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ならず者の迷宮  作者: 林集一
第1章 1日目
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第1話 死は平等に俺達を受け入れる


 死は平等に俺達を受け入れる。


 そう信じてこの迷宮に挑んだはずだったのだが……。



「どうしてこうなったのでやすかね」


 俺を覆い隠すようにして斃れた団員(パーティメンバー)……その5人の遺体。


 その隙間から這い出ると、鼻先に一陣の風が吹いた。


「おめでとう。君はこのパーティで最も幸運な男だね。いや、不運かな?」


 風の向かう先を見ると、農具の大鎌を持って、(おど)けた女道化師が立っていた。


 聞いた話によると“フラックレイディ”と言う名前らしい。


「ともあれ、君は6分の1の賽子(ダイスロール)に勝って命を得た。そして、同時に5人の命という負債も背負った」


 道化師は芝居がかった台詞を吐きながら高速で移動し、それに対応出来ずに首を右往左往させている俺を嘲笑っているようにも見える。


「仲間の魂が人質になってるから君はもう迷宮から逃げられない。かと言って斥候職の君ではもう迷宮で生きていくのは不可能(・・・)だろうねぇ」


「さぁ、どうする?」


「どうすると言われても、こうするしか無いでやす……ぜ!」


 俺は懐にある短刀を握り、ーー死体の山から這い出した。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 ◇ ◇ ◇ ◇




 ビービー チック ビーチク ピンピン


 雑に植えられた街路樹の隙間で、一際うるさい鳥が1羽。性欲にまみれた音で囀っている。


 鳥は年中囀っているのだが、こと春に於いては求愛の意味を持つらしく、そこかしこで色っぽい声を上げている。実に羨ましけしからん。


 頬を撫でる風は暖気を孕み、地上の隅々にまで生命を行き渡らせるべくゴウゴウと吹き荒んでいた。


 〽思〜へば〜遠ほぉ〜くに〜来た〜もの〜だ〜


 ふと田舎旅歌の一節が出るのは、本当に遠くまで来たというのもあるが、眼前に広がる季節に風情を感じているのだろう。


 半島のように西に突き出した大陸の端。


 海と山と川と森に囲まれた自然豊かな場所に居を構える都会の街。その名は古くからヨギタケシントと呼ばれていた。


 高い城壁に囲まれているこの街の出入口は東西南北に分かれて4つ程あり、今歩いている此処はその東門から入って、真っ直ぐに歩いてきた所だ。


 灰色の漆喰で固めた煉瓦の街は人通りが多く、立ち込める人間の臭いが街の外から来た俺に安心感をもたらしてくれる。


 街を覆う壁の外は、すべからく獣や盗賊の蔓延る闇の世界で、備えなく歩き回るのは自殺行為とされている。俺は故郷の村を飛び出し、そんな世界を越えてこの街へと辿り着いた。



「ここがトラッキンの酒場でやすね」


 見上げる建物は他の建物よりは堅牢に作られており、店名の横には酒樽の意匠に剣と羽根ペンが描かれている。


 この意匠は冒険者組合(ローグギルド)のモノで、城壁の外や地下迷宮の中で働くならず者(ローグ)達の取りまとめを行っているのだ。


 此処でならば、命の危険と引き換えにどんな田舎者でも一定の身分が保証され、立身出世としての一旗をあげる事が許される。


 ーー苦節1ヶ月……か。


 振り返れば此処に辿り着く迄に命の危険が……何度もあった。


 飢えれば草を喰らい、乾けば血を啜り、獣に襲われれば逃げ、何とか命を繋ぐ様にして成し遂げた旅路。


 そのすべての困難に打ち勝ってここに立っているというのは、大きな自信の源となっているかも知れない。


 俺は迷宮冒険者となるべくこのヨギタケシントの街へと来た。


 だが、田舎者故に冒険者の作法が分からぬ。


 母の編んだ麻の羽織物は風に裂け、汚れ煤けて黒くなり、愛用の魚皮の靴も破れてカパカパだ。


 もはや持てる財産は健康なこの身と鋼鉄の短刀1本のみ。


 見窄らしい身なりではある。しかし我が故郷の言葉にも「身一つを以て誉れを立てよ」とあるじゃないか。


 なあに、長旅で鍛えられた肉体の節々に充分な男らしさが宿っている。


 意を決して建物へと飛び込む。


「たのもう!」


 バンと勢い良く跳ね戸(スイングドア)を手刀で割って入り、中腰で構える。


 一斉に集まる(つわもの)共の視線。これは負けては居られない。


 息を深く吸い込んで、一息に挨拶を行う。「手前田舎村の三男坊〜行末万端御熟懇」という渡世人お約束の奴だ。


 今の世は渡世人なぞ居ないと言える程新しいもので、なおかつ俺は渡世人でもなければ伝えるところもない。故に挨拶は簡素なものだが、間違えれば恥をかく。


 今回は……まぁつつがなくといった所だ。


 あとは多少の確認さえ済めば俺はここの……冒険者の一員となれる。


「〜という訳で本日より此処で世話になりやす」


 ここでビシッと頭を下げた。


「頭を上げておくんなせぇ」


 受付に座っている男が答える。掲げている腕を見ると、何かの古傷か、左の肘から先がない。いわゆる隻腕のようだ。


「へぇ」


 返事をしつつ顔を上げると、男は薄汚れた獣皮紙を広げて、羽根ペンに墨汁を浸していた。何かの聞き取りを始めるらしい。


「技能はあるか?」


「ケチながら器用なもので、足読みや足消しが得意でさ」


「……気配読みと気配消しか、鍵開けは出来るか?」


「へえ、鍵開けはとんと経験が御座いやせん」


「なら役割は“斥候”が良いだろう。罠読みや鍵開けが出来れば“盗賊”が良いが、実力に過不足があってはならんからな」


「ありがとござんす」


「じゃあ、登録しておくが……お前さん名前はあるか?」


 ……「いや、それは無い」と、受付に名乗る名前が無い事を告げると、名付けを行って貰う事となった。


 受付の男は俺を見ながらむむと唸ると、すぐにポンと腕を叩いた。


「先ずは襤褸羽織(ぼろばおり)のチングを名乗りやせ」


「へえ、拝名お受け致しやす」


 この界隈では、田舎で名前を持つ者は少ない。多くの者はその地に生まれて働き、その地で死ぬ。名前は必要ないのだ。


 そこで、村を出て新しい場所で世話になる際に名前を付けて貰う事は珍しくない。


 襤褸羽織のチング。


 まぁ、見た目通りの名前だが、母の作った羽織が名付けになるのは悪くない。


 命の危険こそあるが、冒険者として一旗上げて故郷に錦を飾る事が出来れば良し。


 ……死んで迷宮の肥やしになるも良し。


 こうして俺の第一歩は踏み出された。


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― 新着の感想 ―
良い雰囲気ですね 楽しみです
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