006話 ソロプレイ
途中まで書いてた小説の保存方法が分からずデータが消えてしまい、めっちゃ萎えてしまいました・・・とにかくしばらくぶりの更新です!
奏が言い放った気胸、という言葉は一瞬だけ時間が止まったかのような静寂をもたらした。カルロや村長の奥さん、娘の視線は奏へと集中している。
「・・・ッ!」
その視線による圧から奏は診断をつけることの責任感を本当の意味で理解したような気分になった。しかも、検査すら行わずに医師でもない自分が診断をしたという事実に身体が震え上がる。
「奏さん」
「!?は、はい!」
「私たちは何をすれば良い?」
カルロが今から行うべきことについての話を進めようとする。奏の心境を知ってか知らずか、この質問は冷静さを取り戻すきっかけとなった。
「(そうだ...今は目の前の患者に集中しろ...!!)」
不安や葛藤はあるが、自分を鼓舞しながら指示を出し始める。
「娘さん、この村に聴力に特化した魔法を使える方はいませんか!?もしいればここに連れて頂けませんか!?」
「え?聴力に特化した魔法ですか・・・そうですね、狩人のイーガさんはそういった魔法を使えると聞いたことが・・・」
ボーエル村では主に狩猟と農作物による自給自足によって食糧が分配されている。狩猟では聴覚や視覚に働きかける魔法を持った者が獲物の位置の特定に役立つため重宝されるのだ。
「ではその方をここへ連れて来てください!」
「わ、わかりました!」
奏の指示によって村長の娘が困惑しながらも急いで外へ出て行くのだった。カルロを呼びに来たのも彼女だったため、何度も走らせるような状況にしてしまい申し訳なさを感じた。しかし、今は村長の方へと気を向けなければならない。続いて、カルロにやってもらいたいことを伝える。
「カルロさんには村長の肺の穴を塞ぐことと、肺から漏れた空気を体外へ排出する作業を行っていただきたいのです」
「了解しました。しかし、それにはいくつか必要なことがあります」
「必要なこと・・・?」
カルロに頼めば二つ返事でやってくれるかと思っていたため、奏はきょとんとした表情を浮かべて聞き返す。
「まずは村長の状態について聞かせてほしいのです。話を聞かなければ、治療することもままならない」
「あ、ああ・・・そうでしたね・・・」
奏は心の中で気胸という言葉を使えば、無意識のうちに相手も今何が必要なのかを理解出来るだろうと考えていたため、説明を省いてしまっていた。また、しっかりと治療の準備が整った状態で村長や家族に説明をし、治療の同意を貰いたかったからという要因もあった。しかし、今は治療の際に必要なカルロの力を借りれるかどうかな判断が必要であるため、まずは村長の状態について説明することとした。
「まず、村長の状態ですが、簡単にいえば肺に穴が空いて、そこから空気が漏れ出ていると考えています」
「は、肺に穴ぁ!?」
村長の奥さんの表情が青ざめる。自分の旦那の肺に穴が空いている、と言われれば現代人でも言葉のインパクトから絶望的な状態と思ってしまう人も多いかもしれない。その点について配慮できていなかったことを反省しながらも説明を続ける。
「肺から漏れた空気は肺や心臓を圧迫することで、呼吸が苦しくなったり、胸に痛みを感じたりします」
「確かに、村長は呼吸苦や胸の痛みを訴えていますね」
苦しそうな表情を浮かべながら胸を押さえて横たわっている村長に目を向けながら、カルロが納得したような表情で答える。
「それで、私が胸の穴を塞ぐことと空気を移動させることを担当するわけですね」
「ええ、そうです。肺から漏れた空気を肺に戻し、気管の方へと通して口から排出させる。そして、その間に肺の穴を塞ぐ・・・これで気胸を治せるはずです!」
本来、村長の重症度の場合は手術などを行う方法もあるが、一般的には胸にドレーンという管を挿し込み、そこから体外へと空気を排出させて漏れ出た空気による肺や心臓への圧迫を防ぎつつ、肺の穴は自然治癒を待つ、というものだ。これらを胸腔ドレナージ、安静療法という。
