その2 作戦開始なのです
自宅に入ると、窓際の長椅子の上にミモザをおろし、テーブルの上にあるランプに火を灯す。
ぼんやりとした明りに照らされた室内を見渡すと、必要最低限の家具しか無いようだった。
絵画や花等といった、装飾の類は一切なし。
テーブルには使ったままのカップが置かれ、椅子には雑巾のような布が背もたれにかけてある。
それでもモノが少ないせいか、あまり散らかった印象は無い。
「ちょっと、待ってろよ」
アレキサンダーは言い残して、隣の部屋へ消えたかと思うと、小さな木箱を持って、すぐに戻ってきた。
ミモザのすぐ側に置いて開かれた木箱には、傷薬や包帯、いくつかの常備薬らしい小瓶が見える。
「傷、どれだ?見せてみろ」
隣に座ると、少し血で汚れたように見えた足をとる。
湿らせた布で拭うと、汚れはなくなった。特に痛がる様子もなく、されるがままになっている。
「折れてもいないし、捻った様子もない。傷も特に見当たらないな」
ため息をつきながら、薬を仕舞い、
「まさか、腹が減ってるだけ、なんて…」
言いかけた時、窓から月明かりが差し込んできた。
刹那、その光を浴びたミモザに、異変が起こる。
銀色の光に取り込まれたように見えたが、少しずつ大きさを増し、姿を変えていく。
程よく盛り上がる音楽と、最後に決め台詞があれば、幼児用アニメだか特撮だかの、変身シーンのように……。
光が消えた後、立ち上がってナイフを構え、警戒して距離を取っていたアレキサンダーの前、猫が蹲っていたはずの長椅子には、一人の美少女が座っている。
そうして、こっそりと置かれた3つの小さな鏡が、目立たないよう、それぞれ別の角度から長椅子に向けられていた。
月光に照らされ、淡く輝く銀の髪。
襟と袖、膝上丈スカートの裾に、白レースがあしらわれた黒のワンピースから伸びる、しなやかな白い手足。
瞳は先ほどまで横たわっていた黒猫と同じ、黄金だ。
人間の見た目では、15、6歳に見える。
アレキサンダーはナイフを向けたまま少女を見据えたが、しばらくすると、また面倒くさそうなため息をつき、ナイフを仕舞った。
殺気はおろか、敵意も感じない。
害意は無さそうだが目的もわからないので、面倒ごとに巻き込まれた感しかない。
切り捨てて、無かった事にするワケにもいかないだろうと、問う。
「…それで、俺に何の用だ?化け猫」
用が無いならさっさと出ていけと、言外の思考ダダ洩れな視線で問われ、今まで何度もターゲットを虜にしてきたミモザは、カチンときてしまった。
過去最高クラス、いや、未体験ゾーンレベルの塩対応。
この愛くるしい美少女を前に、そっけなく出ていけオーラを発するなんて、屈辱なのです!
ご主人様のためにも、ここで引き下がる訳にはいかないのです!!
ミモザのプライドと使命感に、火が付いた。
何としても、ターゲットを落として、主導権を握ってやります!
決意も新たに、ミモザはアレキサンダーを見上げる。
うっすらと頬を染め、目を合わせた。
「あの……。ケガ、診てくれて、ありがとうございます」
次に恥じらうように視線を少し外すと、顔を赤らめて、うつむいたまま続ける。
「私、ミモザって言います。魔女様に猫にされてしまって、怖くて逃げてきました。月の光を浴びると、少しだけ人間に戻れるんです……」
奥ゆかしい好意を演出しているのに、特に表情を変えるでもなく黙って話だけを聞くアレキサンダー。
おかしい。これで大抵の男性は、好感度爆上がりマックスで、私に対して協力体制になるのに。
まだ押しが足りないようですね。
良いでしょう。ご主人様、見てくれていますよね?ミモザは頑張るのです。
脳内鼻息も荒く気合を入れると、立ち上がってアレキサンダーのすぐ前まで進む。
「お願いです。魔法をといてください」
アレキサンダーの手を取り、握りしめながら見つめる。
「魔女は人の姿の間に、愛を受けると魔法がとけると言いました。どうか私に、あ、愛の証をください!」
美少女が首まで真っ赤にしながらの懇願、独身男性なら、さすがにグラっとくるはずです。
いや、ぶっちゃけ据え膳宣言されたら、いただきます一択のハズなのです。
必殺攻撃のバツグンダメージを確信し、少し緊張しながらも、脳内ドヤ顔でアレキサンダーを確認する。
が、その表情は全く変わる気配もなく、されるがままに手を握られ、心ひとつ動いた形跡もない。
ミモザ渾身の攻撃は、カスリもしなかったようだ。
どうしよう、ちょっと自信無くして泣きそうです。
「悪いが、道で拾った猫に、愛とか言われても困る」
いや、困らないで?ファンタジー設定、台無しにしないでくださいませんかね。
魔女の魔法とくれば、とくのは王子のキスなんて王道ですよね?
そんな王子顔のクセに、この展開で無駄に冷静とかあり得ないのです!!
「猫じゃありません。このままだと、私…」
悔しいのか悲しいのか、ボロボロと大粒の涙が溢れた。
使い魔の猫が本性だから、人間に戻る訳でも無ければ、人間になりたい訳でもない。
私の魅力が通じないから?ご主人様の期待に、応えられないから??
「じゃあ、どうすれば良い?悪いが、いきなり愛なんざ芽生えそうもない」
ある意味、ごもっともな反論をされて、ミモザはガックリとうなだれる。
……申し訳ありません、ご主人様。今回のターゲットは、ものすごく手ごわいのです。
次の手も考えつかず、動けないでいると、
(仕方ないわね、ミモザ。帰っていらっしゃい)
鏡を通して、ご主人様からの思念が伝わる。
悔しいけれど、諦めて引くしかないようです。月の魔力も尽きて、猫の姿に戻る。
窓から外に出ようとした時、
「待て」
ちょっとドスがきいたような、ややトゲを感じるアレキサンダーの声がした。
続きをご覧いただき、ありがとうございます。
「その3 失敗してしまったのです」12:00投稿予定です。