星守り公爵⑦
セレーネとエトワールの婚姻式は、ラスペード王国の王都にてそれはそれは盛大に行われた。
小国の公爵と、大国の唯一の姫との婚姻は、様々な憶測を呼び――それはほとんど事実だった。
大国で突然行われた粛清。その直後のこの婚姻。
婚姻の真意は誰もが理解している公然の秘密のようなものだったが、公式にはグランルンド王国の言葉を真とするのが為政者として正しい姿であり、それを違える国はなかった。
けれども二人が仲睦まじいのもまた事実であり、事情を知らぬ者、特に平民たちは恋ゆえに結ばれた幸せな結婚だと認識している。ある意味恋ゆえの結婚であったため、これもまた事実だ。
無人島に住む星守り公爵。
飛び抜けた容姿に元王子という身分。領民がおらず税収がない代わりに納税が免じられ、領地経営をせずに一定の収入が得られる。
住居が王都に遠い無人島にあるという点と本人が星以外に興味がないという二点を除けば条件があまりに良い。女性達は彼を避け、彼を求めた。
エトワールと結ばれたのは自国の貴族ではなく大国の姫。
令嬢たちは相手が相手だと諦め文句を言わない。
陰でエトワールを中傷する者は真意を察した者に黙らされたために、誰にも反対されることのない婚姻だった。
婚姻を機にエトワールを旗印にしようと目論む者も存在はしたが、
『セレーネ様はグランルンド王国の王女でしたでしょう?王妃になれなくてよろしいのですか?』
という他意のない令嬢の言葉に対する、
『私自身いずれ王妃になるものと思って育ってきましたが……毎日公務に追われて碌に自由時間を得ることもできない生活でしょう?星を眺めてのんびり暮らせる生活が目前にあればそちらを取ってしまうのも致し方ありませんわよね』
という笑いながらのセレーネの一言によって計画は潰れることとなった。
当然このセレーネの言葉の目的はエトワールが旗印になるのを防ぐためである。
そんなこんなで祝福されながら婚姻式を終え、屋敷に帰ってきたときには既に日は沈みかけていた。
「ありがとう、セレーネ」
「急にどうしたの、エトワール?」
「私は……」
エトワールは言いかけて口籠り、視線を落とす。
「私は、初めて君を見た日からずっと君を愛してきた」
「……ええ」
私もよ、とセレーネは言わなかった。エトワールにとっても、相槌以外の言葉がないのは有難かった。
「けれどあのとき私はラスペード王国の第三王子で、……既に臣籍降下が決まった身だった。だから君に家名を名乗らなかった」
「そう、だったわね」
エトワールはセレーネと出逢ったときのことをよく覚えている。
目が合ったときの心臓を握り締められたかのような衝撃。その意味をじわじわと理解し――絶望した。
「セレーネと結ばれることはあり得ないと、思った」
身分差があまりに大きすぎた。
星詠みの能力だけが切り札だったが、それは絶対に切ることのできない切り札だった。
「君は、いや、グランルンド王家は、送られてくる王族の姿絵をどうしている?」
「全て保存しているけれど……」
「以前のものは?」
「前年は残して、それ以前のものは破棄ね」
予想通りの答えだ。
ラスペード王家でもそうだった。ラスペード王家、グランルンド王家に関わらず他の国でもほぼ全ての家で同じ対応がなされていることだろう。
「高嶺の花、という言い回しがあるだろう?」
突然話が変わってセレーネは戸惑う。
「高嶺の花は、届く。その可能性は低いけれど……無理をすれば、届くかもしれない」
「言葉通りに考えるとそうなるわね」
セレーネが頷くのを見てエトワールも頷き返す。
「セレーネは高嶺の花じゃなかった」
「え?」
「届く可能性の全くない女性。星であり、月であり、太陽」
姿を現したり消したりする星。ちらちらとその噂を耳にしては手が伸びそうになった。
届きそうで届かない月。遠い国とはいえ、確かに存在しているのに、手を伸ばしても届かない。
いつだって世界を照らし温める太陽。思いを馳せては心を温め、胸を焦がした。
「届かないのにずっとそこにいて、私を惑わせる」
エトワールは目を細めて僅かに口角を上げる。
眩しいものを見るような笑みだった。
「セレーネ、君は私を気持ち悪く思うかもしれないね」
「どうして?私は」
「姿絵。私は全て保管しているんだ。君の分だけね」
見つかって気持ち悪いと思われるよりも、最初から。
結婚するために言わなかったのは、届かない存在が手に入る機会を逃したくなかったからだ。
「気持ち悪くなんてないわ、むしろ……それだけ私を想っていてくれたのだと分かって、その、」
嬉しい、かもしれないわ。
セレーネが頬を赤らめてそう呟く。
執着じみた――いや、実際に執着しているのだろう――想いが全肯定されたのだと理解したエトワールはセレーネの指先を撫でた。
「よかった」
分かりやすく安堵した声音になった。
笑みを浮かべたセレーネが指先をエトワールの指先に絡めた。
「絶対に届かない筈の月が、私の前に下りてきてくれた。手の届く位置に」
「貴方が下ろしたのよ。ずっと夜空を観ているから」
「ある意味そうなのかもしれないな」
星詠みがセレーネとエトワールの婚姻を呼んだ。
決して切ることのできない切り札を、切ることができた。
「一度は断ろうとしたんだ」
