星守り公爵②
あけましておめでとうございます!!
今年もよろしくお願い致します。
「本当に良かったのか?」
「何がですか?」
ずっとアルヴィエ公爵領にとどまっている第二王子が、エトワールに問うた。
エトワールが聞き返すと、第二王子は眉尻を下げる。
「釣り書きだよ。一か八か出してみても良かったんじゃないのか」
「断られるよかましです」
エトワールは乱暴に脚を投げ出した。
「そういえばまだ返事は来てないんでしたっけ」
「まあな。でもうちは小国だし、グランルンドの国王は月華姫を溺愛してるって噂じゃないか。きっと嫁ぐにしても隣国だろうよ」
恐らく各国一つずつはセレーネに釣り書きを出していることだろう。ラスペード王国も例に違わず、第二王子の釣り書きを送っている。
「王子である兄上ですら断られるというのに、臣籍降下した私に嫁いできてくれるとでも?」
「はは」
第二王子が苦笑いをする。
それを見てエトワールはふんっと鼻を鳴らした。
「そういやお前、いつから月華姫を?」
「気付かないふりをしてくれたんじゃないんですか」
「だって弟の恋だぞ、気になるじゃないか」
先程とは一転、豪快に笑う第二王子をエトワールは冷たい目で見た。
「はあ。まあいいです。昔私がグランルンドに行ったの覚えてますか?」
「あー……?」
覚えていないらしい。
「私が十二か十三かそれくらいのときだったと思います」
「王宮で会ったのか?」
「そうです」
エトワールが頷くと、第二王子は未知の生物を見るような目でエトワールを凝視した。
「どこで会ったんだ、そんな機会ないだろ」
「兄上が言ったんじゃないですか……。私にも分かりません。夜に私が宛がわれた客室のベランダに出たら、隣の客室のベランダにいたんです」
エトワールは月の精霊のように儚く美しい少女を思い出す。
「月華姫という異名に酷く納得した」
「……そんで、一目惚れってか」
「そういうことです」
第二王子は頬杖をつく。その顔にはいつもの人を揶揄うような笑みは浮かんでいなかった。
「どうせ彼女は私のことなんて覚えてないでしょうね」
「そうか?」
「きっと」
口を噤んだエトワールを第二王子はじっと見つめる。
「星が綺麗でした。とても」
「そんで、星でも教えてあげたのか」
「夏の大三角を」
ふうん、と言って第二王子が目を逸らす。
「覚えてんじゃないか?」
「え?」
「いや」
花ならばどうしても目に入るが、星は見上げないと目に入らない。
「お前は一生独身でいるつもりか?」
「……こんなところに嫁いできたい女なんていないでしょう」
「そうか?お前は顔は整ってるし、元王族の公爵だ。嫁ぎたい女は山といるだろう」
「けれど、私に子ができてもその子がこの力を受け継ぐ訳でもありません。ここも元々王家の直轄地で無人島ですから跡継ぎも要りません。ならば無理して結婚することもないでしょう」
「そうか」
エトワールはセレーネの絵姿をぼんやりと眺める時間が存外好きだった。
セレーネと結婚できる可能性を考えて結婚しないのではない。セレーネと結婚する未来は存在しない。
結婚する必要のない自分がわざわざ好いてもいない女と結婚する理由がない。
「それより兄上は結婚しないのですか?」
「うーん、俺の理想が高すぎるんだろうな」
「理想、ですか」
おう、と第二王子は歯を見せて笑う。
「正直俺の好みは月華姫の真逆だな。ちょっときつめの顔立ちの美人で、グラマラスなボディー。でも頭が良くて、強い女」
「強い女?気がですか?心が?」
「は?いや。騎士団に入ってもやっていけそうな感じの」
「まさかの物理」
残念ながらグラマラスなのと頭が良いのと騎士団でやっていけるのとが同時に満たされることは滅多にないだろう。
本人の言う通り理想が高すぎる。少なくともこの国にはいないと断言できる。
「俺は脳筋だから強くて賢い女が好きなんだよ」
「ん、自覚してたんですか」
「お前、俺じゃなけりゃ不敬罪でしょっぴかれるぞ」
「星詠みを捨てたくはないでしょう?」
「お前……」
にやりと笑ったその表情は、如何にも真面目そうな顔立ちのエトワールに何故かよく似合っていた。
