第11話 川橋亭
解体を終えた毒空団は来た道を引き返し、迷宮前の卸店にて戦果を売り払いに来た。
卸売りは慣れた手付きでガサゴソとワニ皮を選り分けて、チャリチャリと算盤の玉を動かした。
「状態がとても良いので……銀貨7枚ですね」
「ぎ……銀貨だって!?」
思わず声が出た。
「そうよ。ほら、銀貨1枚と……端数は銅貨3枚ね。残りは怪我をしたモチの取り分にするわ」
……銅貨を20枚集めて両替出来るのが銀貨。銀貨と言えば平民が持てる硬貨としてはほぼ最上級のモノだ。斧や鍬等の金属製の農具を買ったりするのに使う。
都会で店を構える商人ともなれば、日に銀貨10枚稼ぐ若旦那も居よう。中堅以上の職人が終日作業を行えば銀貨1枚稼ぐ事も可能だろう。
だが、賤業ではいくら頑張っても銀貨での給金は貰えない。税金を払う為に一時的に銀貨を手にする事はあっても、使う事は年に一度もない。解体用の短刀を買う時くらいだ。
それが、今目の前にある。
…………ムラ。
ギチギチと男が滾る。
ハッと顔を上げると、毒空団一味は瞬時に明後日の方向を眺め出した。完全に見て見ぬ振りをしている。……全員があらぬ方向を見ているという事は、つまり全員がコレに気付いているという事だろう。
男となればこれは仕方ない。
「今晩も遊びに行くのかしら〜?」
猛炎のラファリーの顔が嫌らしい。
「手前遊ぶ場所は知らず、宿に直行する次第です」
「へ〜、何処の宿? 女の子いんの?」
「手前万事不詳の身ゆえ、詳しく存じ上げやせん」
「宿の名前は〜?」
いや、しつこいな。
「……川橋亭って処でやんす」
その瞬間、全員の顔が真顔になった。
え、何かあるのか?
「……痘痕の女が居る“川橋亭”……か?」
モチが俺の目を見て、真面目そうにそう聞いた。
「そう……でやす」
そう、答えた。
その瞬間、また皆の目が合う。その目線の真剣さにただならぬ事が起きているのを感じる。
「其処はやめとけ、似たような宿が側に沢山あるからな」
「そうそう」
「俺の宿に来い」
「ほら、もっと可愛い女が銅貨で買えるから……貧民街も良いぞ。今日は一緒に行こう」
すると皆が一斉に、矢継ぎ早に宿泊しないようにと捲し立ててきた。
「あの宿に何かあるんで?」
「あー、まぁ縁起が悪いくらい……なんだが、その宿に1週間以上泊まってる奴はみんな行方不明になるって噂だ」
「……行方不明?」
「そうだ、行方不明。まぁここは迷宮街だから迷宮に潜って行方不明何てのはよく聞くが、あそこは……明らかに異常な数が行方不明になっている。ここは大人しく先輩からの忠告を聞いておけ」
モチさんは「これはマジだぞ」と人差し指を震わせながら詰めてきた。
「もしかしてあの片腕の受付に勧められたのか?」
「そうです……けども」
「カァっ……アイツかぁ……アイツはそこの宿主の弟だよ。兄貴に言われて時々金持ってそうな新人に宿を斡旋してるんだ。そういや、気が付かなかった……もっと早く気付いていたらもっと早く忠告していたんだが、すまねぇな」
「確か俺達が解散した時間帯は別な奴が受付してただろ、アイツに宿聞いてたのかと思ったぜ……!」
「……はぁ」
慣れてしまったのか、モチさんはやたらと距離が近い。
「……ねぇ、襤褸羽織のチング」
「はい、団長」
怪しい目付きをした団長が割り込んで話しかけて来た。
「あなた、“もう一晩くらいは良いだろう”って考えてないかしら?」
「……へぇ、図星でございやす」
「貴方は出自のせいか、常に下手に出ているけど、妙に反骨的というか、気が強そうな所があるわよね」
「……へぇ、その通りでございやす」
「なら、コッチが何と言っても自分自身が納得してなければテコでも動かないって訳よね?」
「へぇ、仰る通りでさ」
「なら、私達からはもう何も言わないわ。多分私達の主張と自身の意地との妥協点、手打ちとして今晩迄はその宿に泊まるつもりなんでしょ?」
「……へぇ」
「1週間も経ってないし、大丈夫でしょうけど、気を付けてね」
「……分かりやした。痛み入りやす」
◇ ◇ ◇ ◇
という訳で、微妙な視線を送る毒空団一味を手刀で切って辞して帰ってきた。
……川橋亭と呼ばれる宿に。
ここに泊まるのは3日目か。今日で終わりなのだから特に気にする事もないが、折角だから夜くらいは楽しもうではないか。
まぁ、多少は奮発してやらんでもない。
銅貨を握りしめて宿の戸を開けると、痘痕の醜女が俺を出迎えた。
「おかえりなさい! 生きてたんだね」
改めて見ても痘痕の醜女としか言いようのない見てくれだが、愛嬌がない訳では無いな。
「何か?」
「いや、何でもない。宿に帰って安心したのか、少しボウっとしていたよ」
「冒険者として2回目の生還だもんね。おめでとう。チングさん」
「ありがとう……でやす」
生還を祝われてドキリとした。
確かにあの戦闘は薄氷の勝利だったのかも知れない。もし俺が足読みを間違えたまま戦闘に突入していれば初手でまごついて前衛を1枚欠いたかも知れず、前衛が食い破られれば後衛に被害が出たかも知れない。それが俺ではないという保証は何もない。
何せ俺は襤褸が一張羅しか身に纏っていないのだから、ワニに喰われれば一撃で死ぬ事だろう。
「……ねぇ、今日はどうする?」
醜女は腕を引き寄せて部屋へと誘い、身をスリと寄せてきた。
「……少し、お願いしようか」
「……少し?」
「少しだ。手間賃は銅貨3枚やろう」
「……ありがとう。嬉しい。じゃあ今日は前よりもオマケしておくね」
「うおっ」
「あっ」
「ん゛ッ!」
「……!」
◇ ◇ ◇ ◇
カラッ……カラだ。
俺はスースーする位には空になったぞ。
まぁ、宿に泊まらずとも会いに来れば良いか。
それこそ銅貨の女か……これは良い出会いやも知れぬ。




