第3話 貧者の入り口
“地下迷宮 第1階層 東部領域……ネズミの巣”
ダンジョンとは地下牢という意味のある古い言葉だ。その文字通り、この街の地下には地下牢の様な玄室を多数内包する地下迷宮が存在している。その深さは地下10階層迄あると言われているが、情報は定かではない。そこまで進める冒険者は一握りしか居らず、嘘を吐いていたら確かめようがないからだ。更に言えば地下10階をくまなく探索したら下に降りる階段が見つかる可能性もある。まだ完全には踏破されていない場所なのだ。
ともあれ、その地下迷宮に散りばめられた玄室には多くの魔物が跋扈しており、そこを探検・探索する冒険者を今か今かと待ち構えている。
戦う術のない俺には恐ろしい事だ。
そして、そのダンジョンへの入り口はこの街の至る所にある。
それぞれの入り口は冒険者組合が管理しており、それぞれ目的を持った冒険者達が列を為している。
今回俺達の向かう目的地は“ネズミの巣”と呼ばれる場所だ。
そこは“貧者の入り口”と呼ばれる場所から入ってすぐの場所にあるという。そこは文字通り貧乏人でも入場料無しで入れるからそう呼ばれているらしい。
街では最も不潔な入り口とされていて、地下迷宮の入り口としては最も不人気な所だ。街の下水道と半ば融合しており、ネズミやゴキブリ等の不潔生物が多く、実入りのある物もほぼ手に入らない。
故に、ある程度の実力のあるパーティからは敬遠されがちではあるが、その難易度の低さから、初心者が力を付ける為に使われる事が多いとか。
例に倣って俺は初心者だ。その“ネズミの巣”で毒空団の入団試験を受けるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「此処が貧者の入り口よ」
石造りの建物の前に来たカレハ団長は振り返ってそう言った。
見上げてみると、2階建ての砦のような建物だ。冒険者組合の意匠が刺繍された布看板が屋上から垂れ下がっている。その扉は開け放たれていて、中からは独特の臭気が漂っている。魔物避けの薄荷草と……誤魔化しきれない程の下水の臭いだ。
団長に付いて行く形で足を踏み入れると、暗闇から嗄れた声が掛かった。
「あら、カレハちゃん。毒空団ね。今から入るの?」
「ええ、新人のお試しで」
「ほほ、解体役の斥候を雇いなさったか。丁度ネズミ共が増えて来た所だから丁度いいねぇ」
「そうですか、潜り甲斐がありそうだわ」
団長は暗闇の奥に一礼して、そのままスタスタと暗闇の奥へと入って行った。
「おい、新入り。もしかして鳥目か?」
アンコロモチの誰かが話し掛けてきた。
「いや、鳥目という程ではないでござんす。しかし、この暗闇の中に躊躇なく入られるとは……」
「まぁ、地下迷宮という程だからな。そりゃ暗いさ。一応先輩として教えといてやるが、入り口の近くまで来たら片目は瞑っておけば早く暗闇に慣れるぜ。今日は初めてだろうから少しだけ待っておいてやるが、次は待たねぇからな。……目ぇ瞑っとけ」
「かたじけない。助かりやす」
アンコロモチの誰かに言われたように目を瞑って数分。ゆっくりと暗闇に向かって目を開くと、微かに暗闇の奥が輪郭を持って光っていた。
「見えるか? 地下迷宮は大体の場所がほんのり光ってて、灯りがなくても歩くくらいは出来るようになってる。解体だとか装備のチェックだとかは流石にランプに火を付けるけどな」
言われてみると、確かに歩くくらいは出来そうな暗さだ。月のない星灯りだけの森の中と言った所だろうか。暗闇を見渡すと、うっすらと人影が見える。1……2……3……4……5……6。前衛の戦士3人。団長と魔法使いのラファリーさん。それから……老婆が1人。管理人か何かだろう。
老婆に向かって手を上げて「見えている」事を表明すると、老婆は何となく笑ったような気がした。
「さ、行きましょうか」
団長の一言で皆が歩き始める。
遅れないように早足で合流すると、不意に背後から、小声で「迷宮へようこそ」と聞こえた。
老婆の声だ。
その不気味な響きから一種の警鐘染みたモノを感じた。腕のない受付の振り上げた隻腕と同じ、間接的に伝えられる警告みたいなものだ。
その一言で己の役割を思い出す。
「あっ、すいやせん。アッシは斥候なので、時々皆さんに足を止めて貰って偵察に出る事がありやす。とは言ってもアッシは耳で探りやすので、遠くまで行く事はありやせん。よしなに」
「……頼んだわよ」
「へぇ、では早速失礼しやす」
早速耳の周りに手を置いて周囲の様子を探る。
……背後に老婆。
前方は……何も無し。
ついでに皆の心拍の乱れもなし。
手の合図で団長に安全な事を告げて、歩き始めた。