第22話 その手は私じゃない
ーーーー俺達毒空団は迷宮に異変を見つけたのでそれを確かめに、奥の玄室へと向かった。
道中で1回3匹ばかしのオオネズミと戦闘があったが、前衛のアンとコロがキッチリと仕留めて怪我はなし。怪我で抜けたモチの代わりに今回だけ前衛に居るモコモコのラファリーは念の為防御の構えだ。
着膨れていて何だか可笑しい見た目をしている。。
倒した後のネズミは一応素材として皮を剥ぐのだが、アンコロの攻撃を受けた皮は激しく損傷して状態が良くない。
まぁ二束三文にしかならないだろう。
そうこうしながら例の部屋に辿り着く。
いつもよりピリッとした空気感が漂い、それが斥候の俺に向けられた期待だと思うと少し身震いがした。
「さて、謎の人型の気配と、四つ足のいる部屋は此処でやす。人型の気配は落ち着きなく動き回っているのでやすが、四つ足は部屋の真ん中で動く気配がありやせん。確かに生きている体温は感じやすが、呼吸がないので、どうも石像かなにかのような気もしやす。……冬眠している? いや、違うか。これが噂の不死塊という奴ですかい?」
「ここはただの玄室……だったわね。特別何か仕掛けがある部屋ではなかったはずだけど……何かしら。不死塊は部屋に居る事もあるから、その可能性が高いでは有るのだけれども……人型の気配が生き物なら、とっくに食べてるんじゃないかしら?」
団長は首をひねったまま、モコモコのラファリーを流し見た。
「うーん、でも、部屋の真ん中で動かないなら危険はなさそうじゃないー? チラッとドアを開けてすぐ閉めるとか?」
「……そうね。チング、お願い出来るかしら?」
「あい分かりやした」
いきなり高度な任務を任された俺は、快諾の後すぐに扉を開けた。
キイと軽い音が鳴り、軽く開けたつもりの扉はすぐさま全開となった。迷宮の扉はそれ自体が罠の様な構造をしている事があり、開けば勝手に全開状態になる事がある。
今回の扉はそれだったようだ。
だが、部屋の中に居る者は俺達を認識している様子がない。
人型の気配がたまたま遠くに居たからと言う理由で、開けっ放しで団長に判断を仰いだ。
「人型のアレは……何でやすかね?」
見た目は土鬼にも見える、人間ともとれる。小男の様な虚ろな男がノロノロと徘徊している。気付いている様子ではあるが、ここまで飛び掛かってくる気配はない。
「アレは祠人よ、さっき話したわね。アレに関わってはいけないし、アレからモノも受け取ってはいけないわ。もし受け取ったら祟られるわよ。それ以外は無視している限り何の害もないし、問題ないわ……それより……もう1匹の方が厄介ね」
「……アレは何でやすか?」
「アレは……【くだん】よ。人頭牛体の生き物で、死に際に不吉な予言をするの。アレがいると言う事は、この街にとって悪い事が起こる前触れよ」
件。聞いた事はある。田舎の村にも話だけは伝わっている。口に出す事も憚られる程の存在で、呼ばれる際は“くだん”と呼ばれる。
故に詳細は伝わらず仕舞いだ。
分からない事は聞くしかない。
「……例えばどんな予言で?」
「そうね。育っていれば流行り病で街の人が半分になったり、戦争、飢饉、何でも起こり得るわ。でも、アレはまだ仔牛でしょうね。大きくなる前に仕留めさえすればもっと小さな予言で済むわ」
団長はそう言いながらしゅると自身の胸元に手を差し込んで、獣皮紙の束を取り出した。
「小さな予言。例えば……組員の命とか、ね」
突然の展開に心臓が跳ねた。
予言というからには今此処で死ぬ訳では無いにしろ、そのような呪詛を浴びる可能性があると言う事だろう。
手に汗が吹き出すのを感じた。
「私が、殺すわ。見てなさい」
獣皮紙がフワリと団長の前面に展開して、空中で静止した。何らかの魔法が放たれるのだろう。
「城の穴より出し暴力よ、滴る氷と老いし身に安らかな終わりを……。云鏖殺《“ザラクリフト”》」
団長が呪文を唱えると、紙が燃えてその1つ1つから半透明な髑髏が飛び出した。
その全てが“くだん”に吸い込まれていくと、顔の目が開く。
一呼吸程の時間をおいて不気味な口が大きく開き、怖気と共に息を吐き出した。
