その5 おもてなしするのです
どう反応したものかと黙っていると、了承と捉えたのか、
「どうぞ、こちらへ」
魔女はくるりと向き直り、アレキサンダーが抵抗する間もなく、辺りは淡い光に包まれる。
次の瞬間、光は消え、目の前に一軒の家が現れていた。
そう大きくはない、レンガ造りの建物。
魔女の家といえば、おどろおどろしい暗い城か、洞窟まがいのものを想像していたアレキサンダーには、普通すぎて意外だった。
「ミモザを連れてきてくださって、ありがとうございます」
魔女はアレキサンダーに向かい、丁寧にお辞儀する。
「いらっしゃい、ミモザ。一緒に謝罪しますよ」
魔女が声をかけると、昨夜の銀髪美少女が進み出た。
人の家で勝手に食い散らかすような太々しさは全く感じられず、見た目から受ける印象は、遠慮がちで儚げだ。
「アレキサンダー様、昨夜はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
真摯な態度と声音の魔女に倣って、美少女も丁寧にお辞儀する。
「…ゴハン、勝手に食べてゴメンナサイ、なのです」
ただの謝罪でしかない態度に、アレキサンダーは警戒をやめた。
自分に戦いの意思はないとは言え、相手は得体のしれない魔女。
ここに移動する魔法を見せられた時には、ぶっちゃけロクな装備も対策もなく魔女の棲家に乗り込んだのは、早まったかと後悔しかけたのだが。
「もう、すっかり暗くなってしまいましたね。食事を用意しましたし、今夜はお泊り下さい」
思った以上の好待遇に、また不安がよぎる。
魔女に食事を振舞われて、そのまま泊まって行けとか、お約束のフラグコース!?
アレキサンダーの顔が引きつり、やや後退りしたのを見逃さず、魔女は悲しそうに続ける。
「私、身ぐるみ剥がそうとか、一服盛ろうとか、思っていませんから」
さらに、
「記憶を操作したり、動物に姿を変えたりなんかもやりませんから、ご安心ください」
とか、地味に物騒な事を言う。
なるほど。思っていない、やりません、って……能力的にはやれば出来るけど、やるつもりはない、と。
いや、まぁ信じよう。
それほどの魔力があるなら、今まで何度でもチャンスはあっただろう時に、どうとでも出来た筈だ。
アレキサンダーは、覚悟を決めた。
「分かった。今夜は厄介になる」
ほっとしたように、魔女は客人を招き入れる。
「ミモザ、お馬さんを裏に繋いで、お世話をお願いね」
少女に声をかけると、元気に返事をして荷を外す。
丁寧な手つきでアレキサンダーに渡すと、馬を引いていった。
招き入れられた室内は、大小のランプに照らされ、カラフルな色彩に溢れていた。
窓や棚には花やレースの飾り、動物モチーフの家具や雑貨。
これまた魔女のイメージに似合わぬ乙女趣味で彩られ、アレキサンダーは異空間に飛ばされたのかと錯覚しそうになる。
「こちらに座って、お待ちください。すぐに食事を、ご用意しますから」
部屋の中央にあるテーブルと椅子を勧め、魔女は奥の部屋へと消える。
完全に死角に入ったトコロで、平静を装う気力は限界を突破し、魔女の顔は真っ赤になって大爆発を起こしてへたり込んだ。
対面コミュニケーション能力に欠ける魔女は対人スキル皆無なので、ドストライクのリアル美形を相手に勝手にダメージを食らい、心の耐性が危機に陥ってしまったのだ。
「…鏡越しの視線すら、私を失神させる威力でしたもの。本物は格が違いますね。けれど、ここで屈する訳にはいきません。なんとしても『おもてなし』を成功させ、お怒りを鎮めてお帰りいただくのです」
気力を取り戻して立ち上がり、作っておいた料理を盛り付ける。
手際よく3人分を用意して運び終える頃、裏口からミモザも戻ってきた。
食卓に並んだのは、裏の畑で採れた野菜やハーブ、森で探したきのこやフルーツをふんだんに使ったサラダやスープ、焼き物に煮込み料理。
そして、コレクションから厳選したワイン。
密かに、イモリの丸焼きやカエルと蛇のシチュー等のベタなゲテモノを想像していたアレキサンダーは、高級レストランもかくやの煌びやかさに、豆鉄砲でも食らったようなマヌケ面で固まってしまった。
「どうぞ、遠慮なく召し上がってください」
豆鉄砲マヌケ面でも美しいなんて、侮れませんわ。
魔女が脳内で激しく悶えながら、顔には出さないよう細心の注意を払って、すすめる。
アレキサンダーは、戸惑いながら手近な料理を一つ、口に入れてみた。
「美味い」
普段から食事など、腹が満足すれば良い程度で、味はそれほど重要視していない。
なのに食べ進めるうちに、止まらなくなってしまっていた。
昨日からまともな食事をしていなかったせいもあるが、どれもこれも本当に美味しい。
腹だけでなく舌も満たされると、心も穏やかになるらしい。
三人の食卓は、いつの間にか緊張感も影を潜め、和やかな食事風景と化していた。
またしてもお付き合い、ありがとうございます。
最終回「その6 バレてしまったのです」21:00ま・で・に、投稿予定です。