81 圧倒的大敗
「そうか……なら私も、貴様を完膚無きまで叩き潰そうではないか」
そう言い、ジェナはアルフへ向けて指を差す。
いや、正確には違う。
指を差したのはアルフに対してではなく、彼がいるその空間。
「っ!」
その場から離脱するのとほぼ同時に、アルフが今までいた空間には、黒い亀裂ができていた。
空間ごと根こそぎ切り裂く一撃。
当たれば防御は不可能、空間ごと肉体が抉り取られてしまうことだろう。
「此の様に戦うのも久し振りだ、少しずつ慣らして行こう。そうだね……“捻れろ”」
ぐにゃりと、アルフの周辺の景色が歪む。
空間がねじれ、歪みが生まれる。
そして、ねじれた空間が元の状態へと戻る際に発生する重力波、それがアルフへ、全方位から襲い掛かる。
「っああああ!?」
空間の反発による、見えない衝撃と重力波、当然ながらアルフに回避する術は無く、そのまま全身の骨と肉を軋ませていく。
それどころか、あり得ない方向から掛けられる力で、肉体は歪み、関節はあり得ない方向へ、それどころか関節が無い場所すらもが曲がっていく。
地面に叩きつけられてからも、普段味わうことのない異常な重力を、身体にかけられる。
「ク、ソ……」
「おや、この程度かい?」
「まだだ……まだ、この程度!」
アルフは全身を炎で包み込みながら立ち上がる。
全身の砕けた骨を修復しながら、ゆっくりと立ち、大剣を構える。
「その意気だよ。さぁ、私に攻撃を当ててみるといい」
そしてジェナは、無防備に腕を大きく広げる。
まるで攻撃して来いと挑発するように。
「……」
過去の記憶と経験。
アルフがかつて彼女と戦った時は、全ての攻撃が彼女に当たらなかった。
接近して剣で斬りつけても、その身体は蜃気楼のように揺らぐだけで、斬った感触は無かった。
剣を振った時の衝撃を当てようにも、それでも身体が揺らぐだけで、効いている様子はなかった。
「普通の……剣で殴っても意味は無い。なら……」
アルフは剣を仕舞う。
同時にその拳には、炎が宿る。
「魔法だ!」
それを、弓のようにして射出する。
ジェナの前で炎は炸裂し、大爆発を引き起こす。
加えて空から降り注ぐ青白い光の柱。
無数の光がジェナへと降り注ぎ、その身を焼き尽くさんとする。
地面は爆発し、大地は隆起し、天変地異のような破壊が巻き起こる。
「……普通の者であれば死んでいただろうな」
しかし、煙が晴れた先にいたのは、無傷のジェナ。
これにはアルフも、愕然と目を見開くばかりだ。
「これだけやっても、まだ……!?」
「其れは私もだよ。此程の攻撃をして来たと云うのに、貴様の魔力が尽きるどころか、減っている気配も無い。やはり古代魔法を扱う者は、無限の魔力を得るのか?」
しかしジェナから見ると、アルフもまた異常。
なぜなら、魔力が一切減っていないから。
あそこまで強力な魔法を連発していると、少なくない量の魔力が消費されるはずだが、アルフの魔力は一切減っていない。
これが、古代魔法の影響というものか。
「しかし、負ける可能性の無い戦い……中々に詰まらないものだ」
「負ける可能性が無い、だと?」
「ああ。今の私に攻撃を与える手段は存在しない。故に私は負けない」
だが、それでは詰まらないと、ジェナは続ける。
「これまでは、空間操作を用いて攻撃を逸らしていたが、其れも止めだ。此処からは、肉弾戦と行こうじゃないか」
そう言って、彼女はローブを脱ぎ捨てる。
真っ黒なローブの中から出てきたのも、これまた真っ黒な動きやすそうな衣服だ。
だが一つ、ローブで隠れていた髪の一部が金色に……いわゆるメッシュのようになっていた。
他が真っ黒だったばかりに、それが目立って見えた。
「さて、早速行かせてもらおう」
瞬間、アルフの目の前に、ジェナが現れる。
「ぁ……」
見える見えないとか、反応するしないとか、そういう次元ではない。
