第25話 ジウシー
「〽風へ〜は東へ〜水ぅ〜は南へ〜」
鼻歌も出る。金があるうちは男一匹機嫌良く過ごさねばならぬ。
「〽陽ぃ〜は西へ〜氷ぃ〜は北へ〜」
宵越しの金は持たぬ訳では無いが、金をケチって死んでも、銅貨1枚分の金しかあの世には持って行けぬのだから、使うのは恥ではない。
買い食いをして鋭気を養い、買い物をして装備を更新するのも良いだろう。
今日は中一日の毒空団の休日であるからして、俺は自由の身なのだ。
ここに来てまだ短いが、ある程度勝手を知っている街を彷徨う。
銅貨を手盛りの果物に交換して、齧りながらの散歩も良いだろう。故郷の身の上では考えられなかった贅沢だ。
赤みがかった林檎を骨になるまで食べ、用水路へと流す。それはやがてネズミの巣へと流れ込んで迷宮の栄養源になるだろう。
ーーーースン。
物凄く良い匂いが路地の向こうから漂って来る。どうやら醤油で混ぜ米を炊いているようだ。のこのこと近寄って行くと地面に敷いた絨毯の上で数人がかりでデカい鍋を運んでいる。
蓋を開けると白い蒸気が空へと逃げ散り、醤油と茸の様な香りが広がった。
「兄さん、ジウシーは初めてかい?」
田舎者丸出して棒立ちしていたら、鍋を持っていた男の1人、歯の抜けた男に話し掛けられた。
この混ぜ飯はジウシーというらしい。
「初めてでやす。えらい、良い匂いで……その、食べたいでやす」
「そうか!」
男は木製のしゃもじで鍋の底をほじり倒した。ガリリと聞こえる音はおこげを削っているのだろう。
「ほら、これはくれてやる。大椀に一杯欲しけりゃ銅貨を出しな」
歯抜けの男は味見用とばかりに小さな握り飯1個分のジウシーを葉っぱに乗せて差し出した。
礼を言って受け取ると、受け取った掌が葉っぱ越しにも灼ける様に熱い。
この……熱さは……!
ふうふうと冷まして、間抜けにも開きっぱなしの口へと運ぶ。
咀嚼。
こ、こんな美味い食い物が……!
米を食べた事はある。が、ここ迄美味いモノはなかった。
いや、違う。俺は出来立てのご飯を食べた事がなかった。
そうだ。炊き立ての飯が美味いとは聞いていた。
……が、都市伝説の類だとしか思っていなかった。
故郷の集落では終ぞ食べた事はなかったのだからな。
これは身分の問題だ。
普通は賤しき身分の者は炊き立ての飯や焼き立ての麵麭を食べられない。
だが、此処では俺の身分を気にする者はいないのだ。
此処では俺は自由なのだ。
これが……!
これが、自由の味か……!
「おい、兄さん……泣くほど美味かったのか?」
「あい……美味いでやす」
俺は無言で銅貨を3つ差し出した。
受け取った歯抜けの男も何も言わず、その場で大きな握り飯を7つばかり作って長笹の葉にくるんで渡してくれた。
これを痘痕の醜女にも食わしてやりてぇな。
いや、宿の飯屋もやっている醜女に出来合いの食い物を持って行くのは失礼に当たらないだろうか。
……失礼だな。
考えてみたら女に女を紹介するようなものだ。
多分、痘痕の醜女は嫌な顔をするだろう。
ああ見えて彼女は嫉妬深そうだからな。
昨日の今日で金の玉はカラカラの空だが、醜女に会いたい気持ちばかりは募る。
いかんな。
そもそも今日は買い物の為に散歩をしているのだ。
仕事道具の買い物もせねば。
……俺は足を速めた。




