その6 バレてしまったのです
気づくと、飲み干す度に魔女が注いでくれるワインと一緒に、本気で苦しくなるくらい食べていた。
そして、かなりの量をたいらげたミモザが、頬を染めてご機嫌になっている。
他愛のない会話に和やかな雰囲気の中で安心したのか、主人に向かって楽しそうに爆弾を投げてしまった。
「アレキサンダー様がゴハン気に入ってくれて良かったですねぇ、ご主人様。この食べっぷりも撮っておけば、ちょっと変わったお宝映像になったかもしれませんねぇ」
意味深な発言に、魔女はギクリと顔色を変え、アレキサンダーは追及の余地ありと判断する。
こちらはあまり、アルコールの影響を受けない体質のようだ。
ミモザの前にある飲みかけのリンゴ酒の瓶を手に取り、グラスに注いでやりながら問いかけた。
「へえ、お宝映像って、どんなのがあるんだ?」
腰を浮かして後退りを始めた魔女を横目に牽制しつつ、ご機嫌なミモザに微笑んでやる。
リンゴ酒に理性と判断力を奪われていたので、イケメンスマイルを前に陥落寸前だ。
それ、聞いちゃいます?困ったな~、秘密なんだけどな~と、もったいぶりつつ言いたそうにチラ見してきた。
うんうん、とにこやかにうなずくと、
「ご主人様とね~、イケメン映像のコレクションしてるのです~。奥の部屋に今、記録水晶86個あって~、目指せ、百個なのです~。」
ウフフフ、と、幸せそうに笑いながら、アッサリ白状してしまった。
水晶に映像を記録してるってことか。何の目的かはイマイチ分からないが、続きは魔女様に聞くとしよう。
そうしてミモザから魔女に視線を移すと、優しい笑顔が、すうっと真顔になる。
その視線から、魔女は顔を逸らすことが出来なかった。
「コレクションとは何だ?」
魔女は答えない。いや、言葉に詰まって答えられない。
仕方なく、アレキサンダーは立ち上がり、奥の部屋へ向かう。
「勝手だが、見せてもらうぞ」
固まったままの魔女を置いて、奥の部屋へと入った。
薄暗く、そう大きくはない部屋の一角に、こぶし大の水晶が綺麗に並べられていた。
その一つを覗いてみると、勝気そうな美少年に抱きしめられた、銀髪少女姿のミモザが見える。
隣の水晶には、また別の美青年の膝で眠る、銀髪少女。
また別の水晶には、少女の銀髪を優しくなでる、穏やかな笑顔のこれまた美少年が見えた。
どうやらミモザと、様々な男性との映像ばかりのようだ。
職業や立場も特に共通点は見当たらず、取引や密談といった様子でもない。
何の意味があるのか理解出来ないでいると、気配を感じて振り返る。
悲愴な顔をした魔女が、部屋の入口で佇んでいた……。
対人スキルの低い魔女は、メンクイの乙女趣味。
自分好みの美形の元へ使い魔のミモザを送り込み、相手に好意を示して誘っては、ほんわかラブシーンに持ち込んで、鏡を使って盗撮していた。
その実写版少女漫画のような映像を水晶に記録し、自宅で鑑賞して胸キュンするのが、森に引きこもる魔女のお楽しみ。
で、今回のターゲットがアレキサンダーであり、ミモザを送り込んだ魔女の目的だったのだ。
褒められた趣味では無いが、たどたどしく告白し、耳まで真っ赤にしてひたすら謝る魔女を見ていると、だんだんと毒気を抜かれてしまった。
まぁ、引きこもりのまま映像世界相手に、モエだの推しだの盛り上がっていただけで、たいした実害は無い。
映像もラブシーンとは言え、あまりに生々しいのは苦手で、せいぜいがキス止まりなのだそうだ。
まぁ、魔女の実力と、どう見ても立派な大人の年齢からすると、なんとも幼稚…いや、可愛らしいというか……。
縮こまる魔女に対して、アレキサンダーとしては自分に害は無かったので、むしろ事件解決な気分でスッキリしていた。
