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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第7章 6日目
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第20話 通りすがりのモチ


 ウサンタールさんの洗礼は身体だけでなく肝も冷やした。


 ハァハァと濡れた身体を歩かせて宿に向かっていると、鉄の仮面を被った男に声を掛けられた。


「よう、色男。濡れ濡れだなおい……あ、俺はモチだぞ」


 何故こんな所にいるのか。偶然にしては出来過ぎなので、水鉄砲で脅されるのは皆が知っていた事だとでも言うのだろうか。


 逡巡。


 だからといって無視する理由にはならないか。


 数歩通り過ぎてから、挨拶くらいは返さねばと思い至って踵を返した。


「どうも、モチ先輩。偶然でやすね」


「偶然だな。……俺達は縁があるのかもな」


 モチ先輩はポンポンと隣の縁石を叩いた。


 俺はそれを見て、更に逡巡……8秒後くらいに諦観の腰をドカッと下ろした。


「ウサンタールさんか、良い人だよな」


 俺は濡れている服の裾を持ち上げて「これが?」と言う態度を示した。


「多分それだ。俺も毒空団に入る頃に脅されたよ。そんな防具で団員を守れるのか? ってな。だから俺達前衛はみんな鋼鉄の全身鎧に身を包んでるのさ」


「そんな理由があったんでやすね」


「そうだな。差し詰めお前は罠の解除に失敗して水浸しになったってところか? どう脅されたのかは分からんが、あの人は人の恐怖を煽るのが上手いからなぁ」


「さいでやすね。アッシもそう思いやす」


 思えばモチも被害者側の人間なのだろう。そうなれば俺達は仲間だ……とも言える。


 俺は裾を掴んだまま組んだ腕を解いた。


「……あの痘痕の女、そんなに良いのか?」


 モチの兜がぐるりと横を向き、庇にある細い穴の奥にある目と、目が合った。


「ええまぁ、さいでやす」


「そうか、まぁあの中では俺がお前の気持ちを1番分かるつもりだぜ」


「さいでやすか」


「そうだよ、そのさいだよ。さいでやす……だ」


「くはっ、ははは」


「なんだお前、笑えるじゃねぇか」


「あいや、すいやせん、つい」


「…………」


 何か様子がおかしいと言えばおかしい。


 モチは何か隠し事をしているのか、時折コチラの反応を伺っているような時がある……気がする。


「なぁ、俺達毒空団と痘痕の女のどちらかを選ぶとしたら、どっちを選ぶか?」


「毒空団と? そりゃ、毒空団でやす。アッシを拾ってくれた職場でやすから、選ばないと言う事は御座いやせん」


 そうは言い切ったが、実際はどうだろうか。


 毒空団で働けなければ宿代すら立ち行かない身であるので、毒空団を抜ける道はそもそもないのだが、痘痕の醜女と会えなくなると言えば少し……いや、かなりツラいのではないだろうか。


 ふと彼女の事を思い出すと、ひんやりとした柔肌や、頬を合わせた時に感じた匂いが蘇ってきた。


 スンと鼻で息を吸った瞬間。我に返って横を見ると、再び庇の奥のモチと目が合った。

 

 明らかに様子を窺っている目だ。


「ハッ、口ではそう言ってるが、俺達と一緒に居るより、お前は痘痕の醜女と一緒に居る方が楽しそうだな」


「そ、そんな事はないでやす」


「まぁ、団長達には言わねぇよ。言わねぇ……な」


 モチはスッくと立ち上がって、後ろ向きに手を振ってガシャガシャと去っていった。


 一体何だったのだろうか、あの意味ありげな問答は。 


 考えても答えが出るわけでもなく、俺も席を立って宿へ向かって歩き出した。


 途中屋台でも寄って立ち食いでもしていくか。


 なんだか今日も疲れた。





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