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月華姫①

 ベランダの手すりから体を乗り出して夜空を眺めていたセレーネの視界の右端に、何かが現れた。

 右を覗くと、そこには少し年上だと思われる男の子がいた。セレーネと同じように、ベランダの手すりから身を乗り出している。

 セレーネの目とその男の子の目が合う。男の子の目が大きく見開かれ、そして、ふわりと笑みを浮かべた。


「はじめまして。僕はエトワール。君は?」


 姓を名乗らなかったということは、そういうことなのだろう。


「わたしは、セレーネ」


 セレーネ、と男の子――エトワールは口の中で呟いた。


「綺麗な名前だね」

「ありがとう、あなたも」


 沈黙が落ちる。

 セレーネとエトワールはぼんやりと夜空を見上げた。


「真ん前の、一番輝いている星。あれが、ベガ」


 口を開いたのはエトワールだった。

 セレーネがエトワールを見るが、エトワールは視線を夜空から逸らさなかった。


「その斜め左下。デネブ」


 セレーネはエトワールがデネブと称した星に視線を向けた。


「デネブの右手、ベガの右下にあるのが、アルタイル」


 エトワールの声に合わせて視線をずらす。


「それを結んでできる三角形を、夏の大三角って言うんだ」


 そこまで言って、エトワールがセレーネを見る。

 セレーネもエトワールを見て、視線を合わせた。


「よく知っているのね」

「星を見るのが好きなんだ」


 ひめさま、とかすかに侍女の声が聞こえて、セレーネは目を伏せる。


「もう行かなくちゃ。教えてくれてありがとう。またいつか」

「え、あ、ああ……また、いつか……」


 何か言いたげなエトワールをその場に残し、セレーネは身を翻した。


 ただ、それだけ。

 今となってはもう顔もきちんと思い出せない。

 けれど、それは間違いなくセレーネの初恋だった。


⁑*⁑*⁑


 グランルンド王国は、大陸一の大国だ。軍事面でも経済面でも、さらには広さでも最も優れている。しかし決して他国に侵攻することはない。絶対的中立国を宣言しているからだ。

 王国が睨みをきかせているお陰で、この大陸は平和なものだった。


 そして大国グランルンド王国の第一王女こそが、セレーネ=グランルンド。

 夜空に浮かぶ月のように儚げで、けれども華やかさも持ち合わせているその姿から、『月華姫』と呼ばれている美しい少女だ。


 高位貴族の令息はこぞってセレーネを望んだ。

 しかし今日をもって16歳になるセレーネには、未だに婚約者はいない。唯一の王女ということもあり、父親である国王が手放すのを嫌がっているからである。


「ちょうどいいわ」


 誕生日パーティーのドレスを着付けられながら、セレーネはそう呟く。

 というのも、セレーネは結婚に対して消極的だったのだ。


 王女である以上、セレーネは結婚せざるを得ない。そしてそれは確実に政略結婚だ。

 近年は貴族の間でも恋愛結婚が主流になってきたが、それは王族には適用されない。王太子以外の王族は、全て駒だ。

 セレーネは王女としてきちんとそれを理解している。だから、命じられれば二つ返事で応じる。ただ、心がそれを受け入れられるかはまた別だった。


「これでいかがでしょう」


 繊細なレースがふんだんに使われたそのドレスは、セレーネによく似合っていた。

 この国も含め、ほとんどの国で貴族の成人と社交界デビューは16歳。王族であるセレーネの場合は、国内のパーティーには幼い頃から出席していたが、成人も正式なデビューも同じく16歳である。


 そして、社交界デビューの日である今日のパーティーには国外の要人も招かれている。大国グランルンド王国に訪れるのは、どこの国も当然のように王族だった。


 セレーネは国外の王族について学ぶ過程で『エトワール』という名を探した。

 もしも彼が王族ならば、彼と結婚できる可能性があるからだ。そして、グランルンド王国との縁談を蹴る国はどこにもない。大国からの縁談は、歓喜の対象だ。

 しかしどこの国にも、『エトワール』という名を持つ王族はいなかった。

 セレーネは、初恋を胸の奥にそっとしまい込んだ。

 それが、3年前のこと。



 セレーネが広間に入ると、盛大な拍手が響いた。

 国王が挨拶をしている間に、セレーネはざっと会場を見回す。

 国内の貴族の名前と顔は全て一致している。見覚えのない顔は、他国の王族だ。彼らの顔と絵姿をそのプロフィールとともに頭の中で片っ端から照らし合わせていく。


「ではセレーネから挨拶を」


 国王からマイクを受け取ったときには既に全員の把握は終えていた。


「本日はお集まり頂き――」


 セレーネは特に原稿は考えたりしない。その場その場で臨機応変に言葉を紡ぐタイプだ。

 それは決してつっかえることはなく、また王族の威厳とカリスマ性も備わっている。

 セレーネは生まれながらにして間違いなく『王女』だった。


 挨拶を終えて一礼すると、その所作の美しさに会場中からほうっと溜め息が漏れた。

 その一方で、セレーネは冷めた気持ちだった。


 他国の王族が来る、それはつまり自分の結婚相手の候補が来るということだ。

 実際にどの国も、王と王太子、または既に王太子に婚約者や妃がいる場合はその他の年の釣り合う独身の王族が代表として訪れている。

 誰が自分の夫になるのだろうか、とセレーネは人々を眺めた。


「行こうか、セレーネ」

「はい、お父様」


 セレーネは差し出された手を取る。

 いつもは父である国王と母である王妃が真っ先にダンスをするのだが、今回はセレーネが主役だ。そのため、最初のダンスはセレーネと国王がすることになる。


 国王は渋面の美丈夫だ。年を重ねても美貌は衰えることなく、逆に年を重ねたからこその魅力が加わっている。

 美しい二人の美しいダンスに、またも参加者は感嘆の溜め息を漏らした。


 続けて王太子、第二王子とのダンスを終えたセレーネの元に、独身男性が殺到する。

 我先にと手を差し伸べダンスを申し込むその光景は圧巻の一言だ。

 セレーネは驚いたような表情を作り、それから微笑みを浮かべる。


「まあ、嬉しいですわ。けれど皆様全員と踊り切るのは難しそうです。本日は国外の方々を優先させて頂きますわ。ええと、一番早かったのは、貴方でしたわね。デュルフェル帝国皇太子殿下」


 セレーネが取った手は、一つ国を挟んだ向こうの国の皇太子。一番最初にダンスを申し込んだのがこの皇太子だった。


「光栄です、王女殿下」


 皇太子に(いざな)われ、セレーネは広間の中央に出た。

 音楽に合わせてふわりふわりと踊りながら、セレーネは目を閉じた。

デュルフェル帝国皇太子は端役です。再登場の予定はなし。

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