第二王子とて本気で窘めた訳でもない。エトワールが言った通り、星詠みの能力は捨て難い。加えてエトワールは元王子だし、また王族たちもそれほど不敬に厳しくないから今のように聞き流されることの方が多いだろう。
「もし月華姫が兄上を選んだらどうするのですか」
「正直に俺の好みを告げて代わりにお前を薦めるな」
当然ながら冗談だが、エトワールのセレーネへの想いを知られてしまった今、どうも本気のように思えてしまう。
「まああり得ないことだろうよ。国王は月華姫をそれはそれは溺愛してるって噂だし、他国に嫁がせるにしても隣国だろ」
第二王子が注がれたワインをぐいっと飲み干す。
エトワールが追加を注ごうとしたのを制止し、グラスの縁すれすれまでなみなみと注いだ。
「それ結構いいワインなんですけど。もっと味わって下さい」
「でもお前、別に一番いいのを持ってきた訳じゃねぇだろ。このワイン大量に持ってるんじゃないのか」
図星だったのでエトワールは黙り込む。
それを見て第二王子がくくっと笑った。
「そういやこの白ワイン、月華姫の髪色そっくりだな」
「っ関係ありません」
「おーおーそうかそうか」
エトワールがこのワインを好む理由が味だけでないのは事実だった。
自棄になったようにエトワールがワインを飲むのに第二王子が突っ込んだのは言うまでもない。
――それから半年たっても、セレーネの婚約は発表されなかった。
セレーネは大国の唯一の姫だ。婚約が成立すれば、国内外に大々的に発表されるだろう。つまり、まだ婚約が整っていないということ。
まだ返事は届いていない。
いくらグランルンドが大国といえども、半年間返事をしないというのはいささか問題がある。
催促の手紙を送ろうか、いやでも、と王宮内はその話ばかりだ。
「俺としては別に返事はいつでもいいんだけどな」
最近エトワールの館に入り浸ることが多い第二王子は、今日もエトワールの執務室のソファーに深く腰掛けている。
「まあ面子というかその程度の問題ですもんね」
元々本気だった訳でもないこの縁談、断られようと全く問題もない。
そもそも断られることなんて分かり切っていることなのだから、エトワールの言った通り単に面子の問題だった。
やっぱり催促をした方がいいんじゃないか、という方向に王宮内の意見が偏ってきた頃、返事がきた。
まだ決めきれていないからもう少し時間が欲しい、返事を急ぐ場合は縁談を撤回してくれて構わない。そんなことが書かれている。
これで多くの王太子や皇太子が身を引いたことだろう。このままではセレーネが王妃になれなくなってしまうがいいのだろうか、とエトワールは内心首を傾げる。
「兄上はどうされるのです?」
「うーん、まだ婚約したい相手がいるでもないし。何もしない、でいくつもりだ」
高すぎる理想を語った第二王子だが、そこは王族、きちんと弁えている。
王子も王女も、王族に連なる者は全員が駒だ。
セレーネとの結婚で大国グランルンドと縁を繋げば、この国だと英雄扱いされるだろう。
国内に良い相手がいないなら、断らずにいた方が選ばれる可能性も上がる。
「あんまり待っていては王子妃に相応しい女性が売り切れてしまいますよ」
「はは、そのときはそれでいい。私は王太子でもないからな、必ずしも結婚する必要はない」
「でもスペアは必要でしょう?」
王太子に子ができれば、第二王子が必ず結婚しなければならない訳ではなくなる。
だが、やはり万が一のことがあったときのため、第二王子も結婚し子を作るべきだ。
「まあそうだけどな。お前が――ああそうか」
月華姫に捧げるつもりなんだもんな、とでも続けそうな表情を第二王子がするのを見て、エトワールは渋い顔をした。
「こんな領地ですから。私の代で返上で構いません」
「そうなりそうな気はするな。お前が結婚してくれさえすれば俺は気楽なんだがなぁ」
「セレーネ姫を連れてきて下さるなら喜んで結婚しますよ」
「無茶言うな」
大国グランルンド。
その王の溺愛する姫を、隣り合ってすらいない隣国の、元無人島を領地とする男が得ることなどできるはずがなかった。