異世界人は肝心な事は教えない
真人様を引きずりながらしばらく歩いた所で立ち止まり、私は真人様の鎖の拘束を解いた。
「おお! サンキュー! ユナちゃん!」
晴れて自由の身となった真人様は背伸びをしながら立ち上がった。
「いやあ、まさかあんな事になるなんてなぁ」
「真人様が関わるとろくな事が起きません」
「ええ!? ひどいぜユナちゃん。せっかくフィリップ王子のピンチを救ったのによぉ」
……確かに。
何だかんだであの性根が腐った連中の前で、フィリップ王子のエロ本が開示される事は免れた……が……。
「って、そもそもの原因はあなたなんですけど」
しかも今頃、あの部屋の中では国王も巻き込んで地獄の朗読会が行われている。
「はっはっは! まあエロ本が母親に見つかるのは誰もが経験する事だぜ! これも青春だよなぁ」
そんな話を交わしている私達の前に、突然誰かが立ち塞がった。
「貴様ぁ! さっきはよくも!」
そう声を荒らげる男の正体はナイル国王子のヴィートだった。
真人様を憎らしそうに睨みつけ、怒りに震えているようだ。その後ろには私を馬鹿にした護衛が立っている。
まあ、その件に関しては別に根に持ってはいないが。
「……誰だお前?」
真人様は何も覚えていないかのように首を傾げている。
いや、さっきあなたが使った特殊スキルの被害者だよ。
「この! ふざけやがって!」
ヴィートは真人様に向かって駆け出し、拳を振り上げ殴り掛かろうとしている。
私が対処しようと動いた時、目の前に真人様の手が伸びてきたので、私は足を止めた。
そしてヴィートが真人様の顔面に拳を突き出した瞬間、真人様は前かがみになってそれを躱し、ヴィートの懐に入り込むとその腕を掴んでぶん投げた。
「ぐっはぁ……!?」
ヴィートは地面に叩きつけられたままの状態で、状況が飲み込めず放心状態になっている。
それは昨日の授業の中で、私が真人様に仕掛けた技と同じだった。
昨日の私の授業がさっそく役に立つとは。
「こ……この無礼者がぁ!!!」
ヴィートの護衛は鞘から剣を引き抜くと、真人様に斬りかかろうとしたが、私は瞬時にその間に入り込み、その剣を握る手を下から蹴りあげた。
護衛が手放したその剣はその頭上高くに投げ出され、クルクルと回転しながら滞空している。
それに気を取られている護衛の足元を、私は自分の足で引っ掛ける様にして転ばせ、床へ仰向けになった状態のその額に人差し指を当てた。
「どう? 動けるかしら?」
「う、動けない。離せ……離せえええええ!」
そう叫ぶ護衛の目の先には、先程まで滞空していた剣が回転を止め、下降を始めた。
「ただの侍女に人差し指1つで動けなくされるなんて、そんなので護衛が務まるのかしら?」
「悪かった! 悪かったから離してくれえええええ‼」
落ちてくる剣の先が護衛の顔面を貫こうとした時、その剣の柄を私はパシっと掴んで止めた。
剣先を突き付けられたその顔は恐怖に歪み、潤んだ瞳からは涙が零れた。私は満足げに微笑むと、その男の鞘に剣を戻してあげた。
「あんたらなぁ……せっかく命拾いしたってのに、もっと慎重に行動しろよなぁ? なあ、ユナちゃん」
そう言うと、真人様は私に向かって片目をパチリと閉じた。
ああ、やっぱりこの男。
私の殺意に気付いてたか。
「は? 何のことを言ってるんだ?」
ヴィートは起き上がると怪訝な顔で真人様を見たが、私の足元で戦意喪失している護衛に気付き、舌打ちした。
「ちっ! おい、帰るぞ!」
「は、はい」
足早に去っていくヴィートの後ろをほふく前進しながら護衛が付いて行った。
その後ろ姿を真人様は手を振りながら見送っている。
そんな真人様を少し後ろで私は見ていた。
『異世界人の先輩としてよろしくな。魔法使いの姉ちゃん』
それは真人様と初めて会った時の事である。
王城の廊下ですれ違った時、私にだけ聞こえるように耳元でそう言ったのだ。
