掬い上げる
少しの沈黙の後
「...馬鹿。無理に笑うな」
沢木の低い声が響いた。
「また馬鹿って...」
紗和は反抗するように見せるも、実はさほど怒ってはいない。
こういう時いつも最初に聞くのは、明の心配と無事が確認できた安堵の声だったから。
だが、沢木は明の無事よりも紗和の事を真っ先に気に掛けてくれた。
「弟か、母親からは連絡あったのか?」
紗和が首を横に振るのを見て、沢木は溜め息をつく。
「帰ってるならお前に連絡入れるべきだろうが...何の為に、お前はこんな危ない目に遭ってんだよ」
折角止まっていたのに...紗和の目にまた涙が浮かぶ。
「怒れば良いんだよ...何家族に遠慮してんだ」
紗和が押し殺した感情を、沢木はいとも簡単に掬い上げた。
この時、紗和は思った。
口は悪いが、この人は信用出来ると。
「ほら。もう遅いし、今日はもう帰るぞ」
気が付けば日付も既に変わっていた。
「また後日、聞くことがあるかもしれない。連絡先聞いて良いか?」
「あ、はい」
紗和が自分のスマホの番号を渡された紙に書いている間、沢木も何かを書いていた。
紗和が番号を書いた紙を渡すと
「これ、俺の番号ね」
代わりに沢木の名刺を差し出された。
≪○✕警察署 捜査一課 沢木勇司≫
「表は警察署の番号だから、俺に用があったら裏の番号に掛けてくれ」