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星守り公爵⑤

「……しかし星詠みなどという真とも偽ともつかないようなものを利と言い切るのはあまりに早計だと思いますが」

「そうかもしれませんね」


 王太子がゆるりと背もたれにもたれかかる。


「星詠みは確実ではありません。今回の話とて、虚偽である可能性もあるではありませんか。星詠みという確実性のないものが根拠ならば、たとえ虚偽だとしても確実でないと言って誤魔化せるでしょう」

「ですが星詠みが虚偽であるならば、子供にすら嘘だと言われてしまうような稚拙な嘘を我が国に告げることで貴国に何の利がありますか?それも、大切な第二王子と公爵を人質に差し出してまで。根拠は星詠みである必要はありません」


 確かに星詠みなどという理解不能な能力を根拠とするのではなく証拠を捏造する方がずっと簡単だ。


「それにもしも星詠みが虚偽であることを我が国が掴んだとき、我が国がどう動くかは自明でしょう。貴国を下に見る訳ではありませんが、貴国に我が国が攻め入ればどちらが勝利するかは目に見えています。特に他国にとっては」


 勝ち馬に乗るのは当然のこと。

 万が一ラスペード王国がグランルンド王国に打ち勝てるような隠し種を持っていたとしても、それを他国にも隠している以上、他国は大国グランルンドにつくだろう。

 そうなれば、吹けば飛ぶような小国であるラスペード王国が勝利する道はない。


「ですがラスペード王国には利がありすぎる。大国グランルンドからの礼の品、(貸し)、あわよくば……つい先程貴殿が提案した、セレーネ姫との婚姻」


 第二王子は薄く笑う。

 それを見て、王太子は可笑しそうに喉の奥をくくっと鳴らした。


「公爵との、ですか?」

「私でも、公爵でも、好きな方と。第二王子としては王族である私に嫁いで欲しいところですが、兄としては弟の恋を応援したいですね」


 冷え込んだ空気に温度が戻り始めた。

 そのままのトーンで王太子は話を締めくくる。


「まあ、貴国が嘘をついていないことはこれまでの言動で分かります。それに今回のことは我が国の貴族の忠誠を再確認する良い機会となりました。私の判断を王も支持しています」

「貴国は安泰ですね」

「嬉しいお言葉ですね」


 笑い合う二人の男の表情に冷えたものはない。


「おっと、そろそろ戻ってきそうですね。ここで話を少々詰めておきたいところですが」

「しかし当人同士の気持ちはどうなります。どうやら貴国の王族の方々たちはセレーネ王女をかなり大切にされているようですね。確かに我が弟はセレーネ王女を思慕しているようですが、一方的なものである可能性も十分にあります」

