005話 アセスメント①-ボーエル村村長
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奏とカルロは村長が食事中に倒れた、その話を聞いて回復療院を飛び出た。村長の家の場所が分からないため、奏はカルロの後ろを着いていく。その奏の後ろにはカルロに"村長が倒れた"という話を持ってきた女性も、少々遅れながらも付いてきていた。
「カナデさん、あれが村長のお住まいです!」
カルロが指差した家は村長の家、といっても特に大きく豪華な家、というわけでもないようななんの変哲もない家だった。
なんの変哲もない家と言っても、周りに建っている家とは大差ないというだけで、日本で見るような家というわけではない。衣服と同じく、昔ながらの西洋の文化に沿ったような家だった。
カルロは村長の家の玄関の前に行くと、扉を軽く叩きながら中にいる人を呼ぶ。
「私です!カルロです!村長のお話を聞いて飛んで来ました!入ってもよろしいですか!」
すると、中から女性の声が聞こえ、「どうぞ入ってください!お願いします!」と言われたため、カルロはドアを開けて家の中へと入る。奏もその後に続いた。
「失礼します!ご無事ですか村長!私が、カルロが診に来ました!」
村長はテーブルの横に倒れており、現在も首を押さえて「ゔゔゔ・・・」と苦しみ続けていた。村長の隣には少し年老いた女性が座りながら村長の手を握っていた。恐らく村長の奥さんであろう。先ほど入室の許可を出したのも恐らくこの人だ。
「主人、ご飯を食べている途中で途中で激しく咳をしだしたんです!そしたら次第にうめき、もがき苦しみ始めてしまって...!!」
「なるほど、食べ物が喉に詰まったということでしょうか・・・すぐに取り掛かりましょう」
「はい...よろしくお願いします!カルロさん!」
カルロは村長の首付近に手をあて、魔法を発動する。
「今楽になりますからね・・・"キーニッシ"」
カルロの右手が光り出した。魔法を発動した影響であろう。奏はカルロに今何をしているのかを聞く。
「これはどういう魔法なんですか?」
「キーニッシは対象移動魔法の1つだ。村長の喉に詰まっている食塊を私の魔力で捉え、外まで移動させる」
「な、なるほど・・・」
奏のいた世界であれば、背部叩打法や腹部突き上げ法で喀出を促したり、場合によっては直接気管内の異物をかき出すなどして対処するため、大きな苦痛を与えることになる。その点、魔法があれば何でもかんでも解決出来るのだなと思い関心してしまった。
「(シータの傷もだけど、魔法さえあれば何でも出来るんだな・・・何となく悔しさも感じるけど)」
あれだけ必死に覚えた知識や技術も、この世界では全く役に立たない・・・そのことに気づき、少しショックを受けてしまう。
そんなことを考えているうちに、村長の口から気道を塞いでいたとされる食塊が出てくるのであった。
「げほっ!!げほっ!!はあ・・・はあ・・・!!」
「あなた!!良かったわねえ・・・苦しかったわね・・・頑張りましたね。」
気道を塞いでいた食塊が取り出されたことにより、村長が咳をし出した。
「こほっ!!こほっ!!・・・はあ・・・はあ・・・!!」
「ありがとうございました、カルロさん」
「いえいえ、とんでもありません。この程度のことであれば苦労はしてませんから」
「はあ・・・はあ・・・こほっ!こほっ!こほっ!」
奏は村長の咳が続いていることが気になっていた。
「(異物はもう取り出したはずなのに・・・どうしたんだ?)」
「はあ・・・はあ・・・こほっ!こほっ、こほっ!く、苦しい・・・」
「あ、あなた・・・?大丈夫ですか・・・?」
「村長、まだ苦しさ続くのですか?」
村長からの「苦しい」という言葉を聞き、奏以外の面々も村長の異変を感じ始めた。
「ち、父はまだどこか悪いのでしょうか・・・?」
そうカルロに聞くのは、回復療院にカルロを呼びに来た女性だった。どうやら、村長たちと娘のようだ。
「うーむ・・・何とも言えませんな、原因がよくわからない・・・」
「ぐうううう・・・こほっ、こほっ」
「魔法で原因を探ることは出来ないんですか?それか回復魔法をかけたりとか・・・」
奏はカルロに質問してみる。魔法の力さえあれば、どんな病気でも治せるのではないか、そう思い込んでいる部分があったためだ。
「いや、私は通常の回復魔法以外には護身用の低級攻撃魔法と先ほどの移動魔法しか使うことが出来ないんだ。だから、体内の異常を魔法で探るようなことは私には出来ない。
それに、ほとんどの国では人体解剖が禁止されている。だから、誰も人体構造については把握できていない。下手に体内に向けて回復魔法をかけると、骨や筋肉、血管の位置がずれたり、過膨張して身体を突き破ったり破裂するリスクが高まる。あくまで回復魔法は目に見える部分の外傷を塞ぐために使うものなんだ」
カルロからの話を聞き、奏は自分が思っていた以上に魔法が万能ではないということを知った。さらにいうと、人体解剖が進んでいないという事実については驚きを隠せなかった。
医学や薬学、病理学などは解剖学や生物学から枝分かれしたようなものと言っても過言ではない。哲人ヒポクラテスやアリストテレスなどによる、ヤギやウニなどの様々な生命体の解剖実験から始まり、アレクサンドリアやアンドレス・ヴァサリウスなどによって人体解剖が行わた。これらを通し、人対構造の仕組みを知ることの重要性を訴えてきたからことにより解剖学や生物学が確立し、それに伴い医療に関する様々な学問が形成されたのだ。そして、医学や薬学が学問として確立した現代社会では科学的根拠のある医療が患者に提供されている。奏が専攻していた看護学もそのうちの一つだった。
しかし、この世界ではそれらの学問の始祖ともいえる解剖学が発達していない。つまりそれは同時に医療が発達していないことを意味していた。
「(魔法は・・・万能ではないのか・・・!?)」
「こほっ・・・!こほっ・・・!」
目の前で病気か何かで苦しむ人がいるのにも関わらず、治療はおろか、その苦痛の原因すら分からないこの状況は大変もどしかしく感じた。
「(何か・・・何かできることはないか・・・!?