「え?」
「月を地上に留める訳にはいかない」
「私は月ではないわ」
「かぐや姫は月に帰ってしまう」
エトワールが挙げたのは異国の物語。
光る竹から現れた赤子は絶世の美女になり、世の男を余さず魅了して――結局月に帰ってしまった。
誰のものになることもなく。
「私はかぐや姫でもないもの」
「そうだね、何も言わなければ私のものになるのだから」
「そうではなくて」
「分かっているよ。でも……君も、母国に帰ってしまうかもしれないと」
「かぐや姫は地上に残ることを望んだわ」
月に帰ったのは、地上が満足できなかったからではなかった。
「私はかぐや姫と同じ、エトワールの元で生きていきたいと思うわ。そして私はかぐや姫と違って、母国には帰らない」
セレーネがエトワールの頬をするりと撫でる。
自分よりも少し体温の高い掌。相反してひやりと冷たい指先。
「ありがとう、セレーネ。愛している」
「私もよ、エトワール」
離れていこうとする手に自らの掌を重ねる。
きょとりとしたセレーネが愛しくて、その唇に軽い口づけを送った。
「エトワール、」
「ということで、今から君をもらってもいいか?」
「もうっ、駄目に決まっているでしょう!?まだ湯浴みどころか夕食も食べていないのよ!」
セレーネの腰を抱いて不埒な動きをしたエトワールの手をセレーネが叩く。
「それは残念」
「感傷的になって損したわ!」
ぷりぷりと怒って自室に戻ろうと歩き出したセレーネは、どうやらアルヴィエ公爵夫人であることを心から望んでくれているようだ。
嬉しさに笑みを零しつつ、可愛い妻の機嫌をとるべくその背を追った。
⁑*⁑*⁑
その少年は、父親に『今年の夏は寒くなりそうだよ』と言った。
「ふむ。どうしてそう思うんだ?」
「星が教えてくれた」
突拍子もない言葉だったが、父親は眉を寄せて顎に手を当てた。
「それは……」
「うん?」
「星が教えてくれたっていうのは、どういう?」
「なんていうか……昨日と少し違うんだ。何が違うかって言われると明確には分からないけれど……。そうだ、今日の夜、どの星か教えてあげるよ」
私が分かるとも思わないが、と苦笑しながら父親は頷く。
「他のことも分かるのか?」
「どうだろう。今まで何も感じたことがなかったから」
「そうか……」
再び父親は考え込む。
「星が教えてくれるということは、他の人には言わないように」
「え?どうして?」
「多くの人は、星から何かを読み取ることはできないんだ。父さんも、母さんも、お前の兄弟たちも。恐らく使用人たちも……。今はまだどういうことがどれくらい分かるかも分かっていないし、あんまり言うと誰かに攫われるかもしれない。父さんがいいって言うまでは誰にも言わないで欲しいんだ」
「誰にも?母上にも?」
「今はまだ言わないでくれ。母上にも、マティにも、ミーシャにも、ロークにも、レイラにも」
父親が挙げたのは少年の兄弟だ。
母親と兄弟にも言っちゃいけないのか、と少年は肩を落とす。
「ってことは、リックにも駄目なんだね?」
「ああ。二人だけの秘密だ」
父親は人差し指を唇に当てる。
分かった、と頷いて少年はその仕草を真似た。
父親には心当たりがあった。
ラスペード王家にたまに現れる超能力者。『星詠み』と呼ばれる能力を持つ者。
遺伝ではなく、何故かラスペード王家の直系にだけ現れる。
父親が王太子となったときに、その父親である当時の国王から教えられたことだ。
「禁書、だったか?」
星詠みの能力者に関する記録は王宮図書館の禁書庫にのみ置かれており、当然ながら持ち出しは禁止、写本も禁止、入れるのは王族限定である。
現在は王位を引き継ぎ国王となった父親は、数年ぶりに書庫を訪れた。
「これか……」
表紙には『星詠み』とだけ書かれているその本、いや資料は、継ぎ足しができるようになっており、実際にページごとに質が異なっていた。
それは逆に、紙の質が変わってしまうほどの年月ごとに現れるという意味でもあった。
「ああでも、直近は100年も経っていないのか」
その没年を見た後に肖像画に目をやって父親は目を瞠った。
そこには息子である少年の将来を描いたと言われても疑わないくらいに瓜二つな男性が描かれていた。
ページをめくっていくと、各人物の肖像画は、それぞれの時代の流行に沿ったのか画風は異なるものの、まるで同一の人物を描いたかのように瓜二つ。
「ははっ、顔で決まっているのか?」
思わず笑って父親は再び最後のページに戻る。
その名前は『エトワール・フォン・アルヴィエ』。
備考欄という名の記入者のコメント欄には、『妻はグランルンド王国元王女セレーネ・フォン・アルヴィエ。政略結婚と考えられるが、まるで恋愛結婚かのように仲睦まじく、生涯おしどり夫婦として名を馳せた。セレーネ夫人に言い寄った男はこっそりと消されたという噂(笑)』というふざけた言葉が書かれていて、父親は思わず吹き出した。
ちなみに、後に父親に連れてこられて資料を見た少年も、父親と同じように驚き、同じように吹き出したのだった。
これにて完結です。亀更新にお付き合いいただきありがとうございました。
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