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人形たちのサナトリウム -オーナレス・ドールズ-  作者: 片倉青一
第1章「シティ・ダルムシュタットの花嫁人形」
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1-7「エピローグ」

「エワルド氏を殺したのはガラティアさんじゃないよ」


 バンシュー先生は、あっけらかんと言いました。

 翌朝。ブリーフィングを終えた診察室でのことです。

 バンシュー先生とアンナ看護長の前で経緯を説明して、ガラティアさんの身投げを阻止できなかったことをお詫びした、直後のことでした。


「え、だって……ガラティアさん自身がそう言って……」

「だって、エワルド氏を殺害した下手人、他にいるもの。ガラティアさんはエワルド氏の免疫系をコントロールしていただけで、殺す意図なんて無かった。それを半年間も続けたんだから、もはや医療行為とさえ言える。どう考えても、ガラティアさんがエワルド氏を殺したとは言えないね」


 いやもう、なんだか、昨日の夜にさんざん泣いたわたしに「馬鹿なんじゃないの?」と言っているかのような軽い口調です。


「まあ、彼女の存在がエワルド氏の寿命を縮めたのは確かだけど。それにしたって、彼女の存在そのものが悪かったんじゃない。ハーロウの言う()()()()()()()が、彼と彼女の事情を利用しようとしてお互いに悪手を打ったことが原因だよ。要するにね、悩みすぎだよ、ハーロウもガラティアさんも」

「悩みすぎだなんて、そんな言い方――!」


 頭に熱い循環液がのぼり、わたしはバンシュー先生の胸ぐらを掴みました。

 いつもなら制止するはずのアンナ看護長は、黙って静観していました。


 アンナ看護長の制止を期待していたのに。振り上げた拳の落としどころを失ったわたしは、どうしていいか分からず、そのまま固まってしまいました。

 バンシュー先生は顔色ひとつ変えず、声音も変えず、淡々とわたしを諭します。


「いいかい、ハーロウ。ガラティアさんには、何の落ち度もない」

「ガラティアさんは、何も悪くない……と?」

「そう。シティ・ダルムシュタットが認めても、当院では人形の権利を認めない。だから当院では、人形に罪を問わない。罪を問われるのは権利あるものだけだからだ」


 それからバンシュー先生は、いつもよりほんの少しだけ憂いを帯びた声で言いました。


「いつだってそうだ。悪いのは、道具を使うヒトの方だ。だから我々は、患者がいかに毒あるもの、害あるものだとしても見放してはいけない」

「……はい、バンシュー先生」


 わたしはバンシュー先生からそっと手を離し、ばつが悪くなって、診察室の壁まで後ずさりして、うなだれました。


「それにしても、自壊を選ぶとはね。めったに無いことなんだけど。どうにも、巡り合わせが悪すぎた」


 バンシュー先生は意地悪ですが、その意地悪には必ず意図があります。

 意図を探るのは疲れますし、たびたび読み違えてしまうのですが。


「ところで、アンナ君。さっきハーロウを止めなかった理由、聞いてもいい?」

「さすがの私も、一発くらい殴られちまえと思いましたので。この子をいじめて遊ぶのはお好きにどうぞ。けれども、しっぺ返しの責任も自分でお取りなさいませ、バンシュー先生。だって、罪を問われるのはいつだって人間様なのでしょう?」


 アンナ看護長はバンシュー先生から、しょげていた私に視線を転じました。


「ハーロウ。ガラティアさんのことは、残念でした」

「はい……」

「自分を責めるなと言っても無理な話でしょう。経験不足を理由にあなたを慰めるつもりもありません」


 アンナ看護長はいつだって厳しいのです。


「ですが、ガラティアさんは、最期に何と言っていましたか?」

「……悲しまないで、と」

「なら、そうしなさい。無理にでも笑いなさい。あなたには担当の患者さんがいて、あなたの仕事は今も続いているのですから」

「……はい、アンナ看護長」


 素っ気ない、けれど背筋が伸びる励ましの言葉。いつかわたしもアンナ看護長のように、厳しくも強く優しい看護人形になれるのでしょうか。


「そろそろ行きなさい。平常通りの日勤を」


 普段よりちょっぴり険の取れた声に背を押され、診察室を出ました。


「遅い」


 顔を上げたところ、同期で同班の看護人形、メラニーが向かいの壁に寄りかかって腕組みしていました。ブリーフィングが終わってから、ずっと待ってくれていたのでしょうか。

 わたしが何か言う前に、患者さんたちが寝泊まりしている宿泊区画を顎で示しました。組んだ腕の上で、ゆさ、と豊かな胸が揺れました。


「患者さん、待ってる」

「はい。そうですね」


 わたしは両の頬をべしべしと叩き、つまんでぐにぐにと伸ばしました。


「何それ」

「笑顔の練習です」


 メラニーは呆れた様子で首をことんと傾げました。


「下手くそ」


 メラニーは言ったきり、わたしに先んじて宿泊区画へ爪先を向けました。


「下手でもいいんですよ」


 頬をつまんで伸ばしたまま、小さな背を大股で追いかけます。すぐに追いつきました。メラニーは歩幅の差が気に入らないのか、早足になってわたしより一歩先を歩きます。

 わたしのお仕事は、今も続いています。お世話すべき患者さんがいます。



 ――どうか、悲しまないで。



 彼女が遺したお願いは、簡単にこなせそうにはありません。

 だからせめて、形だけでも。

 観察、理解、共感しかできないわたしには、それくらいしかできないのですから。



***



 もしあなたがわたくしの存在をお疑ひになつたら、わたくしはお終ひでございます。――それは()()()()()あなたがわたくしの中に理想の女性を失はれるといふことにもなるのでございます。



 Villiers de l'Isle-Adam (1886). L'Ève future.

 (ヴィリエ・ド・リラダン. 齋藤磯雄 (訳) (1996). 未来のイヴ (第八版). 東京創元社)



***


人形たちのサナトリウム

第1章「シティ・ダルムシュタットの花嫁人形」

おわり

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