small hours
「!?」
久しぶりに悲鳴が出そうなほど驚いた、深夜2時20分。
その日夜遅くに帰宅した僕が風呂に直行し、髪から滴る水滴を雑に拭きながらリビングの扉を開けた時だった。
わずかな間接照明の灯りだけが照らす室内に、不安そうにこちらを見つめる人間がひとり。
「……」
「……」
いや、僕の彼女だけれども。
びっくりした。本当にびっくりした。それ以上も以下もないくらい、ただびっくりした。
「……」
「……」
「……」
「…………どうしよう……、すき」
戻ってきかけていた声がまたどこかにいってしまった。それ、今?
「……ほんと、ちょっと……驚かさないで……心臓飛び出るかと思った」
やっとのことでそう伝えると、彼女はほぼ素っ裸のままの僕に突進してきた。
落ち着きかけた心臓がまた跳ねる。少しはこっちのことも配慮して行動していただきたい。
「ちょっと……」
「怖い夢、見た」
胸の辺りに、湿った温かいものが伝う。
「……泣いてるの?」
「どこにも、いかないで……」
ぎゅう、としがみつく彼女の声は、こんなに静かな部屋の中でさえギリギリ聞き取れる音量だった。
「いかないよ。大丈夫。
…………とりあえず、服着てもいいかな……。」
べそをかいたまま頷く彼女の手を取って、ソファーに座らせる。
「着替えてくるから」
「いっしょにいく……」
「はいはい」
結局、僕が着替えている間、彼女は僕の足元にうずくまって隙あらばくっつこうとしていた。着替えづらいにも程がある。が、こういう日はもう何を言ってもダメだ。ただの甘えっ子。
「はいお待たせ。大丈夫、だよ」
全てに対する「大丈夫」を込めて、ベッドで彼女を抱えるように座った。
「……あなたがいなくなっちゃう夢を見たの」
「そっか」
「怖かった……わたし、そんなの……どうしていいか、わからない……生きていけない……」
急激にまた、彼女の瞳が潤んでいく。
「大丈夫だよ。ここにいるでしょ。ね」
「ん……」
それからしばらく僕の腕の中でメソメソした彼女は、安心した頃にふと笑顔を見せた後、眠りに落ちていった。
僕は、知っている。
こうしてちゃんと安心できたら、彼女はまた明日の朝、キラキラした笑顔に戻ることを。
まるでこの世界には美しいものしか存在しないような、人間の汚い部分なんか全く知らないような、そんな顔で笑うことを。
そして僕も、その笑顔に少なからず救われることを。
そしてまた……知っている。
この世界には、彼女が言ったような「生きていけない」なんて、ないことを。
僕は少しだけ、君より長く生きているから。そんなことはないんだって、知ってしまっているんだ。
だけど、いや、だからこそ。
君が僕の隣にいたいと思う限り、僕はここにいるよ。
涙のあとが残る目元にそっと触れて、僕もそのまま、眠気に身を委ねた。