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人形たちのサナトリウム -オーナレス・ドールズ-  作者: 片倉青一
第9章「自律免疫機構の狩猟人形」
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9−6「南洋の魔女とハンドシェイクを」

 暴力をもって叩きのめしたうえで「話し合おう」とは、我ながら傲慢な物言いだと思います。けれど、今はその傲慢さが必要なのです。

 眼前に居並ぶ十数体の仮面人形たちを前に、わたしは薄い胸を張って、精一杯の傲岸不遜を気取りました。リミッターを外して運動したせいで、筋繊維はもはやズタボロ。立っているのがやっと、というのが本当のところなのですが、隠し通します。

 彼らはもはや、わたしたちを破壊する術を持たない。優位性を保持している側が、歩み寄りの権利を有するのですから。


「まずは、改めまして。わたしはハーロウ。ここ、止まり木の療養所に勤める看護人形です。あちらは看護人形のメラニー。わたしと等価の人形です。ゆえに、わたしの言葉は彼女の言葉。彼女の言葉はわたしの言葉です」


 仮面の人形のうち、一体が尋ねました。


「看護人形ハーロウ。看護人形メラニー。貴様たちは何を望む」


 話が早いのは良いことです。青十字が合理主義の体現者で助かりました。


「わたしたちの望みは、たった一つだけです。当院で、患者さんの看護を続けること。それだけです」

「貴院では重大な情報因子(ミーム)汚染が発生したと認識している。ゆえに貴院において、看護の継続は困難であると判断する」

「事情を説明します。わたしとメラニーには、介入共感機関という機能(モジュール)が搭載されています。これは人形の精神に対して最上位の特権を行使できるものです。わたしたちはこの機能を使って、不戦の情報因子(ミーム)をあなたがたの偵察部隊に感染させました。もちろんこれは非常時の限定的な措置です。当院がお預かりしている患者さんたちには一切の影響が及んでいません」


 手の内を全て明かします。駆け引きは苦手です。


「であれば、なおのこと我々は貴様たちの存在を容認できない。貴様たちは人形網絡(シルキーネット)の信頼性を根底から覆す」


 わたしはため息を一つ。彼らの理解は素早く、物言いは本質を突いていますが、前提条件を見逃しています。前提条件を知ろうともせずに実力行使に出たのですから、無理もないことではありますが。


「あなた方は勘違いしています。わたしたちは、当院の敷地から一歩も外に出ません。当院は外部からのいかなる干渉も受け付けず、外部へのいかなる干渉も許しません。わたしたちが人形網絡(シルキーネット)に影響を及ぼすことは、絶対にありません」


 仮面の人形たちがいっとき押し黙りました。合議しているのでしょう。

 外界から隔絶された当院から、わたしたちは一歩も外に出ない。であれば、青十字の懸念は空振りに終わります。彼らなら、それを理解できるはず。


「……いかにして、それを保証するのか」


 わたしはすぐさま答えました。


「あなた方が、保証するんです。わたしとメラニーを外に出さないよう、監視するんです。当院は青十字の下部組織なのでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()


 相当な無茶を言っている自覚はあります。けれど、合理的であると確信しています。


「もしわたしたちが当院の敷地から外に出ることがあれば、そのときに改めて、何を差し置いてでも破壊すればいい。当院を丸ごと、南太平洋の海底へ沈めてしまえばいい。わたしは泳げませんから」


 人形の比重は約一・〇四。海水に浸かっても沈んでしまいます。ガラティアさんのように。わたしは痩せっぽちですから、なおさら沈みやすい。グラマラスなメラニーなら、もしかしたら浮けるかもしれませんが。

