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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第5章 5日目
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第14話 賊騎士ウサンタール



 あれから団長の泊まる宿に戻ったのは朝になる手前だったが、まぁバレずに済んだ。朝早く散歩してきた体で部屋に戻ると、女将さんに井戸水を貰って衣服を正した。


「色男ね」


「いやいや、粗末で御座んす」


 女将さんの鼻がスンと鳴った。


 ……そんなに臭うだろうか。


 笑顔ながらの忠告といった所だろうか。女性は嗅覚も鋭い故にもっと良く洗えという事だろうか。別に団長にバレたとて何もやましき事はないのだが……。


 いや、考えてみれば良い事ではあるまい。


 団長始め毒空団の皆は俺を心配してくれているのだ。


 ここは、布が弱るほどキツめに洗濯してもバチは当たらないだろう。


  ◇ ◇ ◇ ◇


 粗方洗濯が済むと、部屋の前に誰かが来て止まった。


 ……団長の足音だ。


「おはよう、昨日は眠れたかしら?」


 部屋の外から声が聞こえる。


「あまり眠れなかったでさ。今身を清めておりやすんで、終わったら行きやす」


「そう、じゃあ先に行ってるわね」


 団長はそう言ってカツカツと廊下を歩いて外に出ていった。


「……バレてないよなぁ?」


 まぁ、あれこれ考えていても仕方あるまい。


 支度を終えて外に出ると、建物の上に出た黄色い太陽がジウと身を焦がす。


 既に冒険の前に消耗し切った身体に鞭を打って毒空団の皆の待つトラッキンの酒場へと向かった。


 稼がねば……稼がねばならぬ。


 満身創痍で開けた観音扉。


 いつもの丸机を見ると、先に団長・猛炎のラファリーアンコロモチのアンコロ2名の計4名が来ていた。


「……お疲れのようね」


 うっすらとため息混じりの団長の一言。


「心配掛けやすが、平気でやす」


「うわー、これは遊んだな〜?」


「私事に御座いやす」


 席に向かって手刀を切り、椅子に座る。


 チラリとアン・コロを見ると、サッと目を逸らされた。鉄兜に覆われていても顔の動きが分かるのは、幸と見るか不幸と見るか。


 ともあれ、昨夜の業は皆にバレている様だ。衣服はキレイに洗ったのに何に気付かれたのか……。


「……」


「……あれ? 始めないんでやすか?」


 普段なら団長が「さて」とか言いながら話を切り出すのだが、団長はただニコニコしながら座っており、皆の目線は左右に振れて落ち着かない。


 何かあるのだろうか?


「今、丁度来たみたいだから始めるわよ」


 団長が席を立ってカツカツと歩き、俺の隣の椅子を引く。


 すると、背後から初老の男の声が聞こえた。


「やぁ、カレハ君。変わりなく美人で何より。ラファリー君も頑張っているかい?」


「頑張ってますよ〜!」


 振り返ると身なりの良い白髪の老紳士が立っていた。


 ……気配を感じない?


 純斥候職の俺が気配を感じないだと?


 いや、改めて意識を向けると息遣いを感じ取れる。呼吸音。心臓の拍動。衣擦れ。……問題なく普通と言える。


 ではこれほど迄に接近を許すまで気配に気が付かなかったのは……何故だろうか。


 ……昨晩体力を使い果たして集中が落ちているという事だろうか。


「さぁ、皆揃いましたので始めましょうか」


 団長が手を叩いて仕切る。


「ワー」「ウュイース」「ウース」


 何処となくぎこちない皆の返答。


 リズムの合わない拍手。


 皆の中で何かが起こっているのだろう。


「して、カレハ、こちらの方は……?」


 老紳士は俺を指してカレハ団長へ質問を飛ばした。


 どうやら、新人とはいえ毒空団団員の俺よりも関係が深いらしい。


「こちらは襤褸羽織のチング。斥候として毒空団に加わってくれているの。オオネズミの解体速度ならこの街で1番じゃないかしら?」


「それは素晴らしい。吾輩の後任という訳だな」


「……後任?」


「そう、こちらのウサンタールさんは3代くらい前の斥候役を務めて下さった方よ。先代は貴方が来る1週間くらい前にどっか行っちゃったから、ソイツを除けばほぼ後任と言えなくもないわね」


