第12話 モチと妻売り
冒険者になって4日目の朝だ。1日目と3日目しか地下牢に潜っていないが、昨日降りた場所が場所なので充分に充実している。
2回目の冒険からいきなり2階に降りるというのはなかなかない体験だ。実際に「これは珍しい事よ」と痘痕の醜女も言っていた。
今回のように熟練した戦士が前衛を固める場合においては、後衛に初心者を組み込む事が稀にあるらしい。
本来ならば1ヵ月以上経験を積んでから降りるとされている地下2階。そんな危険な場所へ2回目の冒険から降りるという……初心者にあるまじき凄まじい体験をしたからだろうか、それとも昨夜の痘痕の醜女の凄まじい指技を受けたからだろうか、満ち満ちと不思議な力が漲って来る。
これまで以上に感覚器官が鋭く尖った様な、不思議な気分だ。
「おはよう。コチラよ。いらっしゃいな」
冒険の酒場に入ると、いつもの席を占拠するカレハ団長に呼び寄せられた。
「へへ、寝坊致しやした」
「寝坊なんてしてないわ。私達が早いだけよ」
団長は指で右と左の席を指す。
まぁ、言われるまでもなく朝から酒場の席を占拠しているのは俺達だけだ。他の客は……昨日から転がってる様な酔っぱらいが鼾をかいている程度。
椅子を引いて座ると、団長が「始めましょうか」と両手を組んで肘を突いた。
「モチは捻挫だったわ。軽症だけど次の冒険は休みね。一応ここに来ても良いのだけれども、大事を取って宿屋で休むよう言っておいたわ」
団長の言。
その様子は不貞腐れている様にも見える。
「で、今日はもう解散ね。でも明日は休まないわ。モチの穴を埋める前衛は探しておくから、朝にまたここで……ね?」
アンとコロは「うっす」とだけ言って立ち上がった。
チラッとなにか目配せをしたような気もする。
「じゃあまた明日ね〜」
団長の隣に座る猛炎のラファリーがコッチに向けて手を振っている。
どうやら、「また明日」の対象に俺も含まれている様子だった。
新人は邪魔と言うならば仕方がない。
「アッシはモチさんの見舞いに行ってきやす」
「良い事ね」
団長と猛炎のラファリーに送られた俺は、両者に教えられた宿へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
程なく目的地に着くと、外付けのベンチに座っているモチが居た。
何故モチと分かったかというと、迷宮の装備そのままだったからだ。全身を金属の鎧で包んだ姿は迷宮街に於いても割と目立つ。恐らく、彼はどこか変わり者なのだろう。
「よう、襤褸羽織のチングよ。俺はモチだぞ」
モチは片手を上げて隣に座れとでも言いたげな仕草をした。
「それでは」と一礼して隣へと座る。
「存じておりやす。休日も鎧付けてるんでやすか?」
「まぁな、職業病だ。何となく外しづらくてな」
「ふーん。そうなんでやすね」
そう言ったっきり、話題がない。
とりあえず、お互いに騒がしくなってきた大通りを見ている……といった状態だ。
「改めて、俺の名前はモチだ」
「存じております。アッシは襤褸羽織のチングでさ」
「まぁ、そりゃ知ってるだろうがな。一応4日間生き延びたからな、約束だろ。アンコロモチの区別を教えるの」
「ああ、確かにそうでやしたね」
確かに約束と言っていた気がする。
「まぁ、大した事はねぇけどよ。カレハ団長の親衛隊、アンコロモチの中で俺だけは貧民街出身の貧しい出自なのさ。昨日も言ったろ?」
ああ、だからしきりに「俺はモチだ」と言っていたのか。俺もそうだが、賤業を為す者や貧民には名前がない者も多い。一度名前を貰えたなら、それを自身の存在理由として崇める者も居る。
そう言った出自の負い目もある同士仲良くしようという事か。
「カレハ団長に拾って貰えなきゃ、どうなっていたか知らねぇ。本当に感謝してるんだ。そして、尊敬してるんだ」
それに対して頷く。
「薄々気付いてるかもしれねぇが、カレハ団長は貴族の子弟だ。この街の北にある男爵家の娘でな、家を飛び出して力を試したい……というワガママ自分探しの旅の途中ってワケさ」
「ほう、御貴族様でらしたんすね」
「まぁ、団長は貴族の子弟と言われるのを嫌うから、俺等からは何も言わずにそっとしておくのが一番だがな。お前もそっとしておけよ」
「承知でさぁ」
確かに今振り返ってみると、おかしな点はあった。貴族らしい上品な身の振り方をしているし、荒くれ者の集まりの冒険者達がF級冒険者クランの団長に一目置いているのもおかしな話だ。貴族の子弟となれば、その説明も付く。
「……」
ひとしきり団長について話すと、またモチは黙ってしまった。
「さぁさぁ、安いよ安いよ! 妻が安いよ!」
何だこれは?
「なんだ、その反応は。さては“妻売り”を見た事ないのか?」
「へぇ、ありやせん」
「都会では離婚したい奴が、ああやって妻を売るのさ」
「売って、その家に嫁ぐんですかえ?」
「いや、違う。ただ売られるだけで、名目上は売られる前の奴と結婚したままだ。まぁ、信教の形で離婚するのが難しいからな」
「へぇ、都会の事はよくわからん事でさ。好いた女と結婚して、飽いたら売られるという事ですかい?」
「……違う。女が他の男と姦通して売られる場合もあるし、夫も妻も双方同意で売られる場合もある。事情は人それぞれだ。ああやって競り市みたいに価格を付けてるが、まぁ殆んど買う奴は事前に決まってる場合が殆どだ」
「銀貨10枚と銅貨3枚!」
「こっちは銀貨11枚だ!」
「仮にアッシが金貨2枚と言って落札したらその妻を好きにして良いんで?」
「それはないな。多分、買う予定の奴が金貨3枚で買うというだろうよ」
「買われる方の持ち金を超えてもですかい?」
「まぁ、その辺は売り手も分かってるから、予め決まった相手が金貨10枚で落札したとしても、実際に渡す金額はある程度常識的な金額で収めるだろうな」
「そうでやすか」
「……だが、金貨20枚を超えたらどうだろうな。粗末な一軒家やお手付きオッケーな奴隷が何人か買える金額だ。決まった相手が居ても他の奴に売ったっておかしくねぇ。そういった意味では結果は決まってねぇのかも知れねぇな」
「さいでやすか……」
ふと、痘痕の醜女が傍らで笑っている幻が見えた。これは……この感情は……火遊びだな。嫁に貰う器量ではない。
「女を抱くなら見た目を重視する奴も居るがな、結婚ってなると中身を重視しなけりゃならねぇ」
「へぇ」
痘痕の醜女。中身は……悪くない女か? 思い返してみると見た目以外は特に瑕疵はない。
「つまりだ。団長みたいな女を選べって事だ」
「そりゃ見た目も重視しちゃってるじゃあねぇすか!」
……釣られて突っ込んでしまった。
「まぁな。仮に嫁に貰えるとしたら余っ程の冒険者か貴族様だ。俺等からしたら高嶺の花よ」
「へぇ、滅相も御座いやせん」




