004話 異世界
「彼女の名前、シータというんですね」
「ええ、シータ・アスクレピオスと言います。我々アスクレピオス家は代々、この村では回復魔法に特化した家系でして・・・
この子はそのなかでも特に優秀なんですよ。正直、この才能は王都で存分に振るわせるべきかな、とも思っているのですがね・・・」
未だ大怪我の原因は聞き出せていないが、奏が彼女・・・もとい、シータを村まで運ぶやいなや、村中の人々がシータの身を案じ、彼女の父が営んでいるというこの"回復療院"と呼ばれる建物まで案内されたのだ。
シータの父は自分の娘の現状を把握するやいなや、療養ベッドにシータを寝かせ、睡眠型回復促進魔法と呼ばれる"ディープ・ヒール"を用いて休ませることとした。それにより、シータは現在深い眠りの中にいる。
「(回復魔法、か・・・)」
奏は思わず身震いをしてしまう。心臓の鼓動が早くなっていることを感じた。ここまでの道中もシータから村のことを一通り聞いており、そのなかでも魔法や王都、騎士といった普段の生活の中では聞き慣れない言葉をこれでもかと聞いていた。
「・・・ところであなた、見慣れない服装をしていらっしゃいますね」
別に変わった服装などしてない...普段ならそう思っていただろうが、ボーエル村に入ったときにおかしな格好をしているのは自分のほうだと感じた。
奏は白のパーカーに緩いジーンズを着ているのに対し、シータを含めた村人は全員ファンタジー世界に出てきそうな西洋系の民族衣装のようなものを着ていた。
「靴も履いていらっしゃないようですね」
奏は自室にいたため靴など履いておらず、ただの黒い靴下の状態でいた。逆に言うと、現在奏が靴を履いていないということは、奏は玄関を経由せずに何らかの形で自室から外へと放り出された証拠である。
「(やっぱり、この世界は・・・)」
この世界は自分の知っている世界ではなく・・・
「・・・申し遅れました。私はシータの父、カルロ・アスクレピオスと申します」
「え・・・あ、ああ。えっと、神崎・・・いや、カナデ・カンザキといいます」
とっさの判断で相手に合わせて性と名を逆にして名乗った方が分かりやすいだろうと思い、カナデ・カンザキと名乗った。
「・・・ふむ」
カルロは何かを考えているような素振りを見せ、少し俯いた。奏は先ほどの自己紹介の不審っぷりは何か怪しい雰囲気を感じさせてしまったかと少し身構えた。ただでさえ身なりが周りと異なっているぶん、怪しまれるような行動はなるべく避けたかった。
この土地で一生を過ごす可能性もあるのだから・・・
そんなことを考えていると、カルロが奏と目を合わせてきた。若干険しい表情である。
「カナデさん、我が家系とこの国の王家のみが知る伝承があるのですが・・・聞いていただけますか?」
「我が家系とこの国の王家のみって・・・そ、そんな重要な話をなぜ・・・?」
「それは、あなた自身にも関係のある話と考えられるからです。失礼ですがカナデさん、あなたのご出身は?」
「しゅ、出身・・・ですか。ええと・・・」
唐突な質問に戸惑ってしまった。この質問は奏が現在考えている、"ここは異世界である"という仮説を決定づけるような質問であるからだ。経済大国の日本を知らない国というのは、識字率が極めて低いような貧困の国ぐらいではないだろうか。一通り見たところ、この村周辺は自然や気候にはかなり恵まれている。人間の住みやすいようにかなり開拓されているようだった。生活のしやすさと経済の豊かさはおおよそ比例する。そして経済が豊かな国はそれに見合った教育も行われているものである。まさかそんな土地に住む者たちが日本を知らないはずがない。
日本語が通じている時点で、ここは海外ではなく日本である、という考え方もあるが・・・
「出身は・・・ひ、東の方角ですね」
嘘は言っていない。日本は極東付近に位置している。
この空気に耐えられず思わず俯いていたが、ふとカルロの表情を見ると、なぜか少し和らいだ表情をしていた。
「申し訳なかったね、カナデさん。少し追い詰めるようなことを聞いてしまったかもしれないね」
「そ、そんなことは・・・」
そんなことはあった。実際、奏はかなり焦っているようで背中や脇から汗が出てきていた。冷や汗である。
「あなたにとってはあまり聞きたくはないことかもしれないが・・・」
カルロが再び神妙な面持ちとなった。
「ここはアポロン王国・・・恐らく、あなたにとっては"異界"ということになるだろう」
「!!!」
異界・・・確かにカルロはそう言った。アポロン王国という国名も聞いたことがない。
やはりここは自分の知っている世界ではない、異世界なんだという確信がついた。
しかし、1つ疑問なのはなぜカルロの口から"異界"という言葉が出てきたのか、ということである。普通は見ず知らずの人にあっても「この人は異世界から来た人なんだろう」と思うことはない。
恐らく、先ほどカルロが言っていた、アスクレピオス家と王家にしか伝わっていないという伝承が何か関係していて、自分のことを異世界人だと判断したのだろうと考え、カルロから続きの話を詳しく聞くべきだと感じた。
その時だった。
「カルロ先生!!」
とある女性がカルロの名を呼びながら扉を勢い良く開けた。何かあったのか、かなり焦っている様子だった。
「どうしたんだい?」
「そ、それが・・・村長が食事をしている途中に激しくむせ出して・・・そのまま倒れこんでしまったんです!」
「な、なんだって!?すぐに向かおう!」
カルロは立ち上がり、その女性に着いていくこととした。話を聞いたかぎりでは、緊急度が高いことが窺えた。
「そうだ、カナデさんも着てくれ!あなたの力が必要になるかもしれない!」
「は、はい!」
看護を学んでいたため、ある程度の役には立てるしれない、そう考え奏もカルロと共に村長のもとへと向かうのだった。
・発汗
汗は汗腺と呼ばれる部分から分泌されており、汗腺にはエクリン腺とアポクリン腺の2種類がある。
エクリン腺からの汗は主に体温上昇時に発生し、汗が蒸発することで身体の熱を奪い、体温を下げる効果がある。また、pH4〜6の弱酸性であるため、皮膚表面の細菌増殖を防いでいると考えられている。
エクリン腺からの汗は比較的臭いのもとにはなりにくい(ただし、汗で濡れた衣服などからは雑菌が繁殖しやすいため、運動後は衣服を取り替えたほうが良い)
一方、アポクリン腺からの発汗は身体にとってどのようなメリットがあるのかは明らかにされていない。今回の奏のように緊張時などに分泌されやすく、脇や眼瞼、乳房、陰部などの限られた部分にしか存在しない。エクリン腺からの汗よりも脂肪酸やタンパク質が多いため、皮膚表面の細菌増殖を促し、臭いのもととなっている。
臭いを防ぐためには脇などの汗はしっかりと拭き取り清潔に保つことや、脂質やタンパク質を摂りすぎないことなどがあげられる。