表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ならず者の迷宮  作者: 林集一
第7章 6日目
22/28

第19話 罠の洗礼



 休日の朝は遅く起きたいものだが、ウサンタールさんとの約束があるので起きない訳にもいかない。


 俺は藁布団が敷かれた柔らかい寝所から身を起こした。


 新しい宿の寝心地は良いが、胸にもやもやとした気持ちは残る。


 そこに居ない筈の女の頭を撫でると、ふわりとした女の髪の手触りがあった。女の匂いが肺の底を突く。


 痘痕の醜女に会いたい。


 これは恋だろうか。


 それとも初めて身体を預けた相手故の愛着だろうか。


 宿の主人に折檻を受けているだろう事に対する憐れみだろうか。


 分からない。


 だが、何らかの感情がそこにあるのは事実なのだ。身体を重ねた時の快楽や衝撃、爆発音。恍惚と酩酊感は確かにあるものなのだ。


 否定せず生きていこう。


 ギイと宿屋の戸を開くと、朝日が差し込んで宙を舞う埃がキラキラと輝く。


 1日の始まりだ。


「あら、早いのね。今日は……ウサンタールさんの所へ行くのかしら?」


 宿屋の軒先にある椅子に座って絹布で腕を拭いている団長が話しかけて来た。


「そうでやす。約束でやすので、へぇ」


「約束がなければ行きたくないようにも聞こえるぞ〜」


 猛炎のラファリーがヒョコと団長の影から顔を出してそう言った。手には湯気の立つ桶が握られている。


「そういう訳ではありやせんが、チンケな身で御座いやすアッシには過ぎた事で御座いやすので……」


「まぁ、そうね。本来は……確かに私達が教えを乞える人ではないのよ。ウサンタールさんは私の父の友人でね。私達が1人前になるまで見守っていくれている……そういう状態なのだから。早く1人前になる為に……習っていらっしゃい」


「さいでやすか、肝に銘じやす……。では」


 話が長くなりそうだったので、頭を下げつつ手刀を切って場を辞した。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 さっきまで人もそぞろだった街並みに人通りが増えてきた。人が活動する時間になっているので、大体1時間位歩いただろうか。


 予め教えて貰っていたウサンタールさんの宿に着くと、折良く見付けた宿の女将さんと目が合った。手短に挨拶を行った後、訪問を告げて欲しいと伝えた。


 はいよと答えた女将さんはパタパタとした足音をたてて宿の奥へと消えていき、暫くして戻ってきた女将さんにウサンタールさんの部屋へと案内された。


 女将さんのノックの後、部屋に通されると……やたら清浄な空気が流れるのを感じた。


「やぁ、チング君。待っていたよ」


 そこには相変わらず胡散臭いウサンタールさんの姿があった。


「では、さっそく始めようか。宝箱の罠と開け方について……だったね」


「へぇ、宜しくお願いしやす」


 俺が中腰になってお辞儀をすると、ウサンタールさんは一瞬白目になりフッと鼻を鳴らした。


 彼の周りでは渡世人の形式は珍しいのだろう。


 ……いや、そもそもの俺のお辞儀が変だったのかもしれないな。見様見真似の渡世人形式だし。


「じゃあ、この箱で説明しよう」


 そう言って取り出した箱は迷宮で見た宝箱とほぼ同じ物のように見えた。


 見るからに怪しく、持ち上げるには重そうな箱だ。


「先ずは見て確認、箱の材質や形状を見てどんな罠があるか見当を立てる。そして次に臭いを確認する。触って確かめるのも大事だ。後は耳……怪しい音が鳴っていないか確かめるのも重要だ」


 ウサンタールさんは急に早口になり、宝箱の罠の事を解説し出した。


 箱の特徴からどんな罠があるかのを推察する方法。その罠の判別方法。


 色々な事を一遍に言うので多少こんがらがった所はあるが、ある程度は理解出来た。


「浅階の宝箱は判別が簡単に行える様になっている。道具としては髪の毛があれば充分だ。それを結ったもので構わないのだが、この細い糸で箱の中に何か罠の引き金になるものが無いか探すのが基本となる」


 なるほど。ピンと張った糸で箱の中を探って、取っ掛かりが中ほどにある場合は毒針、糸が切れた場合は仕込み刃。取っ掛かりが両角にあるのが跳ね石の罠か。


 そして、箱の上部を叩いて真ん中で音が変わる場合は底無しの唇。


 音が変わらないのがそよ風袋……か。


 実際にその宝箱を見て触って確かめてみると、中に何があって、どうやって罠が作動するのかが手に取るように理解った。


 これはウサンタールさんの教え方も然ることながら、その豊富な知識があっての講座なのだろう。僅か数十分ちょいの練習で簡単な罠は判別が出来るようになったと言っても過言ではない。


「では、今の応用として……実戦を想定して罠の鑑定をしてみるかね?」


「罠の鑑定でやすか」


「そう、鑑定だ。その結果、大丈夫と思うなら開けてみても構わないし、これと思う罠があれば解除してみても構わない。中に入っているモノは差し上げよう。まぁ、練習用だから何か失敗したとしても死にはしないからね」