「くだん……くだぁぁん……貴様らは……しぃぬ。地下4階で苦しんでしぃいいぬ。ひとかたまりの団子になって、干し首になぁあある」
「……今、俺達が死ぬって言ったか?」
アンかコロが呟く。
「そう聞こえたが、4階? 3階で戦闘する力もない俺達が……か?」
アンコロの残る方がそう返す。
「ねぇ、カレハちゃん……確か仔件の予言は……1ヶ月以内に起こる事だったよね?」
団長に視線が集まる。
「……そうね。つまり、私達は1ヶ月間、4階に行かなければ死なないって事よ。呪いの言葉でしょうから、そう誘導される事でしょうが、大丈夫よ。私達なら乗り越えられるわ」
団長がそう言うと、皆ホッと胸を撫で下ろした。件の言葉以上に、彼女の言葉には説得力があるのだ。
実際にくだんの予言が外れる事も仔件の時はままあるらしい。
「さ、くだんを解体して頂戴。チング。……一応、注意しておくけど頸と喉と肺は必ず分けておいてね。残り予言で余計に呪いを貰う事もあるみたいだから」
団長はそう言うと、ふうとため息を吐いて壁にもたれ掛かった。
「さいでやすか、わかりやした」
……“呪い”……か。
地下2階でジャイアントカモノハシと戦ったり、地下3階に連れて行って貰って地下4階の化け物の気配を感じたりして、感覚が麻痺していたようだ。
少し気が抜けていた。
地下1階とはいえ、ここは迷宮なのだ。浅階とはいえ、濃厚な死の危険が跋扈している。ここは恐ろしい場所と再認識せねば。
ふうと息を吐いて、座ったまま息絶えているくだんと向かい合う。
牛体に乗っている人の頭部があまりに不自然で不気味だ。
半笑いの口に、両の目は明後日の方向を見ている。間違いなく死んでいるのだが、表情が滑稽寄りの何とも言えない状態なものだから、余計に不気味なのだ。
これを解体するのか。
気が滅入る。
だが、仕事は仕事だ。
やらねば終わらぬ。
俺は牛の解体と同じようなものだと思い込む事にして、冷たい牛の身に短刀を刺し入れた。
後はまぁ、惰性だ。
心を無にして牛の身体と人の頭を切り分けて、解体していく。
チラリと後ろを見ると、団長達が集まってヒソヒソと話をしているようだった。
読唇術を使って会話しているのだろう。向かい合っている者にしか分からぬ会話だ。意識的に俺を排しているのか、無意識にやっているのか、はたまた他の理由があるのかは分からないが、それは俺の心に疑念を芽吹かせるには充分な事だった。
……俺はまだまだ仲間外れ……と言う事か。
いや、そうでもないか。
気配を探ると、誰かが俺の後ろにしゃがみ込んでいる。解体に夢中で気が付かなかった。
「これ、どうぞ」
「ありがとうでやす…………は?」
背と腕に鮫の様なイボが逆立つ!
「この声は……ッ! 誰だッ!!」
「貰ってくれて、ありがとう、ね、ね」
俺の背後に居たのは、組員の誰かではなく、迷宮の怪異……祠人だった!
同じ部屋に居ながら完全に意識の外に居て気が付かなかった。いや、件の解体に気を取られて、完全に気を抜いていた。いや、よそ事に気を取られたのが原因か。
……いや、いやいや。そんな事はどうでもいい。
俺はやらかしてしまった!
「チングあなた……!」
「チング!」
遅れて団長達が反応する。
「おい、チングの野郎祠人から何か貰ってやがるぞ!」
「やべぇぞ! 殺すか!?」
「どいて、アタシが殺る……! ヒラケヒラケヒラケ! 篝火より出て戦場を照らし古き者を灼き尽くせェ! ……猛炎!」
普段より早口の詠唱。
モコモコのラファリーの目が青白く光り、怒気を孕んだ炎が迸る。
ラファリーの殺気がコチラの方に向いているのが分かる。俺に当たらない様にしているのも分かるが……果たして絶対に当たらない保証はあるのだろうか。
彼女の瞳の炎は糸の様な細い光に収斂されて、俺の側にいる祠人に逆さ向きの……火が灯る。
それはボウと大きくなり、燃え広がった。
「ねぇえええええ、助けてよぉおおお! ソレ《・・》貰ったんだろぉおおお?」
「助けなくていいわ! チング!」
祠人はコチラに手を伸ばしたが、俺はその手を払い除けた。




