表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

フィリップ王子と異世界人

設定緩めのギャグコメです!

よろしくお願い致しますm(_ _)m

 ソワソワ……ソワソワ……。


 2人だけの部屋の中で、私の目の前をソワソワしながら行ったり来たりを繰り返す不審な男。


 その男は時々、廊下に繋がる扉をチラ見しては、ニヤけそうになる口元を必死に引き締めている。

 しかし次第に怪しげな笑みを浮かべはじめては、それを冷ややかな視線で見つめる私に気付き、自分の口元を手で覆っている。

 こんな状態でかれこれ20分。

 こんな奴が外をうろついていたら普通ならば通報されて然るべきである。

 しかし、彼に至っては通報されるなんてことはまずないだろう。

 なぜなら、この国で彼を知らない大人はいない程の有名な人物だからだ。


 ニヤニヤと笑みを浮かべる怪しげな男、こう見えて正真正銘のこの国の王子。

 アレイシス大国の第一王子、フィリップ王太子である。


 フィリップ王子の父親である現アレイシス国王は、先代の国王と正妃の間に生まれた子である。

 しかし、現国王よりも先に側室の子として生まれた義兄から王位継承権を奪う形となったため、それに反発した義兄と、それを支持する者達との間で、後継者争いが勃発した。

 現国王は自らの部隊を率い、圧倒的な力でこの戦いに勝利し、国王の座に就いた。


 しかし、この戦いをきっかけに争いの火種となる側室を置くことを嫌い、生涯ただ1人の女性を愛することを誓った。

 やがて現王妃であるソフィア王妃と結婚し、フィリップ王子が生まれた。

 だが、それ以降は子供に恵まれる事はなかった。

 もともと、アレイシス国王は代々子供が産まれにくい家系なのであった。


 たった1人の王子として大事に育てられた彼だが、その日常は決して平穏なものでは無かった。

 ただ1人だけに与えられた王位継承権を所持する彼は、国王に恨みを持つ義兄、更にその継承権を息子に与えたい義弟の脅威にさらされた。

 物心着く前から幾度となく命を狙われ、生死を彷徨う事もあった。

 何度も信じる者に裏切られ、殺されそうになった彼は絶望し、人を信じる事をやめた。


『自分の命は自分で守る』


 そう決意した彼は、過酷な鍛錬を自分に課せ、14歳になる頃には己の実力を見せつけるために戦地へと赴き、次々と戦果を挙げていった。

 フィリップ王子と共に戦った兵士達は、彼に剣を向けた者は1人残らず息絶えたと語った。

 それはまるで少年の姿をした死神の様だったとも……。


 そんな彼は、先日16歳を迎えた。

 次期国王として英才教育を受けてきた彼は、頭脳明晰で、国政にも詳しく頭の回転も早い。

 父親譲りの長身に加え、幼い頃から続けている日々の鍛錬により程良い筋肉質に仕上げられた体格のおかげか、実年齢よりも少し大人びて見える。

 透き通る様なブロンズヘアーは歩く度にサラサラと弾み、スカイブルーの瞳は宝石の様に輝き、見る者の心を奪う。彼の容姿の美しさを前に惚けて動けなくなる女性達は数知れない。


 しかし常に死と隣り合わせにいる彼は、どんな時も警戒心を解くことはなく、人前で笑う事も、隙を見せる事も無い。

 その姿から「冷血王子」などと裏では呼ばれ、最初は王太子という立場とその美しい容姿に惹かれて近寄る女性達も、次第に彼を遠ざけるようになった。


 彼は常に孤立しており、その心は完全に閉ざされていた。

 ……はずであった。


 「死神」「冷血王子」などと言われている彼が、にやける顔を抑えられない程に心躍らせているのは、今から彼の大好きな人物が来る予定だからである。

 まるで恋焦がれる女性を待っているかの様だが、彼が待っているのは残念ながらそういう相手ではない。

 彼が今か今かと待ちわびているのは、彼の友人であり、これから始まる授業の先生であり、この世界ではない何処かからやってきた異世界人である。


 バァン‼


「よお! フィリップ! 久しぶりだなー‼」


 ノックもなく、勢い良く扉が開き、それと同時にズカズカと部屋の中に入ってきた男を見て、私は自然とため息が出てくる。

 そんな私とは対照的に、ぱああっと満面の笑みを浮かべながらフィリップ王子はその男に駆け寄った。


「真人! 久しぶりだな! 待ってたぞ‼」


 久しぶりだと言い合う2人だが、つい1週間前に会っている。


 山森真人(やまもりまひと)。自称18歳。

 この国では珍しい漆黒の瞳と同様の髪色をした短髪の彼は、半年程前にこの世界へやって来た異世界人である。


 この世界には時々、この世界とは異なる世界から人がやって来る。


 何故そんな現象が起きるのかは解明されていないが、この国で発見された異世界人はこの王城へと連れてこられ、監視も兼ねて数年は王城の中で暮らす事を強いられる。

 そして危険な人物で無いと判断された場合にのみ、晴れて自由の身となる事が出来るのだ。


 真人様はその人懐っこい性格と王族相手にも臆しない態度を気に入った国王が、息子に異世界での知識を教える特別講師になって欲しいと直談判し、1週間に1度程、この男による授業が行われることになった。