この男は最初から、私が異世界人である事を知っていた。
しかも、私が魔法を使える事すら見抜いている。
恐らくこの男の特殊スキルは、相手の性的嗜好を読み取る事だけではないのだろう。
当初は真人様を警戒し、行動を探った時期もあったが、ナンパを繰り返し、エロ本を買い集めるその姿を見て馬鹿らしくなってやめた。
真人様が何かを隠しているのは確かなはずだが、どうしてもその尻尾を掴むことは出来ない。
この男、余計な事はたくさん教えてくれるが、肝心な事は一切教えてくれないのだ。
しかし彼がやって来てから、この国はだいぶ変わった。
冷酷王子は無邪気によく笑うようになり、威厳の塊みたいな国王が纏っていた緊張感は和らいだ。控えめで従順だった王妃はよくお話されるようになった。
殺伐としていた王城の雰囲気も見間違えるように明るくなり、それは国全体にも広がり始め、国全体を包んでいた淀んだ空気は一瞬にして澄み渡った。
それはまるで世界が変わったかの様に――。
だが、今回の件はさすがの真人様もタダじゃ済まないだろう。
「フィリップ王子の特別講師も、次からは無いかもしれないですね」
私は真人様にそう声をかけると、真人様はあまり気にしていない様子でポリポリと頬をかきながら口を開いた。
「ああ、俺が特別講師を辞めさせられる、なんて事はないと思うぞ?」
「え?」
そう自信満々に言う真人様にびっくりした。
何の根拠があってそんな自信に満ち溢れているのだろうか。
「だってあの王妃様、俺とフィリップがデキてるのを妄想して楽しんでるからな」
「…………はぁ!?」
思わず声をあげてしまった私に、真人様はすぐに弁明を始めた。
「ああ、もちろん俺とフィリップはそんな仲じゃないぞ?俺もフィリップもかなりの女好きだからな!」
威張るところではないと思うが、それは2人を見てきた私にはよく分かっている。
……が……
え? ソフィア王妃が? フィリップ王子と真人様を付き合っていると? 妄想してると?
「ほら、よくあるだろ?男同士がイチャつくのを好きな……BLっていうやつ。あの王妃様もそういう類が好きなんだよ」
「…………はあああ!?」
真人様の衝撃的な発言に私は驚きを隠せずにいる。
え? ソフィア王妃にそんな趣味が?
確かに、他国の異世界人が広めたBLという文化はこの世界の人々に衝撃を与え、ある一部の女性陣には絶大な人気を誇っていると聞いたことがある。
まさかソフィア王妃もそのうちの一人だったとは。
というか、だとしても自分の息子とその友人をBLと見立てて楽しむのはアリなのか!?
私に真人様の授業の話を毎回詳しく聞いてくるのって、そういう妄想のためのネタ探しだったわけ!?
「あ、これもしかして教えちゃいけないやつだったか?」
「知りたくなかった……」
出来れば知らないままでいたかった。
知ってしまった今、私は一体ソフィア王妃に今後、何を報告すれば良いのだろうか?
今日は何センチ先まで顔が近寄ってましたーとか、こんな絡みがありましたーとか?
報告する内容のどこに重きをおくか。それが変わってきてしまう! どうすればいいの!?
頭を抱えている私の事を気にする様子もなく、真人様は鼻歌交じりに食堂へと向かっている。
本当に……
本当にこの男は余計なことしか教えないな‼
その頃、朗読会の真っ只中の部屋で、死にそうな表情のフィリップ王子が手にしている本の中からバサバサと数枚の紙が落ちていった。
だが誰もその紙を気にする余裕は無く、気に掛ける者はいない。
その紙に書かれている文章の最後にはこう書かれている。
『異世界人の山森真人には、くれぐれもご用心ください』
貴重なお時間を頂き、最後まで読んで頂き本当にありがとうございますm(_ _)m
楽しんで頂けましたでしょうか?
この作品はこれで完結です。
ご愛読ありがとうございました!