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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第1章 1日目
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第4話 ディスカニト

 ーー冒険者。それは高い城壁で守られた街の外で活動を行う者の総称。街の外と同じく危険を有する地下迷宮へ潜るのもまた冒険者だ。彼ら……いや、俺等は様々な目的の元に身を危険に晒している。


 冒険者は魔物の討伐、素材の採集、未踏破地域の探索、宝探しと言った基本的な目的だけではなく、冒険者組合(ギルド)に依頼されて浅階通路の清掃を行う者や、中にある休憩所へ物資を運ぶ者も居るらしい。


 俺の目的は生活の糧を得る事だから、ソロで入るのならば素材の採集が中心となるだろう。だが、今回は毒空団とやらの入団テストだ。詳しい目的は知らないが、討伐した魔物の解体さえしていれば食いっぱぐれる事はないだろう。



「……居やしたぜ団長。前……ネズミが9……いや10匹でやす」


「あら、もう見付けたのかしら? 早いわね」


「ええ、まぁ。あと、やっこさんも畜生なので耳が良い様です。気付かれてやす。なので不意打ちにはなりやせん……逃げやしないようですがね」


「上等よ。後は私達が何とかするわ。戦いは……後衛で見てなさい」


「へぇ、拝見致しやす」


 むわっとするドブの臭気。


 道の中央の凹みを小川の様に流れる汚物。


 そして、その横をコツコツと歩く6人の足音。


 ……気付かれてない訳はないよなぁ。 


 皆が扉のない小部屋の前に立つと、目視出来る範囲に10匹の大きなオオネズミが佇んでいた。


 大きさだけで言えばウサギくらいの大きさだろうか。子供くらいなら噛み殺せる生き物だ。当然、俺1人で戦えと言われたら1匹か2匹道連れには出来るかも知れないが、そのまま食い殺されて終わりだろう。


 アンコロモチの前衛戦士組が静かに戦闘態勢を取った。だが、それは攻撃を主とする構えではなく、敵が後衛に向かって飛び出した際にすぐ飛び出せる様な防御主体の構えだ。


「前衛は準備完了です」


「じゃあ行くわねぇ」 


 カレハ団長は汚水で汚れぬようにローブの裾を片手で捲し上げて座り、残る右手を下水の水に浸しながら、背中越しに話し掛けてきた。


「……私の得意にしている魔法はね……“窒息”のカレハ・マスタードの名に相応しいものよ。……よく見ていてね」


 邪魔をしてはならない緊張感から、返事は無言の肯定をして返す。


「……数多の水に彷徨う苦悶の唇よ、我が呪いを以て悉く閉じよ……窒息(ディスカニト)!」


 彼女は詠唱と共に汚水を掬い上げ、空気中に撒き散らす。


 その水滴は空気中で霧状になり、広範囲に散らばるオオネズミへゆっくりと移動していった。


 ……やがて、オオネズミ達が眠るように倒れ始めた。異変に気が付いたネズミも、逃げようと方向転換したあとパタリと倒れた。


 場を、死の静寂が支配する。


「これは黒魔術よ。水を触媒にして、ひと纏まりになっている対象を溺れさせるの。人間や、それよりも大きな生き物には即死させるような効果がないけど、オオネズミくらいなら全滅確定ね」


 カレハ団長はアンコロモチの誰かが差し出した清潔そうな布で手を拭きながらそう解説した。


 そのアンコロモチの誰かは口パクで「モチだ」と言っていたので多分モチさんだろう。


「さいですか。魔法とはげに恐ろしいものでござんす」


 汚臭漂う下水の流れ出る部屋。苔生して足元も覚束(おぼつか)ない床。その上に痙攣して倒れるオオネズミの群れ。


 そこで、ふと自分の役割に気付く。


「あっ、アッシの出番でやすね。解体致しやす」


「結構」


 サッと前衛の前に飛び出して、敵集団へと向かう。そして、1匹1匹ちゃんと死んでいるかを確認した。この作業は割りと大切だ。


 ……たまに死に損ないが反撃してくる事があるからな。非力な俺はそれで死ぬ事もあるだろうし。


 俺は、敵の生死だけではなく、遠方の気配にも気を付けつつ、遠くにある死体を拾ってきて、一箇所へ集めた。


 これは……皮剥ぎと牙抜きだけで、肉を食う様には捌かんで良いだろうな。こんな汚物まみれの所で屠殺したネズミの肉など、食えたものではないだろう。

 


「キレイなオオネズミの毛皮は貝貨2〜3枚で売れるのよ。剣で斬ったり、炎で燃やしたりした毛皮じゃあダメだけどね。さぁ、今回は10匹だけど……どれくらい時間かかるかしら?」


「分かりやせんが、やってみやす」


 俺はゴリゴリと鉄の短刀を使って解体を始めた。


 まぁ、オオネズミはただのデカいネズミだから構造は簡単。解体はかなり楽だ。


 傷の少ない毛皮は貧民の防寒具として使い、皮は干して獣皮紙としても使える。今回は傷が少ないどころか無傷だから、価値は期待出来る。


 俺の居た田舎でも良く捌いて居たが……ここ迄完璧な解体はした事がない。窒息の魔法とやらで無傷で手に入れられるのは、世の理に反するという意味で反則と言っても良い。


「オオネズミは頭に矢を射って仕留める事でやっと穴のない毛皮を手に入れられるんでやすが、こう簡単に沢山の毛皮を得られるのは反則だ」


 そう言いながらも手は動かしたまま解体速度は落とさないようにする。


「この“窒息”ってのはねー、割と高度な魔法なのよー」


 背後から少しフワフワとした声が聞こえる。


 チラリと振り返ると、「邪魔しちゃったかな?」とでも言いそうな“猛炎のラファリー”と目があった。


「あっ、私が警戒しておくから解体に集中して良いよ」


「左様ですか、助かりやす」


 警戒しながらの解体では速度が下がる。


 俺は警戒を解いて解体の速度を一段階上へと上げた。


◇ ◇ ◇ ◇


「こんなもんで良ござんすか?」


 脂まみれの手のまま、剥いで並べただけのオオネズミの毛皮と、その毛皮に包まれた小さな犬歯数十本をカレハ団長へと差し出した。


 ネズミの牙は魔法の触媒等に使うらしく、一山幾らの安価ではあるが、屠殺屋で買い取ってくれる。毛皮と牙を合わせたら銅貨数枚分にはなるだろう。


 銅貨1枚あればパンと端肉とサラダとスープのセットが食えるので、これだけではパーティ6人はギリギリ食えない……くらいだ。


 だが、労力を考えればさほど割に合わない訳では無い。玄室を何部屋か回れば全員が食事を摂って安宿に泊まれる位にはなる。


「結構よ、想像よりずっと速い。これなら半日で十部屋は回れそうね」


「十部屋となりますと、百匹は捌かねばなりやせんね」


「……出来るかしら?」


「分かりやせんが、やってみやす」


 自信なさげに言う俺を見たカレハ団長は笑いながらこう言った。


「まぁ、冗談よ。“窒息”は日に3回が限度だわ。それより後は前衛のアン・コロ・モチが地道に仕留めるしかないから、そうね……日に三十匹捌いてくれたら上々よ」


「左様ですか、それなら簡単でさ」




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