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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第3章 3日目
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第10話 猛炎のラファリー



 オオコウモリに捕捉されているとはいえ、忍び足で近づいていく。その間も神経は研ぎ澄ませたまま。ここは初めて訪れる場所で、何があるか分からないからだ。


「……? ……止まって下さい」


 天井から垂れ落ちた水滴に微妙な違和感。着地の破裂音ではなく着水の波紋が拡がった。さざ波を受けた小島が揺れる。


 ……これは……しくじったか!


「……何だチング」


 先頭の戦士団の誰かが振り返る。


「今、先程は地面と思っていた所……水面が揺れました。多分……ワニは4匹です」


「……4匹……!」


 途端にクレハ団長の顔が険しくなる。


 その様子は瞬く間に一味(パーティ)全体に伝播した。各々が反応を伺うようにして、目だけが周囲にいる仲間の間を往復している。


 これは斥候としてあるまじき……万死に値する事柄だ。


 団長の表情は変わらず。


 だが、悩んでいるようにも見える。


 訂正こそしたが、やはり足読みをしくじったのは不味かったか……!


「団長、俺ら3人ではワニ4匹を安全には止められませんぜ。絶対に何処かでダメージを受けます」


「……分かってるわ。だけど、ここは一本道。この戦いがダメなら引き返す他にないのよ」


 「引き返しやしょう……」と言う言葉が口から出掛かった所で喉に詰まった。これは俺の間違えが引き起こした選択肢なのだ。


 ここは、先輩方の意見に従おう。


「……ラファリー、猛炎で大蝙蝠を焼いて、前衛は出来れば4匹、難しいなら3匹だけでも抑えて頂戴」


「「「了」」」


「……了解」


 普段は調子に乗った声を出すラファリーも真面目そうな声を出した。


 戦闘を行う方向で意見がまとまったのだ。


 そして、話しながらもゆっくりと進んでいた為、既に敵を目視出来る位置まで来ていた。そのまま戦闘へと突入するのだろう。


「じゃあ行くわよ……テェ!」


 団長の号令と共に1つ辻分の距離を突撃していくアン・コロ・モチの3人。後衛の俺達は微動だにせず。


 だが、両隣からは呪文が聞こえる。


「ヒラケ・ヒラケ・ヒラケ……篝火より出て戦場を照らし、古き者を灼き尽くせ! ……猛炎(マ・ファムト)!」


 初手は猛炎のラファリーの放った“猛炎”の……戦場を清める白光の明滅から始まった。


「これが猛炎の魔法……か……!」


 思わず言葉にして呟いてしまう程の衝撃。


 猛炎の威力に息を呑む。


 事の起こりは唇を震わせる“詠唱”。


 続いてラファリーの瞳が白く発光して、火花を散らせる。


 その直後。撫でるように睨み付けられたオオコウモリの身体が……仄青い炎に包まれた。


 彼女の視線を受けた所を起点に火が吹き出した様に見える。


 その炎は火の粉が下に向かって伸びて行く様な特徴的な燃え方をしていた。


 そして、その炎に照らされた4匹のワニ。その眼前に躍り掛った3人の戦士が映し出される。


 アン・コロ・モチの初手はワニの上顎を地面に縫い付ける打ち下ろしの一撃だ。


 鋼鉄の剣は次々と命中し、顎下の鍾乳石を砕いて止まり、ワニ達の噛み付く系統の攻撃を封じた格好となった。


 だが、ワニも噛み付くだけが能ではない。直ぐ様反転して、長くて硬い尾による攻撃を加えてくるのだろう。そんな気配が感じられる。


 しかし、その攻撃が繰り出されるのは深呼吸1回分の後だろう。3人の攻撃はその猶予を稼ぐものだったに違いない。


 ーーそう思った直後。


 アンコロモチの誰かが派手に半回転して鋼鉄製の兜が地面に打ち付けられる音が響き渡った。


 見れば残る1匹のワニが鋼鉄製の具足を噛み潰し、前衛の誰かを引き倒していた所だ。


 誰か助けられる者は……いない(・・・)か。


 人間にとっての魔境。魔物の住処たる迷宮で頼りになるのは一味(パーティ)のみ。俺が……いや、前に出ても足手纏いになるだけだ。


 ここは静観……でいいのだろうか?


 咄嗟に傍にあった石を拾って、ワニに向かって投げつけるも、硬い皮に弾かれた。


 多少の気は引けただろうが、大局的に意味のある程度ではない。


 万事休す。


 この時点で俺に出来る事はない。


「闇の贄を以て生命ある(ともがら)を攫え……呪殺(バディカニト)


 俺の隣から聞こえる詠唱。


「モチの脚は高く付くわよ……」


 団長の口からボソリと漏れる。


 すると、遅れて発動した魔法の効果だろう。天井を照らす燃えるオオコウモリから飛び出した黒い影がボタボタと地面に落ちてきて、ワニの身体をギリギリと締め始めた。


 あっという間に痙攣を始めたワニは口の力を緩めて……だらりと絶命した。


 これが団長の2つ目の魔法……。


 “呪殺”と言うからには生贄とやらから出てきた呪いの力で殺すのだろう。この場合の生贄はオオコウモリか。“窒息”が肺呼吸を必要としない生き物に効き目がないのに対して、こちらは対象を選ばなさそう効果だ。対象も、1体に絞られる事で威力も高まってそうだな。


 戦場に目を移すと、前方を警戒しながら後退るモチの横で、口を封じられた3匹のワニを牽制だけで足止めするアンとコロの姿があった。


 隘路でモタモタしているワニがモチを襲おうと視線を向けるも、カンカンと金属製の盾を叩くアン・コロの演技に引き寄せられ、モチは追撃を受けずに済んだ様子だ。



 そして……団長の詠唱が終わる度に1体。また2体と倒れて行った。


 既に地面に横たわって倒れているオオコウモリの死体。その影から伸びる闇に縛られて息絶えていくワニの姿は哀れにすら思えた。


「……巨大なワニですらネズミ同様の生命ではないか」


「使う触媒が違うから厳密には違うけど、詠唱1つで死が齎されるのは一緒よねー」


 隣でつまらなさそうにラファリーが呟く。


 見ればもう大勢の決着は付いている様子だ。前衛の戦士団は危なげなくワニの攻撃を捌いている。


「終わった……のか?」


 戦場を見渡すと、死屍累々となっている獲物の姿が見える。ワニと……燃えたはずのオオコウモリの死体だ。よく見るとオオコウモリの方も傷一つない。


「終わったわ。……チングは解体を頼むわよ」


 そう言うとカレハ団長は前へスタスタと歩いていった。


「モチ、大丈夫かしら?」


 全身鎧を付けているので、見た感じ死にそうな怪我ではないが……どうなのだろうか?


「大丈夫です団長。ただ、脚を挫いちまった。これは……次の冒険は休まねぇといけねぇかも」


「私達の事は気にせず休みなさい。今日の稼ぎなら1週間休んでも問題ないわ。前衛が足りなくなっても、1回くらいなら酒場で暇してる連中を誘ってみるのも悪くないしね」


「面目ねぇ」


 団長とのやり取りを見るとモチは大丈夫そうだ。


 俺は、ならば安心とばかりに手拭いをハチマキにして締め、解体の手を早めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「あの硬いワニ革ですけぇ、重たくなりやしたが、こんなもんでどうでしょう?」


 俺は捌いたワニとオオコウモリの遺骸を並べた。ほぼ店に並ぶ素材と言って良い仕上がりに皆の表情も緩んでいる。満員御礼。海岸三里大漁踊りだな。


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