今回奏が考えた方法は現実の医療では空気を移動させる魔法がないため決して行うことはできない。しかし、魔法のある世界だからこそできる治療方法を考案したのだ。
「あ・・・もしかして、空気ってカルロさんの魔法では動かせませんか?」
この治療方法はカルロが使用する魔法、"キーニッシ"によって空気を動かせることが前提である。そのため、恐る恐る確認を行った。
「いえ、できますよ。回復魔法以外は移動魔法しか使えないと言いましたが、移動魔法はキーニッシだけではないのです。空気を動かせる魔法もありますので」
「そ、そうでしたか・・・良かったあ」
「ですが・・・」
奏が安堵したのも束の間、カルロは申し訳なさそうな顔で言葉を続ける。
「先ほども言った通り、この世界では解剖が許されていません。なので、肺などがどういった構造をしているのかがわからないのです。
大まかにでも構造がわからなければ、無理に空気を移動させたときに肺を突き破ってしまう可能性があります」
「た、確かに・・・」
「それだけではなく、移動魔法と回復魔法は同時には使えません。空気を移動させるのが先か、肺の穴を塞ぐのが先か、片方を選ばなければならない」
考えが甘かった。奏は素直にそう感じた。自分には解剖の知識はあるが、自分には魔法を使うことができない。この知識と能力の偏りが、現状で何が可能で何が不可能なのかを考えることが出来ない要因となっていることに今更気がついたのだ。
「(何か別の方法を考える必要があるか・・・?ドレーンを挿れずに解剖の知識がなくても体内の空気を排出する方法・・・考えろ考えろ・・・)」
奏は打開策が何かないか必死で考え始める。その様子を見てカルロの表情はさらに暗くなる。村長の奥さんは話の流れをあまり理解できていないようで、2人のことを見つめるばかりだった。
「(くそ・・・無力だな・・・)」
そう思った時だった。奏の頭に現代での記憶が蘇る。それは病院実習途中での教員との個人面談のときの記憶だった。
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『神崎さんは・・・なんていうか、ソロプレイが多いよね』
『そ、ソロプレイ・・・?』
何を言われるのかと思いきや、唐突に意味不明なことを言われて困惑してしまう。それを伝えたのは奏の実習病棟先の担当教員である。看護教員では珍しい男性で、川崎誠也という名前だった。
『1人で看護してるっていうことですか・・・?清拭にも2人で入っているつもりですが・・・」
『それは、ケアのために仕方なくというか、システム的にそうしてるだけっしょ?神崎さんの患者、全介助だから』
全介助とは、病気や障害により日常生活動作全てを行えなくなった患者のことを指している。奏が受け持っている患者はその全介助に値していたため、風呂にも入れない患者の清潔を保持するために行う清拭、という身体を拭く介助には大きな負担を要するため、2〜3人で行うのが通例である。
『俺が言ってるのは、周りに協力しないし、相談しないよねってこと。他の実習メンバーの介助に自分から入りますって言って協力したことある?前の病棟の時も退院を見据えた患者さんへのパンフレット作成に難儀してたみたいだけど、相談してた?』
『し、してない・・・です』
奏は非情な人間ではないため、頼まれれば介助の協力はしていたし、本当に困っていそうな人に対しては自ら協力を申し出る。また、人に相談することの大切さも知っているつもりだ。しかし、それらは本当に相手が、もしくは自分が困っている時だけだった。本当に困る前に、予防的に人に手を貸す、手を貸してもらうといったことはあまりしないタイプの人間であった。
『もうちょっとさ、物事を柔らかく考えてみたら?相手にも自分にも厳しすぎるんじゃない?そして、相手にも自分にも期待しすぎなんじゃない?本当に困ってからじゃ遅いからさ・・・人間っていくら勉強しても、いくら経験しても、結構無力なもんよ?』