対照的なまでに、青ざめる魔女と、ご主人様を庇うように泣きながら謝るミモザ。
「もういい、俺は怒っていない」
仕返しをするつもりも、暴露するつもりもないと宥めて、借りた部屋へ下がる。
一人になってベッドに横になり、妙な一日だったなと振り返るうちに、いつの間にか寝てしまっていた。
翌朝、思った以上によく眠れたようで、目覚めはスッキリとしていた。
食卓のある部屋へ行くと、すでに起きていた魔女が、朝食の用意をしてくれる。
ミモザは猫に戻っていて、日当たりのよい窓辺で寝ていた。
パンにスープ、サラダが並ぶテーブルに、魔女が出来立ての卵料理を持ってきた。
「おはよう…ございます」
絞り出すような声で、挨拶をする。
昨日より目深に被ったフードのせいで、その表情は分からない。
若干、顔も逸らし気味だし。
「どうぞ、座って…良かったら、召し上がって…ください」
昨日の事を気にしているのであろうが、こんな態度を取られると、自分が悪者になったようで辛い。
アレキサンダーは魔女の前に立つと、フードを払いのけ、その顔を正面から見て言う。
「おはよう。昨日も言ったが、もう気にしていない。こんな立派な朝食なんて、初めてだ。喜んでいただこう」
昨日と違って気合の足りていなかった魔女は、このシチュエーションで案の定、ぶっ倒れてしまった。
至近距離で見つめられて、腰砕け声で語りかけられたら……。
その音に驚いて起きたミモザと介抱し、回復して朝食にありつけたのは、料理がすっかり冷めてしまってからだった。
片付けを手伝って、アレキサンダーは帰り支度をする。相変わらず手慣れたもので、いくらも時間はかからない。その手際の良さが、魔女には残念に思えた。
馬を出して、来た時と同じように魔法で森の入口へと送るまで、何かを言おうとしては口をつぐむ。
「じゃあな」
馬にまたがって振り返ったアレキサンダーを見て、魔女はたまらず声を振り絞った。
「あの!良かったら……また、食事にいらしてください」
最後の方はやや失速気味、意外な誘いに、驚いてしばらく思案する。
変な魔女だが、料理の腕は間違いなく素晴らしかった。また振舞ってくれると言うなら、訪ねてみるのも悪くない。
「じゃあ、また来る」
それだけ言うと馬を走らせ、あっという間に見えなくなった。
魔女は帰宅後、ドキドキしながらミモザにこのやりとりを話す。
ありったけの勇気を振り絞り、甲斐あって成功した告白だと自負していたが、『大人の挨拶』だとか『社交辞令』だとかの指摘を受けて、自信喪失までにいくらの時間もかからなかった。
その後。
二人だけの食卓が、また三人になる日を心待ちに、今日もご主人様は畑で作物を作り、森に入っては食材を集めているのです。
保存魔法を研究したり、新メニューの開発をしたりと忙しくなったので、たまに過去コレクションで胸キュン補充はするものの、新規は増えていないのです。
少し趣向を変えて、脳内妄想「アレキサンダー様と私」を、楽しんでいるようなのですが…。
そんな可愛らしくも意地らしいご主人様、相変わらず綺麗で優しいのですが、何かしらの進展を望まれているのかは、計りかねるトコロ。
このまま見守るだけで良いのかは、私も悩んでいるのです……。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
ネタ出し時点では、もう少しラブ要素があった気がするんですが、書き進めるうちに、いい年して奥手女と枯れ男になってしまいました。
けれども、●●年ぶりの執筆は、苦しくも楽しかったです。
まずは小さな野望、「初投稿作品を完結させる」を達成できて満足です。
今後も短編中心で投稿し、いつか長編にもチャレンジしたいと思っていますので、よければまた、読んでいただけると嬉しいです。