第6話 冒険処女
夕刻の鐘が鳴り終わった頃。斜に差す西日が刻々と明るい路地を削りながら沈んでいった。もうすぐ夜だ。
トラッキンの酒場に居た片腕の男に紹介して貰った安宿へと急ぐ。
なんで急ぐかって? そりゃ暗くなると追剥に襲われる可能性が格段に上がるからだ。
今回の様に宿を紹介して貰わねば追剥のつるんでいる盗賊宿に泊まる可能性もあるから、宿選びは慎重に行う位が丁度良い。流石に冒険者の酒場にいる受付の男がそんな悪とつるんでいる事はあるまい。そうであった場合は運が悪かったとしか言えないだろう。
……。
何とか陽が暮れる前に辿り着いた宿は、お世辞にも豪華とは言えない造りで、民家を改造して建てられたらしい。
受付の痘痕顔の醜女曰く、全部で6部屋あるとの事だった。
まぁ、宿に部屋が幾つあるかなんてどうでも良い話だ。
俺は早く飯が食いたい……!
腐った汁物やカビたパン以外の物を食べるのはどれだけぶりだろうか……。ふとこれまでの過酷な旅を思い出す。
森の通り道でたまたま見付けたオオネズミに石を投げて仕留め、そのまま焼いた肉を食べた事もあった。
毒抜きを怠った芋のでん粉に当たって泡を吹いた事もあった。
多くは貝貨1枚で買える大きくて硬いパンを割って複数日に分けて食べていた。また、そのパンも交渉してカビたパン2つにして貰う事もあった。
田舎の賤業を営む者の間では、カビはパンのアクセントでしかないのだが、都会の者は腹を壊すと嫌がる事が多い。なんと贅沢な事だろうか。
基本的に貧乏人の旅は持ち歩きのパン以外は現地調達で賄うのが基本だ。旅銀は余っ程でない限り、何かあったときに命を繋ぐ為の賄賂にしか使えない。
◇ ◇ ◇ ◇
そうこうしているうちに痘痕の醜女によって食事が運ばれてきた。
荒麦のパン、野菜のスープ、焼かれた肉片、野性味なサラダの恵まれし幸運の食事。
市民権を持つ一般人にとっては日々毎日の食事に過ぎないが、出自の穢れた賤民である俺にとっては、正月以来のご馳走である。
「いただきやす」
賤民故に肉こそ日々食べ慣れた物だが、うまい。人の整えた飯を食うのは……まこと滋味のある事だ。
アギアギとよく噛んで食べ、汁一滴まで腹に収めると、自然とため息が出た。
俺はこれまで生きてきて人に認められる事など数えるほども無かった。親父には殴られ、兄にも殴られ、村の者には賤しき者と罵られた。
だが、その賤しい業である解体を褒められ、冒険者として働いて銅貨5枚の報酬を貰ったのだ。
銅貨5枚とは駆け出しの職人1日分の給金だ。親方に師事して1年程修行をして1人前と判断された職人の給金……それと同じ金額が手に入ったのだ。村に居た頃の解体業者が1週間に貰う金額と大差ない。
ーー村を出てきて良かった。
そう思った。
「儲かったのかい?」
皿を下げに来た痘痕顔の醜女が話し掛けてきた。
「ああ、賤業が金になると知っていたらもっと早く此処に来たのだが」
醜女は、賤業と聞いた一瞬は動きが止まったが、微笑みを崩さなかった。
「抜いてやろうか?」
「そこまでの金はない」
これは事実だが、多少金があってもそもそも女の値段は高い。費用対効果を検討しつつ、質の部分はなるべく選びたい。
「いや、金はいらん。ワタシで良いなら祝いで抜いてやる」
「そうか、それならば据え膳。恥を忍んで受けよう」
そう答えると、醜女は笑顔になった。なんだ、可愛い所もあるじゃないか。年も近そうだし、……痘痕も笑窪だと思えば悪くはない。
醜女は食器を片付けた後、布切れを持って戻ってきた。
そして、徐に俺の前に座って、仕度を始めた。
「よく見ると、逞しい脚だ。それに……凄い……」
醜女はそう呟いた後、目に全神経を集中させて俺を鑑賞した。
誰であれ、凄いと言われて喜ばぬ男が居ようか。
「脚さばきに自信はある。だが、静かに動く為のもので、戦う強さには替えられぬただの伊達よ」
とはいえ、丸っきり自信がない訳では無い。
自身の滾りから湯気が昇ってくる程には戦いには自身がある。未だ初陣も済ませていない戦童貞ではあるが、村にいた頃の周囲の者のモノとは比べ物にならぬのだ。
俺が戦えない訳がない。
「じゃあ……やるね?」
心なしか声が高くなった醜女は、上目遣いでそう言った。
それ以降は天井を見ていたので、どうなったかの結末は見ていない。
ーーこうして冒険処女を失った俺の初夜は更けていった。