気付いたら、そうなっていた。
アルフの口から、血が溢れる。
愕然と見開かれた目で、ジェナを見つめている。
「ゴボっ、けボッ……」
アルフの胸を守る装備、古代魔法で作られたそれは、ジェナの拳によりあっさりと破壊された。
それどころか、彼女の細い腕は、装備を砕き、肉体を貫き、心臓を潰していた。
気付いた時には、攻撃されていた。
一ミリも動くことが敵わなかった。
「貴様なら、この程度で死ぬ事は無いだろう?」
そう言いながら、ジェナは細い右腕を抜く。
そして抜くと同時に、ジェナの指先から凄まじいエネルギーが放たれ、アルフの身体へと襲い掛かる。
空間が歪み、ねじれ、発生した重力波にも似た何かにより、アルフは抵抗すらできず、物凄い勢いで吹き飛ばされ、地面にクレーターを作る。
「何せまだ、私は本気の半分すら出していない」
そんな声が、クレーター内にも聞こえてくる。
地面にめり込み、倒れたアルフ。
その腹部に炎が集まり、破壊された肉と内臓は再生され、装備も修復される。
流石に肉体修復は負荷が大きいが、それでも、まだ戦える。
アルフは立ち上がり、剣を握り、そして、
「広がれ、一瞬でも……!」
領域を、形成する。
領域は即座に形成され、赤色の街が現れる。
バリンッ!
しかしジェナの作り出したであろう空間の揺らぎ、あるいはねじれ、それによりまたしても一秒以内に破壊される。
「ここだ――」
しかし、その一秒にも満たない時間だけで充分だった。
アルフは領域が壊されるまでのコンマ数秒で速攻でワープし、ジェナの背後、死角へと回り込む。
これでついに攻撃が与えられる、そう思った時だった。
「遅い」
気付いた時には、右腕の関節が、本来曲がる方向とは完全に逆方向へ曲がっていた。
そしてジェナの姿も、気付いた時には無くなっていて、代わりに背後から、声が聞こえた。
ここでやっとアルフの痛覚は、右腕がへし折られたことを認識し、激痛を与えだした。
ベキベキベキベキベキッ!
「グゥぅぅううッ!?」
それだけじゃない。
今度はアルフの右手の指が、全て折られる。
本来曲がるはずのない方向へ曲がり、ぐにゃぐにゃの、何も握ることができないような指へと変えられた。
これも、気付いた時にはこうなっていた。
ジェナの動作は何一つとして見えなかった。
まるで遊ばれているような、アルフにとってはそんな屈辱を与えられるだけだった。
「出力を上げようか」
そして、気付いた時には目の前にジェナがいて。
彼女はアルフの腹部に、手を当てていた。
その手から、光が放たれる。
瞬間、アルフは後方……魔王城の方向へと吹き飛ばされ、壁をいくつも破壊し、奥へ奥へと吹き飛ばされていく。
それは弾丸、それどころか流星のような、狂気的な速度。
彼は見えなくなるくらいの場所まで吹き飛ばされると、ズドォォンと、大きな音を響かせて、地面を破壊し、めり込んだ。
もっとも、魔王城前にいるジェナには、わずかな衝撃を感じ取ることしかできなかったが。
「ッ!? お、おま、え……!」
しかし、ジェナは遠くまで吹っ飛んだアルフをワープさせた。
そこにいたアルフは、あまりにも悲惨な状態となっていた。
右腹は吹き飛ばされ、出血こそ焼けて無くなってはいるものの、骨と内臓はまろび出ている。
右腕も先程の攻撃の余波のせいか、吹き飛んで、完全に欠損してしまっている。
右耳もそうで、最初から無かったかのように、そこには真っ赤な焼け痕が残っているだけだった。
アルフの古代魔法に再生能力があるとはいえ、ミルの強化が無い現状では、完全欠損した部位を生やしたりすることは不可能。
腹部も、腕一つ分の風穴くらいならまだしも、腹部の右半分ともなれば、ほとんど再生は不可能で、出血を止めることくらいしかできなかった。
「アルフ、貴様だけの力では、其の傷は再生出来ない。貴様の敗北はほぼ確定した」
