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ネコと魔女は、水晶に秘密を隠す  作者: 黒坂 志貴
4/6

その4 連れ帰られるのです

翌日。

カーテンの隙間から射した光が、ちょうど顔に当たって目覚めたアレキサンダーに、昨夜の記憶がぼんやりとしたもやを押しのけるようにやってきた。


「そういやあの猫、逃げたかな」


特に拘束も監視もせず放置したのだし、逃げていても不思議はない。

謎だらけだが、これといった被害も無し、このまま終われば「無かったこと」で済むんじゃないかと、興味を失いかけて寝室を出る。

が、思わぬ惨状を目にしてしまい、ゆっくりと怒りが湧いてきた。


床に散乱する干し肉とパンの包み、テーブルの上には中途半端に食い荒らされた肉の残骸とパンくず、それらを器用に避けて、大胆にヘソ天で爆睡中の黒猫。

心地よさそうな寝息をたて、鼻先にはパンくず、口の端には液体が乾いて出来てたのであろう跡が見える。

時折、しっぽが揺れて、なんともリラックスしているようだ。

昨夜の儚さやしおらしさなど、見る影もない。

逃げ出すどころか、人の(なけなしの)食糧を食い荒らすとは、良い根性をしている。

思わず首根っこを掴んで、追及した。


「オイ、どういうつもりだ、この泥棒猫」


たらふく食べて、幸せ気分で夢の世界を散歩中だったミモザの全身に、電撃が走るかのような衝撃が襲った。

いや、アレキサンダーが手を出したワケでは無く、目覚めて正気に戻ったミモザが、現状を把握したのだ。

美形の視線に耐えられずに目を逸らしながらも、この状況はヤバイと必死に釈明する。

昨夜、目覚めたらものすごくお腹が空いていたこと、干し肉の匂いがして我慢出来なかったこと、悪いと思ったけど少しだけ貰おうと勝手に包みを開けたこと、食べたら止まらなくなって、ほぼ全部食べ切ってしまったこと……。

けれども悲しいかな、ジト目のアレキサンダーには全く通じていない。

首をつかまれて宙ぶらりんのまま、明後日の方向を向いてミャアミャアと鳴きながら、必死に四肢をジタバタさせているだけにしか映らないからだ。

まぁ通じたところで、買ってきた食糧を勝手に食い散らかされた事実は変わらない。

むしろ誰でも結果から推察できるくらい、見たまんまである。


実害が無いなら放置しようと思っていたが、そうもいかないようだ。

通話可能だった鏡は割れてしまったし、化け猫の釈明も要領を得ない。

訳も分からず、いつまでも面倒ごとに巻き込まれるのは、性に合わない。


「……アルコル森の魔女、か。面倒だが会って決着をつけるしか無いな。オマエも来い」


体力も精神力も尽きてぐったりする黒猫をテーブルに乗せ、慣れた手つきで旅支度を整えながら声をかける。

いくらも経たないうちに準備を終え、


「いつまで寝てる?行くぞ」


アレキサンダーは、くたびれたリュックと一緒に猫を小脇に抱え、戸締りをすると家を出た。

抱えられたミモザは、進む先とアレキサンダーを交互に見ながらやらかした失態を思い出し、ビクビクと出方を窺っている。

見上げること数回目、目が合ってしまったミモザに緊張が走ったが、


「意外と重い。自分で歩け」


それだけ言って、ポイと手を放す。

感情は読み取りづらいが、少なくとも激怒りでは無さそうな口調。

ミモザにすれば今度こそ逃げるチャンスだったが、なんとなく後ろをついて歩いた。

逃げ帰ったところで、訪ねてくるアレキサンダーと鉢合わせするだけだし。


このまま徒歩だと何日かかるかな、とか思っていると、フラリと小屋に立ち寄ったアレキサンダーは、馬を引いて出てくる。

飲み仲間がやっている牧場で、遠出の時は借りているらしい。

ミモザが無駄のないやりとりに感心していると、またしても首根っこを掴まれ、革袋に押し込められる。

慌てて首だけ出すと、例のリュックと一緒に、馬に括りつけられたようだった。


「走るぞ、舌噛むなよ」


村を出た途端、グンとスピードが上がった。

魔物狩人ハンターとして遠出する機会が多いのか、迷いなく馬を走らせる。

途中で数回、馬を休める必要はあるが、近隣で評判の店もビュースポットも無視して、可能な限り急いだ。

その甲斐あって、日暮れ前にアルコル森の入り口に到着する。

が、問題はここからだ。


魔力で制御された森に夕刻から不用意に突っ込むなど、自殺行為に等しい。

家を出るときは若干怒りに任せた勢いがあったが、実際に来てみると冷静になるものだ。

黒猫に案内させる事も考えたが、魔女との関係がハッキリしないので、信用に欠ける。

面倒くさがりだが、方向が見えたら即断即決のアレキサンダーにしては珍しく動けずにいたが、遠く何者かが近づいてくる気配を感じた。


野生動物でも無ければ、魔物でもないそれは、人の形をしている。

ゆっくりと歩いているような優雅さだが、近づいてくるスピードは速い。

やがて音もなく目の前に立ち、軽く一礼してうつむいたまま静かに言葉を紡いだ。


「マルガリータです。この度は、ご迷惑をおかけしました。よろしければ、我が家へご案内します」


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


「その5 おもてなしするのです」18:00投稿予定です。

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