医学的な知識があるのは自分を置いて他にはいないんだ・・・!!しっかりと観察しろ・・・!!)」
村長の全身を観察する。顔色、皮膚の色、呼吸状態、挙動、不随意運動、随意運動、咳、痰の絡み具合・・・
そういして様々な点を観察していくことで、奏はここであることに気付いた。
「・・・ここが苦しいのですか?痛みはありますか?」
村長が右手で右側の鎖骨下を抑えているのを見た奏は、その村長の手を重ねながら質問した。
「こほっ!こほっ!・・・そこが苦しい・・・い、痛みも・・・!こほっ!こほっ!」
「苦しさと痛みがあるんですね・・・」
呼吸苦については呼吸状態から判別できていたが、胸部の痛みがあることは村長の口から聞けていなければ気づくことが出来なかった。
次に奏は村長の手や足、爪、唇の色を観察するが皮膚の変色などはない。次は既往歴の確認だ。
「奥さん、ここ最近で村長から胸のあたりの違和感を訴えているようなことはありませんでしたか?」
「え・・・?ああ、そういえば胸のあたりに痛みがあるからって、カルロさんに痛みを緩和する魔法をかけてもらいましたね」
「ええ、確か一週間前のことでしたかね・・・そうだ、軽く咳もしていましたね」
「ああ、咳なら今日までずっと続いていたわ・・・風邪か何かと思っていたけど・・・あの、カルロさん。ずっと気になってたはいたんですがこの子は・・・?」
村長の奥さんが奏のことについてカルロに尋ねた。見慣れない服を来た顔も初めて見た者が家に上がってきたと思ったら、急に不可解なことを聞き始めたのだ。気になるのも無理はない。
「彼は・・・まあ、私の知り合いでしてね。恐らく、私よりも彼の方が村長の助けとなってくれるはずですよ、安心してください」
「は、はあ・・・」
カルロとも今日初めて会ったばかりだというのに、なぜか厚い信頼を寄せられていることに奏は疑問を持ちつつも、それも伝承について聞けば何か分かるのだろうと思い、今は村長のことについて頭を使うこととした。
村長の奥さんとカルロからここ最近の村長の様子を聞き出した。これらの情報を踏まえて、奏は情報を整理することとした。
『主人、ご飯を食べている途中で途中で激しく咳をしだしたんです!そしたらすぐにうめき出して、そのままもがき苦しみ始めてしまって...!!』
『食べ物が喉に詰まったということでしょうか・・・すぐに取り掛かりましょう』
『こほっ!こほっ!・・・そこが苦しい・・・い、痛みも・・・!こほっ!こほっ!』
『ああ、そういえば胸のあたりに痛みがあるからって』
『ええ、確か一週間前のことでしたかね・・・そうだ、軽く咳もしていましたね』
重要な情報はこのあたりだろうと考え、アセスメントし始める。
「(村長は1週間前から咳や胸痛を訴えていた。胸痛に対してはカルロさんの魔法で痛みを緩和させた。
そして本日、食事をしている最中に激しくむせこんだ。その後、食塊によって気道が塞がった影響により、咳や呼吸が出来なくなり苦しみ始めた。恐らく、最初の"むせこみ"は食塊による気道閉塞が原因だったわけではない・・・
カルロさんの魔法によって食塊を取り除いたが呼吸苦は減少はしたが未だに顕著にみられている。また、むせこみとは異なるような咳がみられた。喀痰がなく、音の性質から乾性の咳と考えられる。また、カルロさんの魔法で抑えていた胸痛が再び出現し、程度としても悪化しているようだ・・・)」
様々な出来事を整理し、奏はとある1つの結論を出した。
「・・・そうか、そういうこと・・・なのか?」
「カナデさん、何か分かったことがあるのかね?」
この場にいる全員の注目が奏に集まった。
「恐らく、ですが・・・」
「こほっ、こほっ・・・!」
「しゅ、主人は一体今どんな状況にあるのですか・・・!?」
レントゲン検査やCT検査を行わずに診断を出すことは通常はありえない。また、看護師に診断する権利はなく、診断は医師特有の権利である。看護師に出来るのは患者を観察して得た情報を医師に伝えるところまでだ。ましてや国試の合格が判明しただけで看護師免許すら持っていない。
しかし、ここは信じがたいことに異世界である。確定診断を行うための検査もなければ、診断をしてくれるドクターもいない。それならば、ここが異世界というのであれば、自分がやるしかない・・・自分がドクターになるしかない。そう思った奏は、自分なりのアセスメントによって辿り着いた一つの結論を口にした。
「村長は恐らく・・・"気胸"です」
・アセスメント
医学用語としての意味は、医師や看護師などが患者の情報をもとに、現在何が発生しているのか、何が原因となっているのか、これからどのようなことが発生するのか、異常なのか正常なのかなど、客観的な視点で解釈・評価・分析していくこと。このアセスメントにより医師の診断や、看護師や理学療法士等によるケア・リハビリ方法の選択など、用途は多岐にわたるため、非常に重要な行為の1つである。
また、アセスメントのもととなる情報は正確に収集及び伝達しなければならない。