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月華姫⑥

 時は前日に遡る。

 国王は王族だけを集め、王太子とともにエトワールから聞いた話を全て伝えた。

 全員が難しい顔をして考え込む中、真っ先に口を開いたのは王妃だ。


「確実に信用できる者、ですが……先入観はよくないですわね」


 忠義の姿勢を見せる者でも、それが単に見せかけである可能性は十分にある。

 疑いたくない者――宰相や騎士団長など――もいるが、ここではもはや疑わねばなるまい。何しろ火は大きいと星詠みの能力者は言った。国の上層部にいる高位貴族が主犯であることは間違いない。


「まずは影を確かめましょうか」


 調査の実行部隊は影が担うことになる。

 しかし影が反乱軍に組み込まれていては正しい調査などできようがない。


「影は確か五つの家が担っておりましたわね」


 こういうときのために、影は複数の貴族家が家業としている。グランルンドでは余裕を持たせて五つの家を影と定めており、お互いにそのことを知らせていない。他に()()の家が影を担っている、とだけ告げている。


「ふむ……あとは割り振りだが。いくつかフェイクを混ぜればいいだろうな」


 他の四つの家と、普通の貴族家六つ。合計十なら妥当だろう。


「まさか火種があるとはな」

「最後の粛清から、四代ですからね。そろそろ出て来てもおかしくありませんでした。もし星詠みが真実でなくとも調査の良い機会になりましたね」

「本当にな。うーむ、本当に火種があった場合引退も考えた方が良いかもな」

「お待ちください。私たちの次代がまだおりません、時期尚早です」

「ははは、では解散」


 国王は明言を避け、手をひらりと振った。

 国王としては、貴族を纏め上げられなかったことは完全に自分の落ち度だと思っている。息子たちに譲った方がよいのでは、と本気で迷っていた。

 王妃は国王の迷いに気付き、そっとその背を撫でた。


「貴方が引退したければ、引退して構いません。私は貴方について行きます。ですが私は貴方が簡単に逃げるような人だとは思っていませんよ」

「はは、過大評価だな。……でもそうだな、もう少し頑張ってみることにするよ」


 国王の、苦さの混じった微笑みに、王妃も微笑みで応えた。




 結果として、影は一家が裏切っていることが分かった。

 他の影の調査では、『自分は影なんかに徹しなければならないような人間ではない』というのが動機のようだ。

 一家だけとはいえ影に裏切られていることを知った王族たちは揃って顔を青くした。


 裏切った家の情報を信用できる筈もない。

 国王は他の四家を使って貴族を全て調査させた。


 そして全ての調査が終わったのは三週間後、貴族の数を考えると異例の速さだった。

 それでも謀反が二ヶ月後だと言われているので、それくらい早くしないと間に合わないのだ。

 国王は宰相を呼び出した。


「お呼びと伺いました、陛下」

「うむ。早速だが本題に入る。反逆者が出た」

「は……」


 宰相が絶句する。


「反逆者、ですか」

「そうだ。主導はビンツス公爵」

「確か王位継承権第七位を持っておりましたね」

「そうだ。自分こそが王に相応しいと思っているようだな」

「はあ……ビンツス公爵ですか。忠臣として有名なので俄には信じ難いですが」

「裏はとれた」


 国王は眉間に皺を寄せ、宰相はこめかみを押さえて軽く頭を振った。


「賛同者は既に調査済みでございますか?」

「これがリストだ」


 宰相はさっと目を通す。

 そこには十を超える家の名が連なっていた。

 納得できる家もあれば、無害そうに見えた家もある。しかし影による調査は信頼度が高く、宰相は信じざるを得なかった。

 リストの中に宰相の家の名はなく、実際宰相は極めて忠臣でシロだった。


「さて、いつ捕らえるかだが……」


 エトワールの言葉が正しければ、まだ猶予はある。

 だが星詠みは絶対ではない。


「全ての家を同時に押さえる」

「それが宜しいかと」


 既に領地住まいで領地が遠い貴族の元には騎士団の一部を送っている。

 そして、捕縛の日時も定めた。


「完璧に遂行されれば良いのだが……」

「陛下、そのようなことを仰るのはおやめください。平民たちの間ではそれを『フラグ』と呼ぶそうですよ」


 フラグって何だ?と尋ねる国王に宰相は詳しく教えていく。

 なかなか使いやすい言葉だ、と国王がにやりと笑った。




 そしてフラグというものは、一度立ってしまえば大抵回収されるものである。


「何だと!?」


