0話「人生最悪の日」
飲み過ぎて頭が痛い。
いつの間に寝室に移動したんだろう。ベッドボードの時計を見ると、深夜3時を回ったところだ。
普段酒が入ると滅多に目覚めないが、この日はあまりの頭痛に目が覚めてしまった。
3か月ぶりの親友との再会に、羽目を外し過ぎてしまったらしい。
(頭痛薬は確かキッチンか?香織はまだいないから隆二の相手をしてるのか。ちょっと探してもらおう。)
ふらつきつつ、なんとか1階へおりる。
廊下にリビングの明りは届いているが、話し声は全くしない。
(なんだ、皆寝落ちしたのか?ってあれ、誰もいないな。)
「コンビニに買いに行ったとか?」
薬を探してもらうことは諦め、冷蔵庫に水を取りに行く。アルコールで渇いていた体に水が染み込み最高に美味い。
俺は疑うことなく携帯に連絡が来てるかもと寝室に戻ろうとしたとき、なんとなく視界の端に給湯器が目に入った。
「こんな時間に誰か風呂に入っているのか?」
まだ何も理解していないはずなのに、さっと血の気が引いていく。コップをシンクに置いた音がやけに響いてびくついた。
給湯器の消し忘れか?でももし誰かが入っていたら消されると困るはず。きっと隆二か香織が酒をこぼして入っているんだろう。無くなった酒を補充しにコンビニに買いに行っているとか?
冷静に考えれば可笑しな点はいくつもあるが、二日酔いで思考力が落ちた頭ではそうに違いないと思い込み、ほっと息をつく。
ただ、念のため。念のため自分の考えが当たっていることを確認しよう。嫁一人でこんな時間に酒を買いに行かせるなんて最低だぞ。ちょっと確認がてら文句を言いに行かなきゃな。
納得したのであれば何故確認しに行ったのか。
今思えばどこかで悟っていたのであろう。
「おい隆二、おまえなに」
「ああん!!あぁ・・・やあっはげしぃ」
脱衣所の扉を開けると同時に、女の矯正が上がった。
「は?」
摺りガラスの向こう、男女の交わる音と共に影が怪しく揺らいでいる。
「あんまりっ・・大きい声だすなっ・・くっ。
まああいつは、酔うと起きねぇっ、から大丈夫だろう、がっ。
くそ・・・旦那がいるのに・・・こんな濡らして、イヤらしい女だな!」
「あぁ・・・あきらさん!ごめんなさいっ、気持ちいぃ」
色々なものが通り過ぎたのか妙に頭が冴えていた。まるで映画のワンシーンを見ているかのような気分だ。他人事だったのだろう。震えもなく迷いない足取りでドアに向かい、勢い良く開けた。
「「え・・・・」」
二人は浴室の縁に腰掛け、こちらの正面を向いていた。そのせいで否が応でも細部まで見えてしまう。
状況が呑み込めていないのか、繋がったままこちらを見ている二人が何だか滑稽で笑ってしまった。
「あ、あの!あきらさん・・・これは違うの!!」
自分の妻であった女が訳の分からない言い訳を始めた。
今日が初めてなのとかお酒に酔いすぎちゃって、今なんでこんなことしてるのかわからないとか。
愛しているのはあなただけ、わかるでしょう?とか。
だが、訳の分からなさであれば俺の方が上だっただろう。
「俺の方が!!俺の方が隆二の事を愛しているのに!!!」
気が付くととんでもない失言を口走ってしまっていた。
「「へ?」」
「あ」
自分の失言に気づき、絶句する俺。今日一番血の気が引いていき、微かに足が震えた。
親友と妻は何を言われたのか理解が追い付いていないのか、同じように絶句している。
だが、永遠に感じられた沈黙も長くは続かない。徐々に二人に軽蔑の色が浮かんできた。
「最低。彰さんってゲイなの?」
「違う!これは親友に裏切られたショックで」
「俺の事そんな風に見てたのか。気持ち悪い。ゲイのくせにかおりちゃんと結婚して裏切ったのはお前だろ。最低野郎だな、見損なったぞ」
「私ってゲイに抱かれて子供まで産んだとか最悪だわ。最初から隆二さんと結婚すればよかった。よく私たちに文句を言えるわね」
きっと過剰防衛だったのだろう。
二人は自分達を正当化させるため、これ幸いと俺の失言に飛びつきありとあらゆる言葉で俺を罵倒し続けた。耐えられず、自分の家から逃げ出す。
言葉の刃が痛すぎて、あそこにいたら殺されると思った。