「私とてセレーネの兄です。セレーネが公爵をどう思っているかくらい顔を見れば分かります。それよりも……」


 王太子はテーブルに肘をつき、顔の前で指を組んだ。

 横柄な態度だが浮かべる笑みは相変わらず礼儀正しい。

 しかし紡がれた言葉の温度は彼がいつも狸と呼ぶ大貴族たちとの会議の際のものと同じだった。


「何故貴国はそれほどまでに我が国の態度に疑問を持つのですか?」


 やりすぎたか、と第二王子は笑みを引き攣らせた。その背中にはぞくりとしたものが走る。


「疑問を持った訳ではありませんよ。予想以上にあっさりと受け入れられたので少し驚いてしまって。ましてや礼の品をなどと言われれば完全に予想の範疇外ですよ」


 第二王子は軽く肩を竦め、紅茶を啜る。

 やや温くなってしまったそれを飲み干し、ポットから新たに紅茶を注げば、そちらはまだ熱かったようでもわりと湯気が立ち昇った。

 その湯気に目をやり、王太子は体を引いた。


「そうですか。確かに私も貴方の立場ならば驚いていたでしょうね」

「ご理解いただけてよかった」

「ええ」


 そのとき二人の視界にセレーネとエトワールの姿が映った。


「おや、帰ってきてしまいましたか」

「我が国にとっては光栄でしかない縁談を詰められず残念です」

「ああ、それに関しては王とセレーネに話をして、賛成が得られれば――いえ、どちらにせよまた手紙を送ります」

「ありがたいです」


 コンコン、とノックが鳴る。

 音の主はエトワールだ。


「申し訳ございませんが、そろそろ」

「ああ、今行きます」


 まだ手をつけていない熱い紅茶を勿体なさそうに見ながら第二王子は立ち上がり、同時に立ち上がった王太子とともに外に出た。


「うん?あまり有意義な時間は過ごせませんでしたか」

「いえ、そんな。非常に楽しい時間を過ごさせていただきました」


 エトワールはにこりとセレーネに微笑みかける。

 しかしその微笑みは、あくまで王女に対する美しい笑みで、そして微笑み返したセレーネのものも貴族に向けるものでしかなかった。

 おや、と王太子と第二王子は顔を見合わせたが、すぐに二人に向き直った。


「では行きましょうか」


 どちらがエスコートするのか、と王太子とエトワールはアイコンタクトを交わす。

 エトワールは王太子が自信に譲ろうとしたのに気付きながらも王太子にエスコートを渡した。

 セレーネは名残惜しそうな様子も見せずに王太子の腕をとる。自身に気がないことを悟り、エトワールは僅かに顔を歪めた。




 今度は遊びにいらして下さい、という言葉をセレーネに貰い、エトワールと第二王子は馬車に乗り込む。


「お前、月華姫と何話したんだ?」

「最初は庭園の案内を。それから……昔、グランルンドの王宮で出逢ったのがお互いであることを」

「ふぅん……姫は覚えていたんだな」

「ありがたいことに」


 エトワールは小さく微笑む。

 だから何、という訳ではないが、自分だけの思い出ではなかったことが嬉しかった。


「星詠みの話はしなかったのか?」

「ええ、全く」


 第二王子は興味深そうに口の端を歪めた。

 興味がなかったのではないだろう。聞きたいことも沢山あった筈だ。けれどセレーネはエトワールに何も聞かなかった。


「昔と比べてどうだった」

「相変わらず可愛らしいですね。初めて会ったときも妖精のようだと思いましたが、大きくなられて美しいという要素が加われば」


 エトワールは嘆息する。

 形と大きさの完璧なパーツが小さな顔に完璧な比率で配置されており、その美しさは人形を遥かに凌ぐ。

 腕と足はすらりと長く、ほっそりとした肢体の白さは薄い筈の髪の色を濃く見せるほど。

 鈴の鳴るような、いやそれよりは幾分か柔らかな声。

 まさに月華姫の異名に相応しかった。


「欲しくなったか?」

「最初からずっと」


 欲しい。

 自分の腕の中に彼女がいる以上の幸福はない、とエトワールは思う。


「でもさぁ」


 第二王子は薄目でエトワールを見る。


「お前が姫に向ける感情は、恋ってよりは……手に入らないものを、太陽とか月とか星を欲しがるみたいなものじゃないのか」


 月は、手を伸ばしても届かないものを示す。

 星守りは、星のように絶対的に手の届かないものを欲しがるという意を隠し持つ。

 月華姫や星守り公爵は、結構異名通りなのかもしれない、とエトワールはぼんやりと思った。


「セレーネ姫は確かに月のように届かない女性(ひと)ですが……私の想いに嘘はありませんよ、兄上」

「……俺はこの歳になっても恋なんぞしたことがねぇからそういうのは分かんねぇな。兄貴も政略だし」

「政略ですが仲は睦まじいですよね」

「あれもある意味恋なんだろうか」

「それも少し違うような……」


 エトワールと第二王子は、祖国の王太子、いや一番上の兄の話題とともに馬車に揺られ、グランルンドから遠ざかっていった。

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