利口そうな顔をして、意外と馬鹿
腹も満たされ、紗和の心も落ち着きはじめた頃にようやく事情聴取が始まった。
「22時まで塾にいたのは分かったけど、その後の事...事件に遭遇するまでの経緯をなるべく詳しく教えて」
沢木の口から≪事件≫という言葉を聞き、自分が事件の被害者となった事を改めて自覚し...紗和は言葉を詰まらせた。
「...嫌な事を思い出させて申し訳ない。ゆっくりで、良いから」
紗和に気を遣ってか、ぐんと優しい声に変わる。
その声は...幼い時に亡くした父の声に少し似ていた。
「...私...殺されそうになったんですね...」
「...そうだ。介抱しようとした所を、な」
「...自分がまさか、事件に巻き込まれるなんて...思ってもいませんでした」
経験をしないと、夜道を1人で歩くなと言われてもその危険度がいまいちピンと来なくて、警戒心が薄れてしまいがちだ。
そして、その事になかなか自分で気が付けないのだと、紗和はこの日初めて知った。
「今の時代、誰でも事件に巻き込まれる可能性がある。男でも痴漢に遭うし、幼い子供でも殺されるからな...女子高生なんて、尚更だ」
だから、と沢木は続ける。
俯いた紗和も沢木からの視線を痛いほどに感じた。
「こんなご時世に夜道を1人で歩いて、無防備に男に身体を預けようとは...
利口そうな顔をして、意外と馬鹿なんだな」
「...はぁ!?」
紗和は思わず、沢木を睨み付けた。
だが、包丁を持った相手にも怖じ気づかなかった男には、可愛らしいもので。
「まぁ、そう怒るな。...寧ろ、褒めてるんだよ」
全く動揺を見せず、大人の振る舞いを見せる。
「な、何を...」
意味が分からず、紗和は眉間にシワを寄せた。
「見知らぬ人が苦しんでるのを見て、純粋に助けようとしたんだろ?...優しいじゃねぇか」
紗和の目を真っ直ぐ見て、沢木は言う。
「そういう人が傷付くのは、許せねぇよ」
「っ...」
そして、沢木は微笑んだ。
「無事で良かったな、清宮紗和」
怒りはあっという間に消え失せた。
沢木のその言葉は、紗和の存在を認めてくれているようだった。
亡くなった父の娘としてではなく、明の姉としてではなく...紗和自身を見てくれていた。
「うぅっ...」
ずっと出なかった涙が溢れ落ち
ずっと我慢していた感情が、解き放たれた。