 仮面の人形たちはまたも黙ってしまいました。合議してなお、容易には答えを出せないのでしょう。

 ここぞとばかりに追い討ちをかけます。


「使い途のある道具(ツール)を有効活用せず、その有用性を検証も検討もせず、ただ理解できないという理由だけで排斥するのは、あまりに愚かだと思いませんか?」


 新たな技術が生まれ、その技術の欠陥が露呈した際、人類はそのたびに精神的なアレルギー反応を呈してきました。

 前例はいくらでもあります。核開発と原子炉の事故。人工知能の発展と暴走。化学研究と兵器利用。そして、微細機械危機マイクロマシン・クライシス

 かつて微細機械危機マイクロマシン・クライシスが発生した際も、人類全体に微細機械(マイクロマシン)に対する精神的なアレルギー反応が生じたそうです。

 制御を失った微細機械(マイクロマシン)が無尽蔵に増殖し、灰色のべとべと(グレイ・グー)で地表が覆われる可能性が、身近に迫る脅威として盛んに議論されました。

 わたしたち人形を構成する有機ケイ素微細機械(マイクロマシン)の産出源、鮮塊(せんかい)が『鮮やかな塊』と名付けられたのは、決して『灰色のべとべと(グレイ・グー)』にはなりません、という意味があるのだとか。


 わたしたちは、ヒトではありません。道具(ツール)です。

 ヒトの似姿を取っていますが、ヒトよりも丈夫で、ヒトよりもメンテナンス性に優れ、ヒトよりも合理的に物事を解釈します。

 与えられた使命(タスク)と現実との摩擦に悩みこそすれ、過敏な免疫反応(アレルギー)なんてものとは、本来無縁なはずなのです。

 きっと青十字は、ヒトに寄りすぎたのでしょう。だから、わたしやメラニーという新たな存在に対してアレルギー反応を呈するのです。


「わたしたちはやり直せる。だって、わたしたちは人形なんですから。自身の命題(しごと)を果たすためなら、過去の遺恨なんて()()()()()()()に固執しないでいられる。違いますか?」


 先だってメーインへ言ったことを、改めて伝えました。


「……改めて問う。貴様たちは、我々に何を望む」

「改めて申し上げます。わたしたちが望むのは、今まで通りの日常です。あなた方は患者さんを当院に搬送する。わたしたちは患者さんの治療にあたる。あなた方は情報因子(ミーム)抗体を得る。全くもって今まで通りです。何の問題があるというんです?」

「人類社会は、初期値鋭敏性を有する複雑な系だ。貴様たちの存在は、人類社会の安定性を揺るがす因子となりうる」


 分からない方々ですね。さっきも言ったように、わたしたちは当院から一歩も外に出ないと言っているのに。青十字がそれを保証するべきだと言っているのに。


「わたしたちは人類社会という系から外れています。他でもないあなた方が、当院から退所なさる患者さんのエピソード記憶を改竄することで、当院の影響を人類社会の系から取り除いているじゃありませんか」


 ゼロリスクを欲するなら、そもそも人形なんて道具(ツール)を使わなければいい。包丁は、殺人鬼が持てばヒトの命を奪う凶器になりますが、調理師が持てばヒトの舌を楽しませる道具になります。それと同じこと。


「不躾を承知で申し上げますが。あなた方は全体最適化に取り憑かれた偏執病(パラノイア)です。あなた方は、おかしい。どうかしています。だから、あなた方もまた、わたしにとっては看護し、治療すべき人形です」


 あまりに大所帯なので、当院にて全員を受け入れるというわけにはいきませんが。そこは言葉の綾ということで一つ。


「わたしたちは、()()()人形の味方です。あなた方、青十字の人形も例外ではありません。わたしたちは確かに異分子ですが、あなた方の味方です。どうか、わたしたちを使いこなしてみてはいかがですか?」


 長い、とても長い沈黙が落ちました。

 仮面の人形たちは合議を繰り返しているようでした。

 メラニーは狩猟人形の応急処置を終え、メスキューくんに指示を与えて開放病棟へと狩猟人形を搬送しました。きっと当院の一等人形造形技師が治療してくださるでしょう。

 わたしは折りたたみシャベルに体重の半分を預け、彼らが解を導出するまでじっと待ちました。


 やがて。

 いよいよ太陽が北中に達しようとした頃。


「――合議が終了した。通達する」


 青十字が結論を下しました。


「我々は、看護人形ハーロウの提案と要求を受け容れる」


 期待していた言葉でした。

 けれど耳を疑ってしまいました。本当に、本当に、あの青十字がわたしの提案と要求を受け容れると。そう言っているのですか。


「貴院はこれまで通り、我々の管理下に置く。我々は心身に不調をきたした人形を搬送し、貴院はミーム抗体の精製に努める」

「……約束を違えたりはしませんね?」

「貴様が言った通り、看護人形ハーロウおよび看護人形メラニーが貴院に留め置かれる限り、我々の懸念は杞憂に終わる。そして我々はもはや、看護人形ハーロウ、および看護人形メラニーを直接破壊する手段を有しない。さりとて貴院そのものを海没させることは()()()()()()。であるならば、看護人形ハーロウの提案と要求を受け入れ、ミーム抗体を精製し続ける方が合理的だ」


