第18話 異界
「チング君。説明すると、2階から3階への階段は誰かが迷い込んでも困るので組合のお偉いさんにお願いして鍵をかけているのだ。……気になるかね? 出る時はスルリと開くから、帰りの事は気にしなくていいぞ」
「へぇ」
開いた扉の先へ恐る恐る足を踏み入れる。
生暖かい風が吹き上がってきた。
何処となく死の臭いを感じさせる様な……邪悪な薫りだ。
壁を構成する煉瓦に光るヤツが混在しているので見通しは良い。隠れる場所が無ければ2つ辻先迄は視界に収まるだろう。
足元の小石を爪先に乗せて放り投げると、カツンと高い音が鳴り響き……その音は3つ辻先で反響してきた。床や壁は硬く、音による索敵も容易そうだ。
「さぁ、ここからは3階。一応注意しておくと、気配察知をし過ぎると、向こう側の方々も此方を意識しちゃうから、気を付けて。程々にしてね」
「へぇ、分かりやした。では先頭に立って進ませていただきやす」
そう言われても仕事をしない訳にはいかない。
言われた通り軽めにはしておくが、気配察知をすべく視界からの情報を遮断して意識を四方に飛ばす。
……気配はある。
先程戦っていたジャイアントカモノハシと同等かそれ以上の大きさの敵が10体程の集団で徘徊しているのを感じる。
……四方の3つ〜4つ辻の距離に3つの気配の塊がありやす。どれも10体以上で大きさは先程のカモノハシくらい。
「ふむ。なるほど」
まぁ確かに強敵だ。先程のウサンタールさんの動きが本気でないなら対処の仕様もありそうではあるが、毒空団単体では手に負えそうにもない。
「言われた通り軽く意識を向けて調べる程度でやすが、確かにあの集団は我々とぶつかれば死あるのみでや……や……や……」
そう言いかけて、それからの言葉を継ぐ事が出来ない。
突然意識を暗闇に取り込まれる様な感覚。そして、真っ暗な夜空に広がる星のように点々と存在する気配を感じた。
この気配は……此処じゃない。
3階……此処から更に下の階層に広がる闇の気配だ!
ふと、意識を取り戻すと、身体を滝のような汗が流れていた。
戦慄。悪寒。
世のすべての悪意を煮詰めたような……なんと言って良いかも分からない苦しさ。
唇が震えて話が出来そうにない。
「その様子だと地下4階の気配を感じたようだね。チング君」
眼球を下に動かして辛うじてその言葉に返信する。
「やはり、君は優秀だね。普通は四方の警戒は行えども、下方に向けて警戒する事はしない。しても、分厚い岩盤を超えてあの化け物共の気配を感じ取るなんて出来るものじゃない。気配察知で言えばこの街で10本……いや5本の指に入るだろう」
「うへ、やっぱり此処の下は3階のデカブツ以上の化けモンが居るのか……」
「やっぱりキチぃな……」
アンやコロが頭を掻きながらそう呟いた。
彼等も此処に来た事があるのなら、これは……そういう事なのだろう。
「……チング。ごめんなさいね。試すような事をしてしまって。これは、本当の意味での入団試験よ」
顎が震えて声が出ない。
「まぁ、あの化け物共の気配を感じてしまったのならば返事も出来まい。まぁ君の団長ですらまだ感じた事のない気配だからね。吾輩が勝手に代返をしておこう。……キニシテヤセン、ダンチョウ。これで良いかな?」
眼を瞬きして返す。
ウサンタールは団長達の所に振り返って「ほらね」といった仕草をした。
それはちょっとムカつく。
「話を続けさせて貰う。この迷宮は何の為に存在していて、どんな原理で魔物が沸き出てくると思うかね?」
思考もままならない状態に加えて、思いもよらなかった事に頭が凍る。
「都合よく人間の倒し頃の魔物が浅階を徘徊して、深い階には今君が感じたような化け物がわんさかいる。それこそ、それ以下の階層にはここいらの奴と比べ物にならないくらいの連中だっている。何故だと思うね?」
「まぁ、答えられないだろうから勝手に答えよう。この迷宮の構造は、地面の底から湧き上がってくる未知の魔物共の餌場なのだよ」
餌場……?
意味不明な言葉にゾワリと背中が答える。
「地下3階は4階の魔物……今君達が感じた途方もなく強い気配の魔物達の餌場として我々が用意した場所なのだ。そして、地下2階はその養殖場とでも言おうか、人工的に作れる程度の魔物を放し飼いにして切磋琢磨させている場所に過ぎない」
「ちなみに地下1階はその養殖場の餌を育てる場所でしかない。君の力ではこの程度の魔物にしか勝てそうにもないが……まぁ、冒険者達の育成も兼ねての餌場だから、力不足の心配はいらないよ」
辛うじて眼球だけを動かし、左右を見ると真剣な顔をした毒空団の皆がこちらを見ている。
「何が言いたいかというとだね。つまり、迷宮とは地下4階からが本番であり、それまでの階層は4階以下の魔物を封じる為の防波堤でしかないという事だ。ネズミを狩って皮を売るのも、駆け出しの冒険者にとっては命懸けの仕事なのだろうが、あくまで冒険者を育てる為に我々がやっている慈善事業でしかないのだよ」
おまま……ごと?
そう口を動かしたが、声にはならなかった。
だが、ウサンタールさんは唇の動きからそれを汲んでくれた様子だ。
「そう、おままごとだ。それを突破して見事D級となった者だけが初めてこの迷宮に挑戦出来る。そこでまぁ、多くの者は地下の脅威から街を守る為に“管理人”としての役割を受けるか、それより下の世界に魅せられる“真の冒険者”となるか、選ぶ事となるのだ」
ウサンタールさんはヒゲをモサリと触ってこちらを見ている。
「ちなみに彼女……団長ーーーは私の後を継いで優秀な管理人となるべく頑張っておる所だ。まだまだ経験は足りないが、才能は君が感じている通りだよ」
「管理人……」
「いやはや、君がもし功名心や冒険心を以て迷宮に向かい合うならば、この話をする事はなかっただろう。だが、君が死んだ心で淡々と彼女に付いていってくれるならば、話せるだろうと思ったのだ。君ならば良き眼や耳となって一家を支えていってくれるだろうからな」
そこまで話した時、左右からアンとコロの手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。
「宜しくッスよ」
「……よろしくな」
「……よろしくね、襤褸羽織のチング」
「よろしくなのだー!」
「はっはっは、これからも宜しく頼むぞ、襤褸羽織のチングよ。試験は合格だ」
いつの間にかに試験を受けさせられていたのか。
ごめんなさい。執筆途中公開されていたようです。
とりあえず繕ってなおしました。