 影が持って来た急報に、国王はくっと喉を鳴らし顔を顰めた。

 主犯であるビンツス公爵一家が忽然と姿を消したというのである。


「気付かれてしまいましたか……」


 宰相が臍を噛む。

 情報統制は徹底していた。内通者は影によって隈なく捜索されている。

 この件の全貌を知る者は王族を含めても両手で十分足りる。だから成功する筈だった。


「騎士団の動きから、でしょうか」

「それしかあるまい」


 できるだけ隠しているつもりだったが、足りなかったということだろう。


「日数的にまだ隣国にまでは出ていないと思うのですが」

「うーむ……普通に考えればそうなのだが」


 監視を搔い潜って姿を消したビンツス公爵一家のことだ。隣国に出ている可能性もなくはなかった。


「国境門では検問を徹底するよう通達しました。今現在それらしき者は通っていないようです。国内を捜索させています」

「はぁ……」


 見つかればいいのだが、という言葉は『フラグ』になる。国王はそう思って言葉を吞み込み、代わりに溜め息を吐いた。


「しかしビンツス公爵家ばかりに気をやっている訳にもいきません」

「捕縛した者の処分をせねばな……」


 ビンツス公爵家以外は全て捕縛に成功している。

 証拠は既にあるので、どの家も一族郎党処刑ということになるだろう。

 何も知らない者を連座で処刑してしまうのはやはり罪悪感があるが、決まり事は決まり事だ。連座には犯罪防止策という意味合いもあるため、ここを変えることはできない。救ったところで恨まれるだけの可能性もあるのだ。


「人数が多すぎますね」

「一日一家ということになるか。重い者からだな」


 憂鬱だ、と国王は掌で目を覆って天を仰いだ。

 罪人の処刑とはいえ、人殺し。国王はどこまでも冷酷になり切れなかった。それこそがこの謀反未遂を引き起こす原因なのかもしれない。


「ポジティブに考えれば、手足がなくなったビンツス公爵家はもう反乱を起こせません。最悪は回避したかと」

「それはそうだな」


 隣国と手を組みさえしなければ。


「出国は何としてでも阻止せねばならん。捜索に全力を注ぐ訳にもいかんが、できる限り注力せよ」

「は」


⁑*⁑*⁑


 その頃ビンツス公爵は、馬に乗ってひたすらに森の奥を駆けていた。


「お父様、まだ着かないのですか?」

「いや、もうそろそろ着く筈だ」

「馬がそろそろ疲れてきてしまったみたいですけれど、替えずに最後まで進むのですか?」

「そのつもりだ。できるだけ足を止めたくないし、足がつくのも避けたい」


 ビンツス公爵には息子と娘が一人ずつ。

 娘は馬に乗れないため、ビンツス公爵の息子に同乗させている。縦にも横にも大きいビンツス公爵の馬に乗せれば馬が疲れてしまうためだ。

 同行しているのは夫人と子供達、護衛に騎士を三人。


 脱出ルートは確立してある。予めいくつか馬を繋いでおいたが、必要最低限にとどめている。多ければ多いほど足がつきやすくなる。


 段々明るくなってくる。国境が近い。

 隣国と手は組んでいない。密入国だ。国境に穴がある場所をビンツス公爵はきっちりと調査している。


「もうすぐそこだ。あと少し頑張れ」


 一同は瞳を希望で輝かせ、腹を蹴って馬の足を早めさせた。


「ここを抜ければ隣国だ――」

「止まれ」


 馬に乗った騎士がずらりと一同の前に立ち塞がった。驚いた馬が急停止し、嘶いた。

 続々と騎士がやってきて、一同を取り囲む。

 あまりに人数が多い。いくら精鋭の騎士でも三人では突破は不可能だ。

 ビンツス公爵が連れて来た三人の騎士は、心の奥底で諦めつつも突破を試みたが、数分も経たずに沈黙させられた。

 それをぼんやりと見届けたビンツス公爵は、ぐっと奥歯を食い縛って項垂れた。


「国家反逆罪の疑いで捕縛する」


 後から駆けて来て一歩前に出た騎士――第三騎士団の団長が高らかに宣言し、素早くビンツス公爵一家を拘束した。

 ビンツス公爵も、夫人も、子供達も、一切抵抗はしなかった。


「使用人たちは……」

「全員捕らえてある」

「そうか」


 全員を連れて脱出するのは不可能だった。だから、置いて来た。

 けれど自分達に忠誠を誓い仕えてくれていた罪のない使用人たちまでも犠牲にしてしまったことがビンツス公爵を苦しめたのも事実だった。


 誰も口を開かぬまま、一家は連行され、王城の牢に放り込まれた。


 謀反の種は、これで完全に摘み取られたことになる。


 星が戻った、と遠く離れた地でエトワールが夜空を見上げてほっと息を吐いた。

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