7-3「ある日、司書さんがおちてきて」
わたしとメラニーが当院の敷地中央、生産棟の東側へと駆けつけたところ。
甲高い子供のような声がいくつも、やいのやいのと声を上げていました。
声の主、十二機のメスキューくんたちが刺股を持ち、学者然とした少年型の人形を取り囲んでいました。刺股の柄には探照灯が装着され、薄い青緑の髪に黒い角帽を被った人形を四方八方から照らし上げていました。
「やいやい! 動くな!」
「手を上げろ! さもなくば撃つ!」
「口も開くな! ボクたちは騙されやすいんだからな!」
「ところで動くなと言いつつ手を上げろって矛盾しているのではー?」
「動くな! かつ手を上げろ! そしたら撃たないでやる!」
「こいつぁ魔女裁判もビックリの理不尽だぁ」
丸い眼鏡をかけた学者さんのような人形はというと、ぼんやりとした表情で両手を上げ、無抵抗の意を示していました。
彼の後方には、円筒の構造物が鎮座していました。高さ一メートル程度、直径も一メートル程度でしょうか。円筒の上部からは数本のワイヤが伸び、何やら布めいたものに繋がっていました。探照灯の光が途切れていて、布の大きさは分かりません。
まさか。まさかですよね。
と。メスキューくん越しに、彼と目が合ってしまいました。
「おや。おやおやおや?」
ぼんやりとしていた表情が一転、目が見開かれ、探照灯の光を爛々と反射しました。挙げた手の右手首だけが動き、ぴっとわたしを指差します。あ、やっぱりわたしですか。
背が高いとこういう時に損ですね。メラニーはメスキューくんで半分以上隠れてしまいますから。
「もし、そこな看護人形のお方。自分、シェンツェン大図書館よりまかり越しました、エーセブンであります」
明るい声音でエーセブンと名乗った彼の服装は、黒い角帽の下に円い眼鏡。厚手のジャケットの下にはドレスシャツ、タイはだらしなく緩んでいました。ハーフパンツの下には黒いタイツ、足元はごついブーツで固めていました。
全体として、動きやすそうです。緩んだタイを除けば。
仕方ありません。メスキューくんの間を縫って、わたしは侵入者さんの前に立ちました。
「あなたを拘束します。大人しくしてくれれば危害は加えません」
「ごもっともであります。ささ、どうぞ捕縛してください」
彼は黒い手袋に包まれた両の手首をわたしへ差し出しました。手錠をかけてくれと言いたいのでしょうか。
わたしは手近なメスキューくんの前面カバーを開き、結束バンドを三本抜き取りました。結束バンドは何かと便利なので、だいたいの個体が収蔵しています。
「後ろを向いてください」
「了解であります」
すんなり後ろを向いてくれました。腰の後ろには厚さ十センチほどの四角い鞄が吊ってありました。留め具を外してメラニーへ渡します。
「この鞄は一旦お預かりします。メラニー」
「ん。取り調べ、終わったら返します」
「これはどうもご丁寧に。中身は空っぽでありますが」
彼の言うとおり、革の鞄は空っぽでした。何のために持ってきたのでしょう。
「手を後ろに回して。親指を重ねて……そうです。失礼します」
親指に加えて手首も。二本の結束バンドを8の字に捻って固定します。捻りを逆にすれば、手袋をしていても容易には抜け出せません。
「ふむふむ。その手際、逮捕術を学ばれておりますな」
無駄に鋭いですね、この侵入者。
看護網絡経由でジュリア看護長へ報告を入れます。
ハーロウ:@ジュリア 侵入者を確保しました。男性型の人形が一体。連行します。
ジュリア:@ハーロウ お疲れ様。セイカ先生の診察室までお願い。
ハーロウ:@ジュリア もう眠っていらっしゃるのでは?