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「・・・・・・!!」
奏は川崎先生から言われた時のことを振り返った。そして、改めて自覚した。自分は無力であると。無力だからこそ、様々な人物に頼る必要があるのだと。様々な人物に力を貸してもらうために行動する必要があるのだと。
「カルロさん!やはり治療法はさっきの方法でいきます!」
奏はポケットからスマホを取り出し、お絵かきアプリを開いてフリックそうさによって肺や気管支、気管についての解剖図を書き始める。余計な情報は入れずに、ただただ、空気の通り道となる場所のみを書き上げていく。
「これを見て肺から気管、口へと続く解剖について把握をしてください!」
奏はそう言って強引にカルロにスマホを託す。そして、次に奏はペンなどの何か書くものを探し始める。
「奥さん、何か書くものってないですか!?人の身体にも書けそうなやつ!」
「ええ!?え、えっと・・・これでいいですか?」
突然の剣幕に押されながらも、村長の奥さんは奏に羽ペンとインクを渡す。
「充分です!ありがとうございます!」
奏はお礼を言うと、羽ペンをインクにつけ、何に書くのかと思いきや、なんと村長の胸に何かを描き始めるのだった。
「ええ!?な、何を!?」
「恐らく、肺の解剖を書いているのでしょう・・・私の力を最大限使えるようにするために」
スマホに書いたものと同じく、村長の胸にも実際に肺の形を記すことで、具体的にどのように空気を動かせば良いのかをわかりやすくしているのだ。
奏はあっという間に肺の解剖を書き終え、次は何をするのかと思いきや玄関へと向かう。
「い、一体どこへ!?」
「・・・協力者を探しに!」
そう言うと、奏は村長の家から出て行ってしまうのだった。
全速力で見知らぬ村の中を駆けていく。見知らぬ街ではあるが、奏のなかでは目的地は決まっていた。そうして走っているうちに、目的地の家であるカルロの家の前へと辿り着いた。
少しばかり息は切れているが、急いでいることもあって不思議と疲労感は感じていなかった。
「(起きててくれよ・・・!)」
心の中でそう思いながら家の扉を少し強引に開ける。そして勝手に家の中へと入っていくと、とある扉の前まで移動する。
「ごめん!開けるよ!」
扉の中から何か焦るような声が聞こえた気もするが、返事を充分に聞かないまま奏は扉を開ける。すると、中には・・・
「シータ!君の力を貸してほし・・・い・・・あっ」
「え、えっと、今着替え中の身でして〜・・・」
扉の中にいた少女、カルロの娘であるシータは外出中の大怪我によって血濡れた服を脱ぎ、寝衣を着ようとしている途中だった。奏は咄嗟に後ろを振り向く。
自分の娘とはいえ、ディープ・ヒールによって寝ている間に勝手に服を脱がせるようなことは避けるべきと判断したカルロの配慮により、外出時の服は着せたままにしていのだろう。
「あ、ご、ごめんなさい!君のお父さんが移動魔法と回復魔法は同時に使えないって言ってたから、さっき移動魔法を使ったときに君にかけていた魔法も解けたのかと思って急いで来てしまって・・・と、とにかく緊急の案件だったんだよね!」
「ああ、いえ・・・今着替え終わりましたのでもう大丈夫ですよ」
「あ、そ、そうですか・・・」
河原で止血のために服を切り裂いた時といい、シータは人に素肌を見せることを全く拒まないことを心配に思いながらも、奏は改めてシータの方を向き、もう一度大事なお願いをする。
「じゃあ、改めて言うけど・・・シータ、君の力を貸してほしい!
・ドレナージ
ドレーン、カテーテルなどの管を体内へと挿しこみ、体液を体外へと排出する医療行為。胸に刺す場合は胸腔ドレナージ、腹に刺す場合は腹腔ドレナージなどと呼ばれている。
ドレナージは疾患の治療、合併症等の予防、体内の情報を得るためなどを目的に行われる。