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星守り公爵⑥

 ラスペード王国、アルヴィエ公爵領。


「これは……」


 王宮から届いた大量の箱に、エトワールは顔を引き攣らせて兄である第二王子を見た。


「グランルンド王国からの礼の品だ」

「先日頂きましたが」

「内密な話だが……謀反の種を完全に摘み取れたようだ。この前のは簡略の礼だったらしい」


 二度目の礼は、一度目の二倍ほどの量がある。

 一旦簡略な礼を送り、後にきちんとした礼を送る。急を要する出来事が起こっているときに礼をする方法としては正しいが、あまりに量が多すぎる。これが国力の差か、とエトワールは嘆息した。


「それと……」


 第二王子は懐から既に封を切られた封筒を手渡す。


「こ、れは」

「本当に来るとは思わなんだが」

「私に……」


 便箋には、セレーネとの縁談の打診の旨が書かれていた。


「受けるんだろう?」

「……兄上は、月華姫がこの離島で暮らすことに何も思わないのですか?」


 エトワールはぐっと唇を引き結んだ。


「さてな。ともかく、グランルンドからの申し出を断ることができる筈がない」


 第二王子はサンルームでのグランルンド王国王太子との密談を明かさなかった。

 手にした便箋に目を落とし、エトワールは黙り込む。

 遠く離れた島国の、よりによって離島を領地に賜っている一貴族との婚約。いくら元王子といえども不自然が過ぎる。

 しかしそれを理由に断ることはできない。セレーネとエトワールが一目見てお互い恋に落ちたというストーリーまできちんと記載されてしまっていた。溺愛する娘の恋を応援する父親という図なら娘を手放したくないグランルンド国王の許可も不自然でない。そもそも幼い頃の淡い初恋だったことさえ口を噤めば真実だ。


「ですが……月華姫をここに閉じ込めるのは私にはできません。断りの手紙は出します。十分な理由になる筈です。破談になるかは分かりませんが」


 エトワールにとってセレーネは手の届かない、それこそ月ほどに遠い人だった。夜空を照らす淡い光を引きずり下ろすことが嫌だった。

 しかしそんなエトワールを見た第二王子は僅かに目を細め、表情を消した。発する威圧に体が硬直する。


「受けろ」

「兄上!」

「お前は公爵だ」


 はっとエトワールが口を噤む。


「分かるな?」

「……畏まりました」


 エトワールはその場に跪き、首を垂れた。

 兄と弟として気安い関係を続けていた第二王子とエトワールだが、そこには王子と一貴族という明確な上下関係もあった。


「それに、兄ちゃんは弟の恋を応援したいものなんだよ」


 ふっと冷気は霧散し、第二王子は軽い声を弟にかける。

 エトワールは立ち上がったが、すぐには兄弟に戻ることができず、ぎこちない笑みを浮かべた。


「そんな顔するな。お前の気持ちは分からんでもないからな。けどな、エトワール、お前は貴族なんだ。グランルンドと縁を繋ぐ機会なんて他にない。星詠みとして貢献してくれているのは理解しているが、それと同じくらい、いやそれ以上に重要なんだ」


 最大限国の役に立て、そういうことだ。

 王族として生まれたエトワールがそれに反感を覚えることはない。


「理解しています。……自分勝手でした、申し訳ありません」

「分かったならいい」


 第二王子が軽く頷く。


「ただ、グランルンドとラスペードの国力には差がありすぎる。姫の心は訊いておけ」

「他に御心があるのなら、ということですね」

「そういうことだ」


 他に好きな人はいないのか。

 離島で暮らすことに拒否感はないのか。

 縁談は是非受けたいが、もし姫がそれを望まないのならば取り下げても構わない。

 これが、ラスペード王国としてベストな返信だった。


「エトワール、励めよ」

「兄上!それは……っ」

「何だその顔は?姫を振り向かせることができるよう励めと言ったつもりなのだが」

「国の役に立てという話をしていたではありませんか……」


 子を作れという意味かと思った、とは言わずにエトワールは僅かに頬を染めて視線を逸らした。

 弟の初心で可愛い反応に、第二王子は声を出して笑う。当然エトワールは盛大に顔を顰めて兄を睨んだのだった。


⁑*⁑*⁑


 セレーネも是非嫁ぎたいと言っている。

 それがグランルンド王国からの答えだった。

 事実なのかは不明だが、事実であることを祈らずにはいられない。


 それから一ヶ月後、顔合わせの機会が設けられた。

 場所はグランルンド王国。大陸の風習として、国外に嫁入りや婿入りするとき、婚姻までの婚約者との交流の場は国を出る側の国で行うというものがあるからだ。ちなみにこれは、婚姻後は実家に戻って来られないことを考慮したものである。

 結婚の内情を知る首脳陣としてはエトワールをラスペード王国に留めたかったのだが、エトワールがその能力を隠している以上慣習通りにするしかなかった。 

 顔合わせといっても既に話したことはあるので、交流のためのお茶会ということになる。


「ご無沙汰しております、ラスペード王国公爵、エトワール・フォン・アルヴィエです」

「ご無沙汰しておりますわ。グランルンド王国王女、セレーネ=グランルンドです」


 エトワールの瞳の色である蜂蜜色をたっぷりの白のレースで彩った上品なドレスは、あまりにもセレーネに似合っていた。

 月華姫どころかまるで妖精のような美しさに、エトワールはセレーネから目が離せない。


「アルヴィエ様?」

「ああ、申し訳ございません。セレーネ姫があまりに美しく……」


 エトワールはセレーネから目を逸らす。

 視界の端でセレーネがくすくすと笑みを零した。光り輝いている。


「ありがとうございます。あの、私のことはセレーネと呼び捨てて下さいませ。敬語も不要ですわ。まだ婚姻していない以上公式では難しいでしょうが、二人きりのときだけでもそうして下さると嬉しいです。婚約者なのですから」


 上目遣いで言われては断ることなどできる筈もない。

 身分関係なく結婚すれば頭が上がらなくなりそうだ、とエトワールは内心で苦笑を零した。そしてそれは決して嫌なことではない。


「分かりま――分かった。私のこともエトワールと呼んで欲しい。セレーネ姫、いや、セレーネも敬語はなしで話して欲しいのだけれど」

「うふふ、それならそうさせていただくわ、エトワール」


 長年想い続けてきた可愛い姫からその可愛い声で呼び捨てにされたエトワールは、良い意味でショックのあまり目を見開いて固まった。


「エトワール?」

「あ、ああ、うん……君にエトワールと呼ばれるのはしばらくは慣れそうにないな」


 エトワールは目を伏せ、手で笑み崩れてしまった口元を覆う。

 セレーネも、エトワールが自分を呼び捨てで呼んだのを思い出し、急に心拍数が上がった。


 顔を赤らめた二人はしばらく言葉を紡ぐことができなかった。

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