 そして今日は真人様による8回目の授業が行われる日だ。


「ふっふっふ。今日はなんと、お土産持ってきたぞ! 一緒に食おうぜー!」


 男は手に持っていた手提げ袋をフィリップ王子に差し出すが、すかさず私が間に入り、その袋を受け取る。


「真人様。失礼ですが、フィリップ王子が召し上がる物は毒味をする必要がございます。それに外からの持ち込みとなれば、傷んでいる可能性もあるため、残念ながらフィリップ王子がこちらを召し上がる事は難しいかムグゥッ‼」


 私が話終わるのを待たずに、真人様の手により私の口の中に何かが押し込まれた。


 ちょっと何をす……美味しいなこれ。


 非難の言葉を投げかけるよりも早く、口の中に広がった濃厚なチーズの風味とふわふわなのにモチっとした食感に意識を持っていかれた。

 香ばしいパン生地、濃いめに味つけられたお肉が、口の中で絶妙なハーモニーを奏でている。

 この王城で使用人達に出される食事はいつも十分すぎるくらい美味しいのだが、そんな上品な味とはまた違った美味しさ……飲み込んだ後にもう1口!と何度も味わいたくなり思わず病みつきになってしまう。


「なんだこれ!? うっま‼」


 私が食べる事に夢中になっている間に、手に持っていたはずの手提げ袋が無くなり、いつの間にかフィリップ王子も真人様が持ってきた食べ物を食べている。


「美味いだろぉ? 『ピザ』って言って、俺の世界にもあったんだけど、最近こっちでも見かけるようになったんだ。ほんとは丸々1枚持ってきたかったんだけど、あまり大きいもんになると城には持ち込めないからな。切り分けられたやつを買ってきたんだぜ」


 そう言うと真人様も袋から取り出したそれを食べ始めた。

 って、いくら美味しい物だとしても、毒味も無しに外部から持ち込んだ物をこの国の王太子に食べさせるのはさすがにアウトだ。


「まひふはま‼ はむむむむはむんんんん‼」


 私は必死に訴えたが、口の中の大半をピザが含めている為、喋ろうにも喋れない。

 そんな私を真人様はモグモグと口を動かしながら、じっと見つめた後、ゴクリと飲み込み、弾ける様な笑顔を私に向けた。


「はは! ユナちゃん可愛いな‼」


「……!?」


 なっ――。


 突然の言葉に私はカッと顔が熱くなるのを感じた。


 私の容姿はお世辞にも可愛いとは程遠い。

 華やかさのない焦げ茶色の髪は飾り気のないシュシュで一纏めにしており、濃紫色の瞳は寝不足のせいで濁っている。

 着用している侍女の制服も令嬢達が着る様な華やかなさは無く、黒服のワンピースに白く何の柄もないエプロンという地味な格好だ。


 なので可愛いと言われた事なんてここしばらく全くなかった訳で……真人様の言葉に不覚にも少しときめいてしまった。


「まあ、毒味なら俺もさっき食べて平気だったし、大丈夫だろ! もし傷んでたとしても、出すもん出したらすぐ治るんじゃねーの?」


 前言撤回。

 私の感じたときめきという感情はコイツの発言と共にトイレに流そう。


「真人、この食べ物を作ったお店を後で教えてくれないか。レシピを教えて貰って城のシェフに作ってもらおう」


 いつの間にか完食したフィリップ王子がナフキンで口を拭いながら真人様に話しかけた。

 先程は毒味やら食中毒やらを心配していた訳だが、幼い頃からあらゆる毒に触れざるをえなかった彼には毒の耐性もついているため、多少の毒や食材の傷みくらいで体調を崩すような体ではない。

