閑話その2 手紙とウサンタール
ゴゴゴン。
部屋に無遠慮なノックの音が鳴り響く。
「誰だね?」
既に誰が来ているか気配で分かってはいるが、念の為に確認するのは白髪の老紳士だ。
「アタシだよ、分かってるくせにいちいち確認するんじゃないよ、ほら」
ガチャリと開いた扉から宿屋の女将が半身を突き出して、椅子に座る老紳士に手紙を差し出した。
「手紙? ……窒息のカレハから?」
「そう書いてあるからそうじゃないんですかね? とりあえずウチの郵便受けに入ってたよ」
「ふむ、では受け取ろう」
老紳士はその場でキュッと嵌めた革の手袋越しにその手紙を受け取った。
◇ ◇ ◇ ◇
万雷のウサンタールと呼ばれる老紳士は賊騎士と呼ばれる珍しい複合職能を有していた。
賊とは盗賊の賊。身のこなし軽やかに隠密行動を行い、高度な斥候技能を持ち、宝箱の罠鑑定や罠解除、鍵の解錠迄をも担当する。
騎士とは本来“馬乗者”を表し、馬を乗り回す資金力を表す貴族身分としても名乗られていたが、現在では職能として騎士を名乗る事もある。
その職能とは乗馬を含む貴族世界の礼儀作法や交渉力、社交能力がある。重ねてあらゆる武器作法を修得している必要があり、ただ強いだけの戦士とは一線を画している。
更に、信仰との兼ね合いもあるが、回復や攻撃の魔法も使いこなす者も多い。実際に魔法使い出身の騎士は職能騎士の3割に上る。
また、その貴族的性格から毒の知識やモノの目利きに秀でている者も居るという。
斥候の上位職である“盗賊”
戦士と魔法使いの複合上位職の“騎士”
その更に複合職である“賊騎士”は、その称号だけで冒険者界隈での上位1%に食い込む実力者と言えるのである。
その賊騎士である“万雷のウサンタール”
彼は危険を察知する嗅覚に優れており、危険の蔓延るこの迷宮都市で齢五十五になるまで生き延びて来た古兵だ。
手紙の開封1つとっても抜かりはない。
先ずは目視確認。
そして、毒のチェックと魔法のチェックを自動で行える魔法効果のある箋開封を使って開封する。
……それが知己のある相手からの封書であっても。今は亡き友人の娘であっても……である。
ウサンタールはファサリと紙製の手紙を広げると、手助けを求める内容の文章が目に入った。
川橋亭の連続失踪事件の解決を冒険者組合から依頼された事、新たに加入した組員がその犯人に魅入られた可能性が高いという事。そして、その解決に手を貸して欲しい……という旨の手紙だった。
「川橋亭……ああ、確かトラッキンの酒場の受付をやってる片腕のギランドラの弟がやってる所か」
ウサンタールは左上を睨みながら色々な事を思い出す。冒険者の集まる酒場は数あるが、トラッキンの酒場は新人の喪失が極端に多い事で有名だ。
新人の冒険者は田舎から出てきたばかりの無一文状態の者も多く、冒険者の酒場の門を叩く前にその酒場の情報を調べる奴もいない。
故に、仮にその連続失踪事件が何者かによる誘拐だとしたら、まさにやりたい放題の入れ食いだろう。
一度でも冒険者の酒場へ来て迷宮入りをした者の名前は冒険者組合へ報告される。その数を把握している組合が「連続失踪事件」として冒険者に調査依頼を出したという事は、組合はある程度の情報は掴んでいる可能性が高い。
噂の範囲で分かる被害者数は多く見積もれば百を超す……かも知れない。となれば、相当上位の冒険者クラン……最低でもE級辺りに依頼する筈だが……。
「……F級冒険者クランにその依頼を出すって事ァ吾輩が当てにされたと言う訳かな。そこは気に食わないな」
「……だが、吾輩が行かねば毒空団は……独力で解決出来るだろうか」
「うーん」
「クレハちゃんの為なら行かなきゃならんよなぁ〜」
双眸を崩したウサンタールはウキウキな様子で革手袋の指輪を組み始める。
「魅入られたという事は……淫魔や道化の可能性もあるか……。いや、無いな。……しかし、用心に越した事はないか。状態異常耐性、闇属性耐性、この辺を入れておくかな……」
独り言ちながら、魅入られた新入りとやらを調べる準備を始める。
最終的に、能力鑑定の指輪。呪術耐性付与の指輪。闇耐性付与の指輪。状態異常耐性付与の指輪。上級状態異常鑑定の指輪。……この5つが良いだろうとの結論に至った。
「握手する理由は能力鑑定で良いだろうかね」
ウサンタールは革手袋に手を嵌めてニギニギと動かした。
「新人……か。組から死者を出す経験も積み、その穴を埋める新人を見付ける経験も積んだとなればもうカレハちゃんも巣立ちの時期……という所かな」
「しかし、前衛がアンコロモチでは地下3階に行くには柔らかすぎる。どうにか彼等が育ってくれたら」
「まぁ、吾輩が気にする事でもないか……」
夜は更けていく。




