教えてやりたい。
「...馬鹿。無理に笑うな」
たかが高校生で、そんな作り笑いを覚えるな。
怒りたいのを、我慢するなよ。
もう既に事件関係者と警察官の一線を、沢木は越えようとしていた。
教えてやりたい。
紗和が見てきた世界がどんな物かは知らないが、きっとそれは歪んだ物だと。
「弟か、母親からは連絡あったのか?」
紗和が首を横に振った。
「帰ってるならお前に連絡入れるべきだろうが...何の為に、お前はこんな危ない目に遭ってんだよ」
「怒れば良いんだよ...何家族に遠慮してんだ」
何なら、自分が家族に殴り込みに行きたいぐらいだと、沢木は思う。
紗和の家族は、紗和を何だと思っているのか。
「ほら。もう遅いし、今日はもう帰るぞ」
気が付けば日付も既に変わっており、先程までは頻繁に聞こえた行き来する同僚達の足音も聞こえなくなっていた。
「また後日、聞くことがあるかもしれない。連絡先聞いて良いか?」
ついでに名刺の裏に自分の個人の番号を書いて紗和に渡すと、初めて見る名刺が物珍しいのか...紗和は沢木の名前が書かれた表を凝視していた。
取調室を後にして警察署を出るまでの間は、やはり紗和は来た時と同様、沢木の1歩後ろを歩いた。
このまま外を歩くのは危険だ。
「ちゃんと俺の横を歩けよ」
紗和は目を見開くも、コクッと頷いて沢木の横に立つ。
外に出ると少し冷たい風が心地よく、数時間前が嘘のように、穏やかな時間が流れるようだった。
「清宮」
名前を呼ぶと、紗和の大きな瞳と目が合う。
「今の家族が嫌なら、抗え。声に出せ。...もし、難しいと感じたら、俺に連絡しろ。
家族の代わりにお前の本心聞いてやるし、お前の事ちゃんと見るから」
かつての恩人が沢木にしてくれたように、少しでも紗和の力になりたいと思った。
「どうして...そこまでしてくれるんですか...?」
「どうしてって、そりゃあお前...」
そこまで突っ込まれると流石に恥ずかしくなる。
だが、先程、紗和に教えてやると決めたのだ。
「誰もが平等に助けを求められる存在が、警察だ。
俺も昔は味方でいてくれる大人がいなくて、腐っていた時期があった。
...そういう奴らがいなくなって欲しくて、俺はこの仕事をしている」
教えてやりたい。
味方はちゃんといると。
「警察官って、格好いいですね」
そして、この時初めて紗和は笑った。
沢木は、紗和がこんな風に笑える瞬間が増える事を心から願った。