当たり前じゃない人間
その言葉の後、ようやく紗和が涙を流した。
「...こんな当たり前の事でここまで泣くのか」
ただ、無事で良かったと言っただけ。
そんな当たり前の言葉が、中には当たり前じゃない人間もいる。
紗和もその人間の1人なのだと、その姿だけで沢木には分かってしまった。
"今まで1人で、よく頑張ったね"
過去に恩人に言われた一言を思い出す。
しかし、それを言ってくれたのは沢木の家族でもなく...全く赤の他人。
「まだ子供だもんなぁ...母親に甘えられねぇのは酷だろうよ」
どんな時も自分の帰る場所を作ってくれるのが家族。
その言葉を信じられる子供が増える世の中にはならないものなのか...
目の前で泣き続ける紗和を見て、沢木は1人唇を噛み締めた。
しばらくして、落ち着いてきた紗和は途切れ途切れになりながらも事件の話をし始めた。
「...塾が終わって...コンビニ寄ろうと思ったら...弟が帰って来ないって連絡があって...」
それから犯人の男に会うまでの経緯をパソコンに入力した後
「ちなみに、弟に連絡は?」
帰らないという弟の安否が気になった。
「事件の前に1度連絡したきりです」
「もう1度連絡してみたら?...まだ帰ってなかったら、もしかしたら何かあったかもしれない」
「そ、そうですね」
紗和がスマホを取り出し耳に当てて電話をかけた。
「明!?今何処!?」
どうやら弟は電話に出たらしい。...ひとまずは安心した。
「あ...そう...」
紗和の声があからさまに沈むと、その表情はまた何処か諦めたような...暗いというより、冷たいと言った方が良いだろうか。
そしてその後、やや乱暴に電話を切り、必死に怒りを抑えてるようにも見えた。
しかし、その顔は一変し
「ははは...弟、普通に家にいましたよ...母は弟が帰ってきて安心したのか、もう寝たようです」
必死に笑った顔を見せた。