これは、紛れもない事実。
再生には体力を消耗する。
この戦闘では何度も、細かな肉体再生を繰り返してきた。
折れた骨を戻したり、千切れかけの腕を治したりと、それが今のこの重症も合わさって、疲労となって出てきている。
「まだ……まだ、終わらない、終わらせない……!」
アルフは、最後の力を振り絞る。
領域が、形成される。
赤い空、そして赤い王都のような巨大な街が、形成されていく。
アルフの調子が悪いからか、こころなしか展開が遅いが、それでも、完全に領域の形成が完了した。
「……まぁ、貴様にはもう、此の方法以外無いからね」
一瞬で破壊されるモノを、アルフは形成する。
しかしジェナが言う通り、今の彼には、これに賭ける以外に方法が無いのだ。
肉体はボロボロで、体力も限界、対して敵は無傷。
このような状況では、領域を広げて一発逆転を狙う他無い。
領域を広げて、魔法攻撃が必中するようにすれば、まだ勝機はある。
「だが、一体何時、誰が、私が領域を扱えないと言った?」
ゾクリと、アルフは背筋が震える。
いつからだろうか、ジェナは領域を使えないと、そう思っていたのは。
「領域解放……」
アルフの領域か塗り替えられる。
赤色の世界が、星の浮かぶ真っ暗闇の世界へと、一瞬にして変わる。
しかし、暗闇はあっという間に輝き、真っ白な世界へと変わる。
世界が急激に加速していく。
暗闇に浮かんでいた星々が、異常な速度で動いている……ように見える。
それにより、世界は白へと変わる。
そして、ジェナの姿は消えていた。
「何が……何が、起きて――」
何が起きているのか、状況を把握するために周囲を見渡そうとしたアルフ。
しかし突然、四肢から力が抜け、その場に倒れてしまう。
『四肢は折った。だが安心したまえ。痛みを感じる事は無い』
ジェナの声が聞こえる。
ハッとして自分の左腕を確認すると、骨は砕かれ、腕が四つ折りにされていた。
にも関わらず、痛みは全く感じない。
「此の空間内の物体の時間と速度は、全て私の支配下に有る」
そして、目の前にジェナが現れる。
動けなくなったアルフの頭を、髪を掴み、ゆっくりと語りかける。
「勿論、貴様もだ。この領域内に居る限り、貴様は事実上、完全静止した状態と為る」
「なん、で……今、俺は……」
「事実上、だからね。相対的に見て、貴様は静止している状態と云うわけだ。領域効果で光速で動く私から見れば、貴様の動きはあまりにも鈍い、其れだけの話だ」
ジェナのこの領域は、物体や生命の時間、あるいは速度を操るという効果を持つ。
この効果を利用し、ジェナ自身と領域は光速まで加速し、アルフは極限まで減速させる。
そうすることで、ジェナ視点から見てアルフは、事実上静止した状態と化す。
つまりアルフの動きは、ジェナにとってはあまりにも鈍く、遅すぎた。
それこそ、止まって見えるほどに。
しかし今、アルフはジェナと喋ることができている。
つまり今なら、ジェナを捉えられる。
そう思ったアルフの思考を見透かすかのように、ジェナは言った。
「ああ、此の時間の加減速は細かな操作が利いてね。貴様の魔法の発動速度だけを減速させる、と云った事も可能だ」
「なっ……」
「既に貴様は私視点で見れば、魔法を発動するのに、通常時の数億倍の時間を必要とする状態だ。発動出来ると思わない方が良い。他にも、貴様が痛覚を感じないのも、此の操作のお陰と言える」
つまり、アルフはもう魔法を事実上封じ込められた。
ジェナ視点で数億秒の時間がかかるとなれば、魔法は発動できない、正確には発動する前に封じ込められる。
そして四肢は完全に四つ折り状態で、動けない。
つまり、アルフはもう、完全なる敗北を喫していたのであった。
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