ジュリア:@ハーロウ 目が冴えてるんだってさ。早く連行してあげて。
わたしとメラニーが起こしてしまったせいですね。
「ではこちらへ」
わたしが侵入者さんの隣に並び、右腕を絡めてがっちり把持しました。これで容易には逃げられません。周囲はメスキューくんたちが固めてくれています。
「彼らは兵站輸送ユニットからの転用品でありますね。ツクバ……いや、パサデナの手が入っておりますな。ははあ。なるほどなるほど」
真っ暗な夜道をゆっくりと歩きます。
「ほうほう。こちらの芝は……なるほどバミューダグラスでありますな。手入れが行き届いておりますなあ……むむ? ややや? これは……よもや、マルバハタケムシロ? 何とナントの遭難船。渡り鳥は知っていたというわけでありますか」
芝生から歩道へと出ると、わたしたちの存在を検知した街灯が灯りました。開放病棟へ向かうにつれて、ぽつんぽつんと順繰りに点灯していきます。
「スペクトルは……なるほど、太陽光と同等でありますか。道理で色の再現性が高いわけであります。しかし不思議でありますな。夜間の視認性だけを考慮するなら五〇〇ナノメートル程度の単色光でも用を成すはずでありますが……」
独り言の多い人形ですね。捕縛されているという自覚が無いんでしょうか。
わたしだけだんまりなのも芸が無いので、簡単に質問しておくことにしました。
「取り調べの前に少しだけお尋ねします。正直に答えてください」
「ご随意に。お話しできる範囲ではありますが、可能な限り開示するのが自分の責務でありますので」
何でしょうね、この主導権を握られている感じ。
「では、人形分類、個体識別名称、ご出身、ご所属を端的に」
「自分は司書人形のエーセブンであります。出身はシティ・シェンツェン。シェンツェン大図書館の備品であります」
「司書人形、ですか」
聞いたことのない分類です。
わたしの声色から内心を読み取ったのか、エーセブンと名乗った人形さんはご丁寧にも補足してくれました。
「困惑はごもっともであります。あまり見ない種類でありますから。一応、アレクサンドリアにもおりますが」
「……普段はどんなお仕事を?」
「文献の収集、整理、保存に従事しております。ゆえに司書人形であります」
「その司書人形さんが、なぜ当院へ?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
司書人形さんが身じろぎしたので思わず腕を捻り上げました。司書人形さんは前のめりになって声を上げました。
「あいたた」
「あっ」
すみません、と言いかけて、止めました。随分と愛想の良い人形ですが、彼はあくまで侵入者です。甘い態度を見せてはいけません。
「急に動かないでください」
「いえいえ自分が悪いのであります。それより当院、とおっしゃいましたか。となるとここはやはり病院でありますね」
「む……」
すわ失言か、と内心で焦りましたが、そもそも看護帽を被った人形がいる時点で病院であることは明々白々です。人形が頭部に着用する装飾品は、アンテナを保護する部品、かつ自身の分類を示すシンボルでもあるのですから。
「おっと話が逸れました。なぜ自分がここへ、というご質問でありましたね」
「はい」
「端的に言えば、何も無いことを見つけたからであります」
「はい?」
「シェンツェン大図書館は『人類の営為を黙々と記録する』ことを理念としております。自分も日夜、情報の収集、整理、保存にいそしんでおります」
「はあ」
「三日前のことでありました。自分がとある筋から頂いた情報を多方面から精査しておりましたところ、巡り巡って『南太平洋の沖合に何かがある』と仮説が立ったのであります」
あれですかね。百科事典をめくっていたらあっちこっちのページを行き来してしまう現象。
「ところが。該当の海域には何も無かったのであります。衛星写真には海だけが写り、近隣を回遊する潜水人形の証言も皆無。すなわち、状況証拠は真っ黒、直接証拠は真っ白であります」
「……そうですか」
青十字による、当院の隠蔽。そう考えれば、彼の証言におかしな所はありません。
徹底した隠蔽がかえって情報の穴を浮き彫りにした、というのは皮肉な話ですが。
「自分は全てを記録する存在であります。白黒はっきりさせるため、自分が直接赴いた次第であります。以上であります」
不可解です。
シティは、シティの利益にならないことは行わないはず。はるか遠い地に認めた情報の整合性を確認する。ただそれだけのために、わざわざ南太平洋の沖合なんていう辺境に人形を派遣するとは思えません。
いくら状況証拠がクロだとしても、直接の証拠となる衛星写真や潜水人形の証言が無かったのなら、偶然、あるいは疑似相関であると結論する方が自然なはず。
そもそも止まり木の療養所は、外部からの干渉を受け付けず、外部への干渉を許さない、独立独歩の施設です。シティの人形が関心を持つような施設では――
うつむいて思索にふけっていたわたしの背を、メラニーの声が軽く叩きました。
「ハーロウ。あとはセイカ先生に」
「……そうですね」
彼は口が達者な様子ですし、洞察力も鋭いようです。わたしなんかが下手に質問しようものなら、逆手に取られて彼が望む情報を引き出されてしまうでしょう。
人形のことは人形の専門家に。
一等人形造型技師のセイカ先生なら、事態を的確に収拾してくれるはずです。