「宜しく、襤褸羽織のチング君。吾輩がモチ君の代わりに今日1日だけ前衛に立つ賊騎士のウサンタールである」


 ウサンタールとやらは細剣の上に革手袋をはめた手を置いたまま、首を傾けた。これは、貴族が平民に行う「良きに計らえ」的な儀礼だ。


 そして、差し出された右手。


 気軽に向けられた革手袋はヤケに分厚くて威圧感のあるものだったが、先輩という事もあり、素直に握手に応じる事とした。


 ……! これは!


 握られた手から不可視の靄の様なものが登ってきた。腕を通って体内をまさぐられ、背筋にゾワリとしたものを感じる。


 そして、血と栗の花を煮詰めたような独特の異臭。


 あれ、これ昨晩も嗅いだ気もする。


「ふっふっふ、気付かれましたな。これは“見極めの指輪”と呼ばれる魔導具。貴殿のおおよその力を測るものだ」


 ウサンタールとやらはパッと手を放し、ピラピラと手を振って冗談仕草をしている。


「また怪しい物で遊んでるのー? ウサンタールさーん。で、結果はどーなのー?」


「はは、大分良いぞ、特に迷宮に愛される運は人並み外れたものがあるそうだよ」


 理解が追い付かない。追い付かないが、おおよそ何をされたのかは分かる。あの分厚い手袋の中に仕込んである“見極めの指輪”とやらから出たナニカが、確かに何かを測っていった。


 そして、あの臭い。変な事探られてないだろうな……?


「すまんね。これは先輩からの忠告だが、吾輩のように怪しい輩からは握手すら訝しんで見た方が良い。特に分厚い手袋には“指輪”が仕込んであると見ていいね」


 それもそうだと素直に思う俺と、突然訳の分からない事をされて怒りを持った俺が対立して、返事が出来なかった。


 それを見越してか、団長が口を開く。


「ウサンタールさん、それはせめてもう少し打ち解けてからのほうが良かったかも知れませんよ」


「……はは、確かに。いや、申し訳ない事をしたチング殿()


 言われて気が付いたが、俺はすごい顔をしていたと思う。賊と付くとはいえ、生まれの穢れた存在が騎士と呼ばれる存在にして良い顔ではない。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 貧者の入口。


 一昨日も来た時と同じく、門番をしている老婆から先行している冒険者一味を聞き、足を踏み入れる。今回は【虹色定期便】と【爽やか三組】が入っているらしい。


「では、行こうではないか。毒空団諸君。いやぁ、貧者の入口は実に久し振りだ」


「お手柔らかにッスよぉ〜」

「よろしくでっす」


 アンとコロのコンビがウサンタールの両隣に付き、腰の低い事を言いながら、カチャカチャと鎧の留め金を確認している。


 団長は何やら書類を書いている。


 ラファリーはその横で……その様子をジッと見守っていた。


 ……。


 ふぅ。


 俺も仕事をせねばなるまい。


 迷宮に目を慣らすために予め閉じていた目を交代し、暗闇へと真向かう。


 ……?


 あれ? 一味(パーティ)が1人足りない?


 ……ウサンタール!


「では、早速お手並み拝見といこう! チング殿! 先行して斥候を頼むよ!」


 突如消えたウサンタールに背中を叩かれて、前へ行くように誘導させられる。


 なんだぁ……テメェ……。


 相変わらず気配が薄いのが気持ち悪い。


 目を離した一瞬に音もなく背後に来るとか、どんな化け物なのだろうか。


 少なくとも今は悪意を向けられていない事に安堵のため息すら出てしまう。


 一団から離れて20歩程。


 ふと後ろの方から呟くような声が聞こえた。


「クレハ、良かったな。クロ(・・)だったよ」


 ……クロ?


 ビクンと反応した団長は暫く狼狽した様子を見せる。


 まぁ、何か思い当たる事があるのだろう。団長は前を向いたまま軽くうなずいて、普段のクレハ団長に戻った。


 ……不倫かなぁ。


 んな事ぁないか。


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