山森真人は余計なことしか教えない
「なんだと!? 貴様! やはり力を隠していたのか!?」
カダム国王は警戒しながらも強気の姿勢で声を上げたが、真人様に睨みつけられ、「ヒッ」と息を吸い込んだまま怯えている。
真人様は睨みつけたまましばらく動かずにいた。
その様子に、怯えていたカダム国王も次第に頬が緩み、その口から乾いた笑いが発せられた。
「はっはは。ビビらせおって。拘束された状態のお前に何が出来ると言うのだ!?」
すると真人様は閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「あんた……衣装プレイに興奮するんだな。その中でもメイド服が一番のお気に入りみたいだな。あんたのとこの侍女はさぞ若くて可愛い子で揃ってるんだろうな!」
「……え?」
「……なんですって?」
カダム国王は真人様の予想外の発言に、目が点になって動かなくなる。そして目線だけゆっくり動き、隣のカダム国王妃の様子を伺ったが、物凄い形相で睨まれると直ぐに顔を伏せた。
しかしカダム国王妃はそのまま顔を近付けると、カダム国王に話しかけた。
「最近、私の周りの侍女がなんだか羽振りが良いようなのだけど。あなた、心当たりある?」
「ち……ちがう! 誤解だ! 私は何もしとらんぞ!」
「最近もまた若くて可愛いらしい侍女を数人雇っていたわよねぇ?」
「そ……それは! とにかく誤解なんだ‼」
……さすが真人様。
相手の性的嗜好を読み取るという特殊能力をこんな形で使いこなすとは。
今のカダム国王は、もはやあの本の中身を追求する余裕はない。
妻からの追求を逃れる事に全力を注いでいる。
ダリウスト国王は、突如として痴話喧嘩が始まったカダム国王夫妻の様子を固唾を呑んで見ていた。
「なんだ? 一体、何が起きておるのだ?」
その発言で真人様は次の標的をダリウスト国王にロックオンした。
「次はあんただな! ……ほうほう……あちゃぁ……あんた幼女趣味かぁ……程々にしとかないと、一歩間違えたら犯罪者になるぜ? 自分の娘を泣かすなよ?」
「は……?…………はううっ!?」
真人様の言葉で男はしばらく固まると、次の瞬間その顔が真っ青になり、口を開いたまま白目を向き、椅子にもたれかかったまま動かなくなった。
「……お父様? 一体どういうことですの!? お父様!?」
ダリウス国王女のスーランは軽蔑の目線を父親に向けながら立ち上がり、その肩を掴んで椅子の背もたれに叩きつける様に体を揺らすが、ダリウスト国王は白目を向いたまま意識は戻らない。
「は……ははは……異世界人様はすごいですね……僕は心の底からすべての異世界人様を支持します!」
次々と撃沈していく国王達を尻目に、突如ナイル国王が真人様に媚びを売り始めた。
しかし勢いに乗った真人様のターンはもはや誰にも止められない。
その瞳は次の獲物であるナイル国王を既に捕らえている。
「ひぃぃ‼」
「おおっとこれは……お前、変わった趣味があるんだな。見た目とは違ってドMなんだなぁ。その服の下の身体の傷は戦場の傷跡なんかじゃねぇ。女王様からのご褒美ってやつだな」
「………………はああっ……!!」
ナイル国王は、長い沈黙の後に衝撃を受けたように体を跳ねさせ、テーブルの上にそのままバタッと伏せるとピクピクと痙攣し始めた。
「父上!? まさか母上と!? そんな趣味があったのですか!?」
ヴィート王子が避難の声を上げるが、真人様はヴィート王子にも死の宣告を告げようとしていた。
「いや……お前……父親のこと何も言えないよなあ。入れられる方に興味があるのか?」
「…………かはぁっ……!?」
ヴィート王子は、まるで溝落ちを殴られたかの様にお腹を抑え、椅子から崩れ落ちた。
「あらあらまあ……うふふ」
ソフィア王妃は次々と倒れていく人達を見ながら、意味深に顔を赤らめながらも、完全に楽しんでいる。
そしてその笑みを浮かべたまま国王の方に顔を向けた。
「ねえ、貴方も何か真人に言ってみたら?」
ソフィア王妃の言葉に、アレイシス国王は曇りなき真剣な表情で答えた。
「必要ない。私は真人に絶対な信頼を置いているからな」
いや嘘つけ。
さっきここで真人様を処刑しようとした人間の発言とは思えない。
「あら、残念ねえ」
一瞬ソフィア王妃の笑みが冷たく感じたけど、気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。
国王の巨乳好きがバレたら……世代交代の日も近いかもしれないな。
それはともかく、先程まで水を得た魚の様に意気揚々と発言していた人達が、今は水が干上がった魚の様に死にかけている。
「み、皆様……一体なんなんですの……? なんておぞましいの……!?」
そんな声を上げたのは、スーランであった。怯える様に目に涙を浮かべながら、フィリップ王子を上目遣いで見ている。
「やっぱり私にはフィリップ王子しかいません!」
スーラン王女……この空間までも利用してフィリップ王子になんとか取り入ろうとする度胸は褒めてあげたい。
まあ、人の性的嗜好なんて、犯罪に走らなければその人の自由だと思う。
その点、フィリップ王子の場合、この国の法を破ったエロ本所持してるから、割とアウトだと思うんだけど。
そんなスーランを真人様はしばらく見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「あんた……そんな偽りの姿じゃあ、フィリップは落とせないぜ?」
「え? 偽りですって? 何を言ってらっしゃるの?」
「あんたの本当の姿はフィリップだってお見通しなんだよ!なあフィリップ!」
フィリップ王子はドヤ顔を決めて自信満々に頷くと、スーラン王女を見据えた。その目線は胸元を向いている事に、スーランは気付いていない。
「ああ、俺にもわかる。それは偽物だ!」
「な……!? なんで!?」
二人の言葉に驚愕の表情を浮かべると、小声で呟き始めた。
「まさか……私の本性を見抜いてるってことなの……?」
いや、多分その自己主張の激しい胸の事を2人は言っている。
真人様の最初の授業の成果で、フィリップ王子は女性の胸が底上げされた物かどうかを見抜く技を習得してしまっている。
恐らく、初対面の時のため息は、「なんだ偽物か」とでも思ったんだろう。このクソエロ王子は。
しかしよくもまあこんなに盛って…………ちょっと待って。
もしかして、フィリップ王子の巨乳好きって、令嬢の間で有名なの?