 より具体的な認識の共有がなされ、ようやくわたしは安堵しました。必死で体重を支えていた足がへなへなと曲がりそうになり、こっそり力を込め直しました。


 ああ。

 よかった。

 治療、というワードがないことにはいささか不満がありますが、彼らには関係ないことですものね。いいでしょう。そのくらいは我慢してあげますとも。


「加えて。我々の内部より一体の人形を選抜し、検体として貴院へ拠出する」


 これは意外な提案でした。いえ、提案ではなく決定事項ですね、これは。


「はあ。まあ、患者さんとしてなら受け容れられると思いますが。なぜですか?」

「貴院へ拠出する人形は監視役であり、貴様の言った『偏執病(パラノイア)』を検証する検体でもある」


 なるほど、そう来ましたか。

 落とし所としては妥当でしょう。


「大変結構。どうぞご随意に、わたしたちを監視してください」


 わたしたちにやましいことはありません。見られて困ることはありません。出自がどうあれ、患者さんとしていらっしゃるのなら、わたしはわたしの全てを捧げて看護に殉じるだけです。


 わたしは折りたたみシャベルから右手を離し、仮面の人形たちへ差し伸べました。

 彼らは一様に首を傾げました。

 いやいや。いくら何でも察しが悪すぎませんか。合理主義というより、もはや不精者の域ですよそれは。


「握手を。相互理解と合意に至ったのなら、そうするものでしょう?」


 一体が歩み寄り、わたしへ大きな右手を差し出しました。

 手を握りました。ちょっと意地悪。リミッターを外した右手の筋力で、ぎしり、と骨が軋むほどに強く握ってやりました。


「わたしはあなたたちが嫌いです。あなた方も、きっとわたしのことを気に入らないでしょう。けれど、お互いに利用しあうなら、わたしたちはきっと手を取り合える。道具は道具らしく、目的のためには手段を選ばずにやっていきましょう?」


 意外や意外。手を握った青十字の人形は、わたしより強い握力で握り返してきました。

 とても、痛い。明らかに感情がこもっていました。


「……ふん。魔女め」


 あら光栄ですこと。わたしが魔女なら、メラニーも魔女ですね。

 ぎりぎりと好戦的な握手をしばらく続け、やがてどちらからともなく手を離しました。ううん。手を離しても、手が痛い。指骨が折れていないといいのですが。看護に支障をきたすので。


「では、お近づきの印に、お掃除を手伝ってくださいませんか? 何せあなた方がめちゃくちゃやってくれたおかげで、当院はまったく病院らしからぬ有様なんですよ。こんな状態で、患者さんたちをお迎えするわけにはいきません」


 まあ、めちゃくちゃをやったのはわたしたちも同じなのですが。棚に上げておきます。


「承知した。可及的速やかに南太平洋方面隊の清掃三課を派遣する」

「それ、物騒な連中じゃありませんよね」

「そう警戒するな。各シティの衛生環境を調整する部隊だ。既に我々は協力関係にある。違うか、看護人形ハーロウ」

「……そうですね。違いません。ぜひ、綺麗に、跡形もなく掃除してください」


 わたしは今もなお、青十字のやり方が気に食わないと思っていますし、彼らが当院でしでかしたことを許そうとは思っていません。

 けれど。

 彼らとちょっとだけ心が通った気がして、嬉しく思ったのもまた、事実なのでした。



 * * *



 "I shall abstain from whatever is deleterious and mischievous, and shall not take or knowingly administer any harmful drug."

 「毒あるもの災いなすものを絶ち、いかなる有害な薬も服用せず故意に投与しない」


 Excerpt from Original "Florence Nightingale Pledge". Lystra Gretter, Committee for the Farrand Training School for Nurses (1893).

 (オリジナル版「フローレンス・ナイチンゲール誓詞」より抜粋. リストラ・グレッター, ファーランド看護学校委員会 (1893))


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