第2話 襤褸羽織のチング
「じゃあ、早速だが、“襤褸羽織のチング”とパーティを組んでくれる者は居るか?」
受付の片腕の男が声を張り上げると、暫しの静寂が訪れた。俺の価値を否定する態度と見ていいだろう。そして、ヒソヒソと俺を値踏みしている声が収まってきた時、丸テーブルの奥から女が近寄ってきた。
その女は先折れのとんがり帽子の隙間から焦げ茶色の長髪を垂らしており、纏う衣服は紫色のローブ。いわゆる魔女のような格好をしていた。顔を見れば、整った造りに紫色の唇。
正しくこれは魔女だ。
「若くて使い甲斐有りそうじゃない」
……色気のある声。
モリと下半身に血液が流れる。
「……“毒空団”か、まぁ……手頃だろう。待遇については話し合え、じゃあな……襤褸羽織のチング」
受付の男は、欠けた方の腕を上げて受付の奥の方へと消えていった。迷宮に挑むに当たって“こうなるんじゃないぞ”というアドバイスだろう。
それはそれと有り難く頂いて、眼の前の女に向き合う。
第一声は大切だ。
「はじめやして、手前襤褸羽織のチングと申しやす。アッシは若いが力がありやせん。腕萎えとまでは言いやせぬが、獣共との争いには耐えられやせん。ひと度見付かってしまえば土鬼とて勝てやせん。ですが、足消しや足運び、足読みは任せるが良し。足使いは並々以上の者でありやす」
「足消し……と足運びは静音探査能力で足読みは獲物の足跡を読むのかしら?」
「左様でございやす」
自分の能力で過不足を取られてしまうのは良くない。命を落とすような環境で過ごす冒険者たる者は、期待され過ぎても侮られても良くないのだ。
「ふーん……。分かったわ。あと、話は変わるんだけれども、魔物の解体は出来るかしらぁ?」
「出来やす。出は賤しい身の上で御座いやす。牛馬羊に鳥兎、死んでいれば皮剥から歯抜き毛抜きととんと得意でさ」
「じゃああなたをパーティ枠に入れて地下迷宮に入ったら、宝箱は無視して魔物を倒して解体して回る事になりそうね」
「もし仲間内に盗賊……が居なけりゃ……そうなりやすね」
ここでの盗賊とは、文字通りの“人から盗みを働く者”ではない。盗みを働く技能のある者だ。地下迷宮の宝箱から人類の至宝を取り返す者といえば聞こえは良い。
彼等は皆手先が器用で、鍵開けや罠の鑑定等を行う特殊技能持ちの専門家だ。だが、迷宮内で求められる振る舞いはそれだけではなく、素早く静かな装いも期待されている。つまり、斥候としての技能も兼ね備えている斥候の上位職なのだ。
斥候とは、仲間組に先んじて迷宮の暗闇を切り裂いて行き、敵に見付かるよりも先に敵の存在を探し出す役割となっている。だが、その価値は盗賊の比ではない。
何故ならば……斥候は戦士のように腕力もなく、魔法使いのように魔力もなく、その生命によってパーティの枠を担保する様な半端者が多いからだ。つまり、腕の悪い斥候は見付かった敵に食われる事で役割を果たし、迷宮に散っていく。
生命の安さは前衛で戦う戦士にも劣る。
「ウチは数日前に盗賊が欠けちゃってねぇ。今は戦戦戦魔魔の火力重視組なのよぉ、討伐中心のパーティだから、魔物の解体が出来るなら盗賊よりもあなたが役に立ちそうだわぁ」
色気のある声からサラッと恐ろしい事が語られた。
ような気がする。
欠けちゃって……というのは、まぁ死んだのだろう。迷宮へ繰り出す駆け出し冒険者の5割は初日に死に、残りもほぼ数ヶ月で半数近く死に絶えるらしい。
それを考えれば、迷宮での死とは此処の日常なのだろう。
そして、戦戦戦魔魔というのはパーティ構成の略語だ。戦は主に前衛で敵と戦う“戦士”で、魔は何らかの“魔法使い”を表す。
前衛3人の後衛3人。1つのパーティの限界人数は6人なので、並ぶ漢字が5つという事は、後衛を1人ケチったパーティか、今回の様に、誰か欠けている事を表している。
俺が入れば戦戦戦魔魔斥と記される事だろう。
これは、俺が斥候技能で獲物を探して、戦戦戦の三枚岩で敵の攻撃を防せぎ、魔魔の高火力で敵を仕留める大型狩猟特化のパーティになるかも知れない。
僧侶等の回復職が居ないのは前衛の戦士にとって過酷な環境ではあるが、戦闘において後衛で待機しているだけの俺には関係のない事だ。
……これは良縁だな。
一瞬の打算を打ってから魔法使いの女に向き合い、返事を返す。
「役に立てるなら願ってもない事で」
「ふふ、宜しくね。私はここのF級冒険者クラン……毒空団の団長。“窒息のカレハ・マスタード”よ。カレハと呼んで頂戴」
「これはカレハ様。今後とも宜しくお願い致しやす」
「カレハ……って呼びにくかったらカレハ団長でいいわぁ。さっ、ウチのパーティを紹介するわ。こっちへ」
カレハ団長は俺の腕を掴んで移動を始めた。
店内に並ぶ丸テーブルに座る猛者達を掻き分けて進むカレハ団長は堂々としており、その場にいるツワモノと並ぶ存在だというのが分かる。
一番奥の席に案内されると、そこには4人の新たな仲間達が座っていた。
「これがウチの戦士達、右からアン、コロ、モチよ。まぁ同じような体格で同じような鉄兜被ってるからあまり区別つかないだろうけどね、いざとなったらアンコロモチって呼ぶとみんな振り返ってくれるわよ」
「……どうも」
「……まぁはじめのうちは区別しなくて大丈夫だ。何度か冒険に出て、死ななけりゃ覚えてくれ」
「……俺がモチだ」
紹介を受けた戦士達は皆全身に鉄板の鎧を身に纏っており、仕草も似通っていて区別がつかない。
「で、こっちが魔法使いのラファリー。“猛炎のラファリー”よ」
「ヤッホー。宜しくね。チングくん」
猛炎のラファリー。彼女は同じ魔法使いながら、カレハ団長とは違って二股になっているとんがり帽子を被っている。そして、やたら体格が小さく子供にしか見えない。
「皆さん、宜しくでござんす。襤褸羽織のチングと申しやす」
パチパチとまばらな拍手が聞こえる。
「じゃあ、早速だけど、今から第1階層……ネズミの巣にでも行ってみようかしら?」
「へぇ、良ござんす」
俺は頷いて、立ち上がった皆と出口の方へと向かった。
「ふふ、説明は追々させてもらうわね」
「へぇ、宜しく御座んす」
こうして俺の冒険は幕を開けた。