夜会で最近令嬢が近寄らないのって……フィリップ王子が胸をガン見してくるからとか?
まさか……まさか……ね…………?
そんな恐ろしい考えを振り払い、現状を確認するが、既に誰も言葉を発すること無く、沈黙に包まれていた。
その時だった。
突如、ソフィア王妃がパンッ! と手を叩き、ニッコリと笑顔を見せた。
「なぁに皆さん辛気臭い顔してらっしゃるの! そろそろお腹が空いてきたんじゃありませんか? 軽い食事を御用意させて頂きましたので、皆さんで召し上がりましょう! 今日はそこにいる真人様御用達のお店からお取り寄せしましたの」
そう言うと、会場内に食事のお皿を乗せたワゴンがゾロゾロと運ばれてくる。
そしてテーブルに並べられた皿の蓋が開けられると……チーズ盛りだくさんのピザの数々が姿を現した。
ソフィア王妃……正直重たいです。
この会場内に、これを食べられるような胃の状態の者が残っているのでしょうか?
貴方と真人様以外で。
「ウッ……。申し訳ない。ちょっと……体調が良くないみたいで……今日はもう帰ってもよろしいでしょうか?」
ダリウスト国王は口元を抑え、そう告げるとゆっくりと席を立ち上がり、意気消沈しているスーランと護衛を連れてフラフラと部屋を出ていった。
その様子を見届けると、ナイル国王もすぐに立ち上がった。
「あ……ああ。私も持病の薬を持ってくるのを忘れてしまって……失礼させていただきます」
「ふふふっ……私達も帰りましょうか。帰ったら詳しく話を聞く必要がありそうですし」
カダム国王妃もそれに続く。その隣ではカダム国王がなんだか真っ白になっている。
ゾロゾロと部屋から人が出ていき、あっという間にこの場はアレイシス国の人間だけになった。
「あら、残念ねぇ」
そう言うと、王妃様はパクッと一口、ピザを口に含んだ。
「んん〜! 美味しい♡」
満面の笑みを浮かべながら頬に手を当て、ピザを堪能している。
「た……助かった?」
フィリップ王子は信じられないという様な表情で開示を免れたそのエロ本に目を落とした。
アレイシス国王もふぅっと息を吐き、安堵の表情だ。
しかし、私は気付いていた。
フィリップ王子のエロ本が置かれている机の隣に、不自然に置かれたワゴンとその上にのっかってる蓋がされたままのお皿に。
先程のピザと一緒に運ばれて来た物。恐らく、中身はピザでは無いだろう。
「あらぁ? こっちは何かしらぁ?」
そう言うと、ソフィア王妃は立ち上がり、そのワゴンの隣へ移動し、ゆっくりとその蓋を開けて見せた。
『アレイシス国の危機、暴かれた真実 第一章』
そう書かれた本の下にはまだ3冊ほどあるようだ。
「ハアアアアアアアアアァァァァ‼‼‼?」
アレイシス国王の絶叫が聞こえて、そちらを見ると、今度こそ顎が外れたんじゃないかと思うほど口を開き、この世の終わりを見るような表情でその本を見つめていた。
もう確認しなくても分かる。これ、アレイシス国王のエロ本でしょ。
薄々勘づいてたけど、ソフィア王妃は私の報告で真人様が教えたエロ本の隠し場所を知って、国王の本棚を全部調べさせたのだろう。
「さっき誰かが言ってたわよね?分かりやすいように読み上げてほしいって」
ソフィア王妃の声はワントーン下がり、アレイシス国王とフィリップ王子に話しかけた。
「私にも中身が分かるように読み上げてくれるかしらぁ?」
ソフィア王妃は笑顔だが、見開いたその目は恐ろしく冷たく……そうだな。戦場のフィリップ王子とよく似た人を殺す目をしている。
アレイシス国王とフィリップ王子はその目線を合わせられるはずがなく、机の上の一点を見つめたまま涙をうるませながら戦慄している。
「では、あとは御家族で水入らずの時間をお過ごしください」
私はそう告げると真人様の服の襟を素早く掴み、引きずりながら扉の外へ出る。それを皮切りに、部屋に居た他の従者達もゾロゾロと出て行き、三人を残したまま扉は閉められたのだった。