 ……が、それでもルールは守ってもらわなければ、フィリップ王子の専属侍女である私の責任となってしまう。


「いや、やめた方がいいぜ。ここのシェフのことだから、どうせ上品な料理にアレンジされちまうだろ?」


 確かに、味は美味しいのだが、溢れんばかりにのせられたチーズはお腹に満腹感をもたらす。

 そのたっぷりのチーズがこの料理の美味しいところなのだが、栄養や質を重んじる城のシェフならば、王族向けに改良されるのは間違いないだろう。


「そうか……ならば、その店から直接取り寄せるとしよう。えっと……ピザと言ったか?」


 その言葉を聞き、真人様はニヤリと悪巧みのある笑みを浮かべた。


「突然だがここで問題だ! フィリップ、今から俺が出す問いに素早く答えてくれ!」


「あ、ああ! 分かった‼」


 突然始まった真人様の問題に、フィリップ王子はキリッと真剣な表情になり身構えた。


「じゃあ、まずはピザって10回言ってみ?」


「ピザ? さっき食べたヤツの名前をか? ピザ、ピザ、ピザ――」


「あー違う違う! もっと早くだ! 連続で! もっかい最初から10回! はい!!」


「ピ……ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!」


「じゃあここは!?」


「ピザ‼ なっ……ピザだと!?」


 王子はそう答えた瞬間にハッと我に返る。

 真人様が指していた場所は自分の膝である。


「なぜだ!? そこは膝だ‼ 頭では分かっているのに何故ピザと答えてしまったんだ!?」


 王子は自分の発言が信じられないと言わんばかりにワナワナと震えながら自問自答している。

 それを真人様はにんまりと満足気に目を細めている。


「ふふふふははははは! ひっかかったな! さすがフィリップは期待を裏切らないなぁ」


「真人! な、なぜだ!? 今なぜ僕はピザと言ってしまったんだ!?」


「それは俺にもよく分からん!」


「なんでだよ!? じゃあなんでこんな問題出したんだよ!?」


 私も聞きたい。


 2人は全く中身のない会話で盛り上がっているが、その様子を見つめる私には今更何の感情も湧いてこない。

 この光景はもう見飽きている。

 この2人、毎回こんな感じのくだらないやり取りを延々と繰り返している。


「もう1回! もう1回だけやらせてくれ!」


「よっしゃやってみろ!」


「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!」


「じゃあここは!?」


「ひざ! ……膝じゃないだと!?」


 真人様が指さしているのは膝ではなく肘である。


「なぜだ! なぜこんな簡単なことに引っかかってしまうんだ!?」


 私も聞きたい。


 一国の王太子がこんなくだらない遊びで糸も簡単に引っかかってしまってはこの国の将来に不安しかない。


「ほんとお前は素直だよなぁ。このまま変わらないでくれよな」


 それは困る。変わってくれないとこの国が傾きそうだ。


 フィリップ王子はテーブルに両手を付き、悔しそうに唇を噛み締めていたが、しばらくすると顔を上げ、私の方をじっと見つめてきた。

 その意図を察した私は小さくため息を付くと、大きく息を吸い込み――。


「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」


「じゃあここは!?」


 王子の指さした場所が肘である事を瞬時に確認し、私は素早く答えた。


「関節」


「ふふふふ! ひっかかったな! ここは肘だ……って……なっ!? 関節だと!?」


 一瞬喜びに顔を歪ませたフィリップ王子だったが、すぐに驚愕の表情へと変える。

 そう、私の答えは間違いではない。

 肘は体に数箇所存在する関節の1つである。


「関節って……そんな答えはありなのか!?」


「フィリップよ。この世の中、皆がお前みたいに素直な奴ばかりじゃないんだぜ。残念な事にひねくれた大人が大半を占めているんだ。お前はもっと自分を誇っていいんだぞ」


 悔しそうにするフィリップ王子の肩に真人様が手を置き、励ましの言葉をかけている。

 しかしその言葉に何か引っかかる。

 今のこの男の発言は、私がひねくれた大人の一人であると言っているようなもんだ。


「真人様、本日の授業お疲れ様でした。次回があれば、また宜しくお願い致します」


 私は作り笑顔を浮かべながら、真人様の背中を押して部屋の外へと追い出す。


「いやいや! まだ授業は始まってないから!」


「待てユナ! お願いだからまだ真人を帰さないでくれ!」


 真人様を部屋から追い出し扉を閉めようとする私を2人は慌てた様子で引き止めている。


「それならいつまでも遊んでいないで、さっさと授業を始めてくださいよ」


 凄む私に2人は「はい……」と小さく返事をすると、部屋の中へと戻って行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだろう、この男子高校生のようなやり取り(笑) 男って確かにこんなくだらないやり取りやりますよね。 フィリップス王子と真人のやりとり楽しみに読まさせてもらいます( ‘ 0 ‘)ノ [気に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