第7話 慣れてきたみたいだな



「昨日はお疲れ様。体調は如何かしら?」


 冒険者の酒場ーートラッキンの酒場。その毒空団の指定テーブルに着いてのカレハ団長の第一声だ。


「上々でさ。宿の調子も良御座んした」


 家に居た時と比べれば月とスッポン。実家の寝床よりもグッスリと眠れたのは程よい疲れと高揚感によるものだが、それを除いても最高の一晩だった。


「なら良かったわ。初日で飛んじゃう新入りも多いからね。根性があるのは結構よ」


「へぇ、今後とも宜しくお願いしやす」


「ええ、こちらこそ宜しく」


 団長の声掛けに続いて、同じテーブルに座っている前衛の戦士アンコロモチさん達と猛炎のラファリーさんも肯定の仕草を送ってくる。


 たった1日冒険を共にしただけの仲ではあるが、何となく仲間になれた様な、何とも嬉しい気持ちになった。


「さっ、じゃあ明日のスケジュールを決めましょうか」


「明日……?」


「あれ、言ってなかったかしら? ウチは1回潜ったら翌日1日休みなの。……もしかしてお金使い切っちゃった?」


 ……使い切っちゃいやした。


 と、喉まで出かかったが、恥を晒すまいと踏み止まった。


「ああ、そう言えば言って居た様な、あい失念しておりやした。すいやせん」


「良いのよ。まぁ、銅貨で良ければ貸してあげても構わないわ」


「へぇ、それは結構でさ」


 渾身の笑顔で借金拒絶の手刀を切ったが、直後のラファリーの「とか言いながら使い切ったような顔してるよ〜」という発言で顔が赤くなってしまった。


 まさに恥を晒した格好だ。


「ほら顔に出てる〜。夜のお店にでも行ったんじゃないの〜」


 このラファリーという女。妙に鋭い推測だが、誤解がある。昨晩の事に関しては金は払っていないから、これは自由恋愛なのだ。


「銅貨で春は買えないだろ」


「いや、貧民街なら銅貨で買える」


「もしかして前回の病欠はお前……」


「いや、それはたまたま時期が重なっただけでそのそれが関わっている訳では……」


 何だかよく分からないが、アンコロモチ同士の雑談が始まってしまった様子だ。話題は都会の伊達男の話のようだが、良く分からない。だが、皆の仲が良いのは分かる。


「ハイ」


 団長がパンパンと手を叩いて皆の注目を集めた。


 それとなく皆の顔が真面目になったような気がする。


「じゃあ、稼ぎの話にしましょうか、昨日みたいなチンケな稼ぎじゃなくて、皆が稼げるような仕事を……ね」


「そうね〜。昨日はお試しだったから宿代考えると赤字だったしね〜」


 猛炎のラファリーが両手でお金の手仕草をしながら、不服そうな顔をした。


 ……あれがチンケな稼ぎだったというのか。


「それは言わぬが華よ」


「次は銀貨の店じゃなくて金貨の店に行きてぇな〜」


「そんな店この街にあるかよ」


 アンコロモチ組がそれぞれ適当な事を言っているが、何となく好みの方向性の違いが見えて面白い。人は皆欲を持って生きているものだ。


 アンコロモチ先輩達と仲がよくなった暁には是非とも店を紹介して貰いたい。夜の……夜の店を。


 ウンウンと話を聞いていると、静観していた団長が「さて続きを話しましょう」とピシャリと仕切った。


 皆の顔がますます真剣になり、慌てて俺も姿勢を正した。


「ネズミの巣に半日行ったくらいじゃアレくらいしか稼げないけど、第2階層まで降りると、同じ時間で倍から10倍は稼げるわよ」


「さいでございやすか」


 ……10倍。昨日ですら銅貨5枚の稼ぎ。その10倍ともなれば銀貨の世界だ。つまり、田舎では聞いた事のない額の金が稼げるという事か。


「そうよ、まぁ多少の難儀はあるけどね。そうそう、私達のF級冒険者クランというのはGから始まってのF。つまり第2階層迄の探索許可が降りてるという事なのよ。だからアナタさえ使える(・・・)なら第2階層の方が儲けがいいの。どうかしら?」


 急に「どうかしら」と言われても困る。


 この辺の判断は命に直結するから、即断は出来ない。


「お言葉ですが、階層を跨げば危険も跳ね上がると聞いておりやす。冒険者の半分は初日で死に、残りは更に数ヶ月以内に半分死ぬ……で御座んす。初日で死ぬという事は第1階層で死ぬという事。少なくとも2日目に第2階層へ行くほどアッシぁ馬鹿じゃあありやせん。魔物は何が出るか、どんな場所なのか、それを知るまで返事は出せやせん」


「……ふーん。お金の話に反応があったから、すぐにでも手を出すと思っていたけど、案外奥手なのね」


 団長は俺を再評価した様に、何度も頷きながらそう言った。


 臆病さを慎重さと捉えてくれたのだろうか。褒めてもらうのは嬉しいが、調子に乗るのは良くない。


「手前童貞身持ちは硬いと心得ておりやす」


「そう、死ににくいのは良い事だわ。じゃあ今日はあなたの説得(・・)も兼ねて第2階層の話でもしようかしら」


 説得……と来たか。真意としては2階層に潜りたいのだが、初手で食い付くのは慎重さに欠けて減点といった所か。


 人というのは難しいものだ。


「……お願いしやす」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 こうして、無駄話を挟みながら冒険の話をする事で冒険者としての2日目が終わった。知的好奇心をくすぐる迷宮の謎。徘徊する魔物。そして、そこで得られた数々の財宝……。


 こんな話を聞かされて奮起せぬ男が居ようか。


 ……そして、更にその日の飲食代はクレハ団長が支払った上に、釣り銭の銅貨を3枚握らされた。


「折角の新入りを野宿させて追剥に殺されては適わないわ」との事だ。


 そこまで期待されて奮起せぬ男が居ようか。


 まだ見ぬ“10倍の収入”とやらに少し浮かれつつ、俺は身を硬くして昨晩の宿へと向かった。


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