その3 失敗してしまったのです
改めて見上げると、アレキサンダーの表情がおかしい。
ほんの少し前まで無関心を貫く無表情だったのに、もしかして怒り湧いてます??
「この鏡を置いたか?」
あれ?いつの間にか、ご主人様の鏡が三つ、テーブルに並んでいるのです。
思念を受けて猫に戻って、撤収直前だったのですから、回収したと思っていたのです。
いえ、それよりも鏡は魔女の扱う秘具、ただの人間に存在がバレるハズ無いんですけれど?
それに、何でしょう?
美形の目ヂカラって、ものすごい威圧されるのですね!
一瞬にも満たない時間で、思考だけが高速回転する。
「答えろ、何が目的だ」
首根っこをつかまれて、ほぼゼロ距離に迫った暗青の瞳の破壊力の前に、ミモザは宙ぶらりんのまま、目を回して気絶してしまった。
戦闘不能である。
「ミモザ!大丈夫ですか!?」
鏡から聞こえるのは、心配そうなマルガリータの声。
アレキサンダーはミモザを長椅子に下ろすと、鏡に向かって声をかけた。
「アンタが悪い魔女様か?それとも、コイツの飼い主か?」
鏡を挟んで、しばし沈黙。見つめられたマルガリータの頬が少し赤らみ、咄嗟に目をそらす。
一方アレキサンダーは、警戒しながら鏡を見据え、相手の出方を待つ。
相手が魔女なら、多少、腕に覚えのある魔物狩人と言えど、たかが人間である以上、絶対的に不利だ。。
さらに目論みも正体も分からない状況では分が悪いが、攻撃されるようであれば、何らかの反撃が必要だろう。
そう、身構えていたトコロに、静かな声が響いた。
「アレキサンダー様、無礼をお詫びします。ミモザを返してください」
少し震えているようで、弱々しい印象だ。
攻撃の意図は無さそうか?
鏡はどれも小さくて、室内は薄暗く、常人より夜目がきいても詳細は確認し辛い。
フードを被った女であることくらいしか分からないが、鏡を介して会話をするくらいだから魔女だろう、程度の情報しか得られなかった。
それでも、名を呼ばれるような知り合いではないハズだ。
ましてや、「様」付で。
「アンタは誰だ?」
鏡の女に向かい、真っ直ぐな視線を向けると、
「わ、私…は、ア……ルコ…ルの森……の、ま、魔女」
途切れながらそれだけ言い、パリン、と小さな音を立てて鏡が割れてしまった。
何かの魔法が発動するかと身構えたが、それ以上は何も起こらなかった。
アルコルの森の魔女、マルガリータ。
魔法の腕は良いが相当な人嫌いで、どこにも仕えず森に隠居していると聞く。
その森は魔力で歪められ、許可無く入ると出られないとか。
そんな魔女が、なぜ俺の名を知っている?
ミモザとか言う猫(少女?)が、逃げ込んだから取り戻そうと追跡しているのか?
だいたい、どうしてあの猫は、待ち伏せるように俺の家の前にいた?
最近の行動を思い返してみたが、魔女に狙われるような心当たりなど無い。
全く意味が分からないアレキサンダーは、
「続きは猫が起きてから聞くか」
と、また面倒そうなため息をつきながら、干し肉をつまみに安酒を少し飲んで、なんだか無駄に疲れた体を隣室のベッドに投げ出し、そのまま寝てしまった。
一方の魔女は、自宅で床に倒れている。
これまで、ターゲットに気づかれた事など無かったし、ましてやたかが人間に鏡を見つけられるなど、思ってもみなかった。
今でこそ人々に恐れられる存在だが、最初は対面で人と話すのが苦手だっただけだ。
なるべく人付き合いをしないで済むようにしていたら、魔女という職業(?)のせいもあってか、いつの間にか森に孤立していた。
ごく稀に仕事の依頼で訪ねてくる者もいるが、必要最低限のやりとりしかしないので、親しくなる事も無い。
むしろ魔力の実績と口数が少ないのが災いし、次第に避けられ、近づく者も減っていった。
寂しさを自覚した頃に出会ったのが瀕死の子猫だったミモザで、世話をして元気を取り戻すと同時に打ち解け、互いを信頼するようになった。
けれども、それ以上に世界が広がる事はなく、穏やかに優しく、二人だけで完結していた。
ある、一つの魔女の趣味を除いて……。
またまたお付き合いいただき、ありがとうございます。
「その4 連れ帰られるのです」15:00投稿予定です。