第20話 通りすがりのモチ
ウサンタールさんの洗礼は身体だけでなく肝も冷やした。
ハァハァと濡れた身体を歩かせて宿に向かっていると、鉄の仮面を被った男に声を掛けられた。
「よう、色男。濡れ濡れだなおい……あ、俺はモチだぞ」
何故こんな所にいるのか。偶然にしては出来過ぎなので、水鉄砲で脅されるのは皆が知っていた事だとでも言うのだろうか。
逡巡。
だからといって無視する理由にはならないか。
数歩通り過ぎてから、挨拶くらいは返さねばと思い至って踵を返した。
「どうも、モチ先輩。偶然でやすね」
「偶然だな。……俺達は縁があるのかもな」
モチ先輩はポンポンと隣の縁石を叩いた。
俺はそれを見て、更に逡巡……8秒後くらいに諦観の腰をドカッと下ろした。
「ウサンタールさんか、良い人だよな」
俺は濡れている服の裾を持ち上げて「これが?」と言う態度を示した。
「多分それだ。俺も毒空団に入る頃に脅されたよ。そんな防具で団員を守れるのか? ってな。だから俺達前衛はみんな鋼鉄の全身鎧に身を包んでるのさ」
「そんな理由があったんでやすね」
「そうだな。差し詰めお前は罠の解除に失敗して水浸しになったってところか? どう脅されたのかは分からんが、あの人は人の恐怖を煽るのが上手いからなぁ」
「さいでやすね。アッシもそう思いやす」
思えばモチも被害者側の人間なのだろう。そうなれば俺達は仲間だ……とも言える。
俺は裾を掴んだまま組んだ腕を解いた。
「……あの痘痕の女、そんなに良いのか?」
モチの兜がぐるりと横を向き、庇にある細い穴の奥にある目と、目が合った。
「ええまぁ、さいでやす」
「そうか、まぁあの中では俺がお前の気持ちを1番分かるつもりだぜ」
「さいでやすか」
「そうだよ、そのさいだよ。さいでやす……だ」
「くはっ、ははは」
「なんだお前、笑えるじゃねぇか」
「あいや、すいやせん、つい」
「…………」
何か様子がおかしいと言えばおかしい。
モチは何か隠し事をしているのか、時折コチラの反応を伺っているような時がある……気がする。
「なぁ、俺達毒空団と痘痕の女のどちらかを選ぶとしたら、どっちを選ぶか?」
「毒空団と? そりゃ、毒空団でやす。アッシを拾ってくれた職場でやすから、選ばないと言う事は御座いやせん」
そうは言い切ったが、実際はどうだろうか。
毒空団で働けなければ宿代すら立ち行かない身であるので、毒空団を抜ける道はそもそもないのだが、痘痕の醜女と会えなくなると言えば少し……いや、かなりツラいのではないだろうか。
ふと彼女の事を思い出すと、ひんやりとした柔肌や、頬を合わせた時に感じた匂いが蘇ってきた。
スンと鼻で息を吸った瞬間。我に返って横を見ると、再び庇の奥のモチと目が合った。
明らかに様子を窺っている目だ。
「ハッ、口ではそう言ってるが、俺達と一緒に居るより、お前は痘痕の醜女と一緒に居る方が楽しそうだな」
「そ、そんな事はないでやす」
「まぁ、団長達には言わねぇよ。言わねぇ……な」
モチはスッくと立ち上がって、後ろ向きに手を振ってガシャガシャと去っていった。
一体何だったのだろうか、あの意味ありげな問答は。
考えても答えが出るわけでもなく、俺も席を立って宿へ向かって歩き出した。
途中屋台でも寄って立ち食いでもしていくか。
なんだか今日も疲れた。