 ウサンタールさんは口髭を触りながらそう言った。


 その視線の先には1つの宝箱がある。


 それは先程の講義で使った箱よりも少し頑丈そうな作りになっており、木よりも鉄で補強された部分が多い。何となく先程の宝箱よりも格が上なのが見て取れた。


 これなら……多少良いものが入ってそうな……気もする。


 それに、応用とは言え先程の罠より劇的に難しくなったりはしないだろう。あと、ここは地上なので流石に爆弾や転移罠等の無茶はするまい。


「それは是非とも挑戦させて頂きやす」


「……よろしい」


 ウサンタールさんは、どうぞとばかりに宝箱へ目配せをした。


 俺は椅子に座るウサンタールさんの横を通り過ぎ、宝箱と向かい合った。


 すれ違う一瞬。横で嫌な気配がした、多分ウサンタールさんが唇の端でも持ち上げたのかもしれない。


 死にはしないだろうが……。


 嫌な予感は増した。


 いかんな。真面目にやらねば。


 先ずは五感で感じ取ろう。


 見た感じ特に危険そうな空気は感じない。色や形も特に問題なさそうだ。耳で探っても機械音もない。味は……みる必要もないな。鼻も……嗅がなくてもいいか。触感は……大事そうだな。


 触ってみるか。


 先ずはコンコンと控えめに箱を叩いてみると、特に音の変わる所がなく、箱の上部には何もないように感じられる。


 だが、中に何かがあるのは感じ取れる。それが、罠か宝物かが肝心なところだ。


 俺は自分の髪の毛を抜き、結んで長い紐を作って、箱の隙間へと通した。箱の中心以外に特に掛かる所はなく、箱を開けた瞬間、中に通っていた紐が切れて罠が発動という事もなさそうだな。


 なので、仕込み刃でも毒針でも跳ね石でもなく、底無しの唇やそよ風袋でもない。


 …………。


 俺はキラリと光る宝物の留め金に映るウサンタールさんをチラリと見た。


 相変わらず胡散臭い顔をしている。


 ……宝箱の罠を鑑定する練習で罠がないと言う事はあるのだろうか。


 あり得るか。


 箱を開けてみると贈り物的な物が入っていて、罠がないと見破ったご褒美だと言って俺に渡す。


 毒空団に入団してまだ日が浅く、基本的な装備も整えていない俺に何かをくれる事はさほど不自然な事ではない。


 そもそも時間を割いて講座を開いて貰っているのだから、相当な期待を持たれているに違いない。


 俺はこの街で五本の指に入る探知能力を持っているとウサンタールさんも言っていたからな。


 そう思い至ったら、俺の答えは早かった。


 開ける。


 その一択しか無いと思い込んでしまったのだ。


「では」


 ……カポ。


 ピュピュービシャ!


 箱を開けると、水鉄砲が勢いよく飛び出した。むしろ水が爆発して全身水浸しになってしまった。


 ただの水か、何らかの効果のある水なのか、濡れた身体からシウと煙の様なものが立ち上った。


「火炎放射器の罠だよ。チング君。低級の罠の判別法を試して何も掛からなかったのを過信したのが間違いだったな。それから、臭いの確認を怠ったろう? 炎系の罠はどうやっても油臭さが残る。その点の確認は必要だよ」


「……!」


 答える事が出来なかった。


 ゾワリと背筋に冷たいものが登ってくる。


「吾輩は分かるよ、その鳥肌の理由を」


 鳥肌? 言われて気がついたが、確かに両の腕にこれまで見たことがないくらいのサブイボがくっついていた。


「その鳥肌の理由は水の寒気だけではない。もし、着火機構が生きてたら、その水が全て可燃材だったなら、これがもし、迷宮の中で起こった事だったなら……想像するのも恐ろしい事になるだろうね」


 賊騎士は悪意の籠もった顔で俺の顔を覗き込んだ。


 俺は目を合わせる事が出来なかった。


 歯がガチ、カカカと音を立てる。その音の大きさに吃驚して下を向いた。


 ……下を向いてしまった。


 恐ろしさと、失敗を恥じる思いがあった。それを誤魔化す為に下を向いたのだ。


「チング君。君は今、迷宮の悪意に焼かれて死んだ。そして、死ぬ迄の間に、“折角の宝箱、罠の解除に失敗しやがった”と言う味方の冷たい視線を受け続けるのだよ」


 ウサンタールさんの言っている状況が手に取るように判る。


 それは、俺の脳裏に正確に再現されている。


「勿論、誰も助けてはくれない。今の組員に回復役は居ないからね。時と場合によっては燃えたまま数分間苦しみ続ける事もある。……それが、想像出来たからこその……沈黙だろう?」


 此処で初めて賊騎士と目が合う。


 人を騙したような満面の笑みだ。


 口から気の利いた事を出そうとしても上手く行かない。


「はは、まぁその……」


「いや、良いのだよ。スマンね。ただ、教える者は皆こうして脅すようにしておるのだ。迷宮でいきなり黒焦げになるよりはマシだろうとね」


「き、恐縮でやす」


「まぁ、そうなってはもう何を教てももう入らんだろう。今日はそれくらいにしておくかね?」


「あいでやす」


 その後は口が強張って何を言ったのかすら覚えていない。


 念の為と言われ、“精神異常回復”の回復魔法を掛けて貰ったら、俺の頭が謎の煙が吹き出したのは覚えている。


 何かの精神異常状態だったのだろうか。


「へっくし!」


 それよりも、水を浴びてからか、くしゃみが止まらない。風邪を引かなければよいが……。


 俺は手刀を切って、逃げる様にウサンタールさんの宿を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
含蓄がありますね。迷宮とこの世界の厳しさが伝わってきます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