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月華姫③

「本当によかったの?」


 王宮の、一般家庭でいうリビングで寛ぎながら、セレーネは隣に座って同じように寛いでいる父王に尋ねた。


「何がだい?」

「私の婚約よ」


 国王はセレーネの想い人のことを気にしていた。

 淡い初恋が終わったというのは恐らく事実。――彼女の中では。

 黒髪なのであろうその初恋の相手を未だに引きずっていることくらい、国王には分かっていた。

 可愛い可愛い娘に想い人がいるならば、その男と結婚して欲しいと国王は思っていた。


 しかし、この国の貴族や他国の王族にその男はいないのだろう。いればきっとさりげなく訴えてきていた筈だ。でもそうではなかったから、娘は自分に相手を決めて欲しいと言ってきた。

 ――想い人と一緒になれないなら、せめて娘を愛してくれる男と。

 そう思った結果が、半年後のあの手紙だった。


「あの手紙で婚約を引いた男はセレーネを愛してくれないかもしれない」


 縁談を持って来た全ての男に関して国王は調査を行っていた。

 その中には、婚約者こそいないものの、相思相愛の恋人がいる者もいた。

 所詮、恋人。殆どは婚約者になれない身分の女。それを男本人も分かっているから、セレーネに縁談を持って来た。

 グランルンドは大陸一の強国だ。その一人娘を大切にしない男はいないだろう。恐らく恋人を寵姫や妾として置くこともない。グランルンドに目をつけられたくないから。だが、その男の心の中にはいつだって恋人のことがある。

 セレーネを唯一にしてくれない男のところに嫁がせる気はなかった。


「私は別に私を愛してくれなくても――」

「驕る訳ではないが、圧倒的にこちらが優位なんだよ。逆こそあり得れど、セレーネを愛さない男は駄目だ。政略の必要もないのだから」

「あちらにとっては政略なのよ。その証拠に王太子ではない王子はみな手を引いたでしょう」


 エトワールの予想と反して、引いたのは王太子や皇太子ではなく、そうではない王子が殆どだった。

 というのも、セレーネが王妃になれない王子に嫁ぐ筈がないとどの国も理解していたのだ。それならば、さっさとセレーネからは手を引いて、政略で結婚させたい。エトワールが第二王子に述べたように、王子妃に相応しい女性が売り切れてしまう。

 一方で王太子や皇太子を出してきている国は、可能性があるだけに諦めきれなかったのである。


「セレーネ。お前の初恋の男、名は何という?」

「パパ」


 セレーネは窘めるように眉を下げてみせた。

 しかし国王は退かなかった。


「セレーネ。パパはね、お前に一番良い結婚をして欲しいんだ」

「パパ」

「セレーネ。お前はパパの可愛い可愛い愛する娘だ。本当は嫁がずずっとここにいて欲しいくらいだ。でも、パパはパパであると同時に国王でもある。だからセレーネを嫁がせない訳にはいかない。だからせめて、セレーネが幸せになれる結婚をして欲しい」

「ねえパパ。パパがパパであると同時に国王でもあるように、私だってパパの娘であると同時に王女なのよ。私の好き勝手にする訳にはいかないのよ」


 王族はいつだって国のために存在しなければならない。他国に嫁いで二度と祖国に足を踏み入れることが叶わないこともままある。それどころか、有事の際に命を惜しむこともできない。自らの命を投げ打って民の命を守らなければならない。

 贅沢な暮らしが許されるのは、自由に生きられないその枷があるからだ。

 国王とてそれを理解しているが、それでも可愛い娘には幸せになって欲しかった。


「パパだってそれは分かっているよ。王女には王女の責任がある。でも王族でなくとも公爵位か侯爵位を持っていれば、ギリギリ許してあげられる」

「隣国全ての貴族を調べたわ。でもいなかったの。だからもういいのよ、パパ。お願い、これ以上言わせないで」

「セレーネ……」


 セレーネがくしゃりと顔を歪めた。

 それを見て国王は後悔する。セレーネが父である自分のために隣国に嫁ぐつもりなのは気付いていた。そしてセレーネが、隣国の貴族を調べ尽くさない訳がなかった。

 セレーネとて嫁ぐならば初恋の相手がいいに決まっている。あまり言い募るべきではなかった。


「せめてパパが決めて。……部屋に戻ります」


 礼をしてリビングを去るセレーネを、国王は何も言えずに見送った。


 俯いて溜め息を吐いた国王の隣、先程までセレーネが座っていた場所に誰かが座った。


「父上」

「お前か」


 座ったのは王太子。セレーネの一番上の兄だ。


「相変わらず私に対する態度とセレーネに対する態度が違いますね」

「そりゃあ息子よりも娘の方が可愛いに決まっている」

「はっきり言いますね」


 王太子がジト目で国王を見る。国王は笑い声をあげた。


「だがお前だって、弟とセレーネに対する態度は全く違うではないか」

「弟は生意気が過ぎる。セレーネは天使ではありませんか」


 国王がセレーネを溺愛しているのと同じくらい、王太子はシスコンだった。ちなみに王太子に生意気と称された第二王子も同等のシスコンである。


「お前は知らないのか」

「何をですか」

「セレーネの初恋の相手だ」

「はは、セレーネが私にそんな話をしてくれる訳がないではありませんか」


 セレーネも兄達を慕っている。だが兄達には残念なことに、セレーネは特にブラコンではなかった。

 王太子が自嘲気味に言ったのは、自分の愛が殆ど一方通行であることを知っているからである。


「私にとっても可愛い妹です。国外に嫁ぐのは仕方ない、でもそれならその代わり、幸せな結婚をして欲しい。私も父上と同じ気持ちではあります」

「黒髪だそうだ」

「……さっぱり」


 王太子は肩を竦める。

 そうか、と呟く国王は、セレーネに突き放されたことで諦め気味になっている。


「暫し待っていろ」


 部屋を出た国王は暫く後に釣り書きを三枚持って戻ってきた。セレーネに提示したものだ。


「お前はどれがいいと思う」

「どれって……まるで物のように……」


 呆れた顔をしながら王太子は釣り書きを受け取り、一枚ずつ開いていく。

 渡された釣り書きは全て次期国王だ。いくら調査したとはいえ、国王よりも直接の会話が多い王太子の方が詳しい。


「こいつは駄目です、多分熟女好きです。……こいつも駄目です、女好きのきらいがある。……こいつも駄目です、仕事中毒です」

「全員じゃないか。というかそれは事実なのか?」

「ええ」


 王太子は爽やかな笑顔で言い切った。

 嫁がせたくないあまりに適当なことを言っているのでは、と国王は眉を顰める。しかし、国王の疑いに気が付きつつも、王太子は言葉を重ねることはせずに笑顔を保った。


「はぁ……ならどうしろと……」


 これでは嫁ぎ先がなくなってしまう。

 国王はどうにかして隣国以外の国との婚姻を阻止したかった。


「取り敢えず保留でいいんじゃないでしょうか?」


 やってられんとばかりに国王は頭を振った。

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