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こだま憑き  作者: ブルージャム
第四部 平成編
45/73

森林の剣  故郷を離れて

 武は、重たい身体を無理やり起こして、玄関の三和土に下り、ドアを開けた。

 細い金属縁メガネの、眠そうな顔をした若い男が立っていた。 

 誰だったかな……顔には見覚えがある。


「隣の部屋の者です。これ、どうぞ」

 ああ、そうだった。

 今日の朝、会った青年だった。

 いかん、いかん、今日会ったひとの顔を忘れるとは……。

「あ、ありがとう。俺は、宮田武」

「松田茂といいます。……よろしくお願いします」

 メガネの青年は、ひょこっと頭を下げると、菓子折りを置き、隣の部屋に戻っていった。

 さっそく箱を開けると、どら焼きのような丸い生地に、ブルーベリー味の紫色のクリームが入った甘い菓子だった。

 ちょうど、甘いものに飢えていた武は、あっという間に、5個をたいらげた。自分は何も渡してないことに気づかず、なかなか良い青年だ、隣人が良い人でよかったと、喜んだ。


                    ★


 新幹線から降りた、武の後ろの座席に座っていた男は、街の北側の、小さな家屋の密集した、せせこましい住宅街の、一軒の古い民家の前にいた。そこは、男の生まれた家だった。

 祖父が亡くなったとの連絡があり(父母や祖母は、とっくの昔に亡くなっていた)何年ぶりかで、帰ってきたのだ。


 玄関の引き戸は鍵がかけられており、力いっぱい引いても、まったく動かない。こんなに、しっかりした戸だったか……祖父の一人ぐらしになって、用心のため、補強したのかもしれない。

 祖父の死を知らせてくれた近くの伯母のうちに行ってみた。が、そこも、閉まっていた。

 ちょうど、道に出てきた隣の家の、親切そうなおばさんに訊くと、旅行に出ているらしい。今日、帰ってくると知らせていなかったのだから、しょうがない。


 伯母の手紙にあった実家の家屋の管理を任せられている不動産屋を訪ねたが、うさんくさそうな眼でみられ、伯母に確認がとれなければ、鍵は渡せないといわれ、途方に暮れた。身体は疲れきって、金も少ししかなかく、安いカプセルホテルにも、泊まる余裕はなかった。

 ああ、そうだ。そういえば、近くに神社があった。子どものころ、境内でよく遊んだ。

 あそこの軒先なら雨風をよけて、野宿ぐらいできる。


 神社は、変わっておらず、管理も、昔通りずさんで、本殿のまわりは、草ぼうぼう、めったに人が来ていないのは、明白だった。

 男は、軒下に入り込み、横になった。さいわい、今日は、夏日というのか、暖かかった。古びた木材や石材から漂う、かび臭い匂いが、子どもの頃を思い出させ、ホテルなどより、かえって、安心して眠れた。


                    ★


 大学が始まると、武は隣の青年――松田茂と、毎日のように夕食をともにする仲になった。武と茂は、同じ学部で、受ける講義もほぼ一緒だった。

 武は地図を買い、武以上に方向感覚のにぶい茂を、この街に詳しいフリをして案内した。

 結果的に、二人とも道に迷い、目的地につくのを断念したことが、何度もあった。

 一人で道に迷うと、疲れてうんざりするだけだったが、二人だと、それもまた楽しかった。


 茂は、広島の出身で、実家は医院をやっているという。

 へえ、じゃあ、病気になったとき、すぐ診てもらえて便利だというと、笑って、うちは眼科だからという。

 眼科なのに、メガネかけてるんだというと、医者の不養生って、あれほんとだよと、真面目な顔で話す。

 ほかは知らないけど、と断わりながら、眼のことは詳しいからという油断が、やはりあったという。両目で1.00まで見えたら大丈夫だからと、時々、疲れ目の目薬を出してもらって、勉強やゲームを夜遅くまでしていた。

 すると、みるみるうちに、視力が下がっていった。

「ちゃんと、椅子に座って、観る対象と距離をあけてれば大丈夫と、父も母もいってたんだが、僕自身は、その加減がわからないから、眼を酷使してしまった」

 ヒトのせいにするわけではないが、もう少し、有用なアドバイスはなかったのかと、今も不満に思ってるそうだ。


 茂は、結局、眼科医を目指さず、家を離れて一人暮らししたかったこともあって、この街の経済学部のある大学に進学した。

 医院の後継ぎは? と訊くと、姉と妹がいるから大丈夫だそうだ。どっちも優秀な、自慢の姉妹らしい。

 大学卒業後は、広島に帰らず、ここ関東で就職をして暮らしたいという。


 武も、まだ親にはいっていないが、就職はこちらでしたかった。

 地元が嫌いというわけではない。昔からの知り合いのいないところで、のびのびと暮らしたかったのだ。

 茂から、そんなに窮屈な土地だったの、と訊かれて説明に困った。


「窮屈というか……とにかく狭い街で、親類縁者が多い。小学校からの友人も含めると、知り合いは、膨大な数になる。――何の約束もせずに、街に出ても、必ずといっていいくらい、知り合いに会う。……とにかく、常に人の目を気にしていなくちゃいけない。知り合いにまったく会わずに一日を過ごしたのに、翌日、どこそこで、これこれをやってたね、と友人からいわれる」

「そりゃあ、大変だ。うちの地元も似たようなもんだけど――」

「だろ? 監視社会に住んでるようなもんだ。閉塞感がすごかった!」


 武は、反抗期でいろいろあったことを話し、姉が県外の大学へ行ったら、と進めてくれて、ここの大学を受験し、合格してから、ようやく気持ちが落ち着いたんだと話した。

 ほっそりした面長の顔で、メガネをはずすと、眼が点のように小さくなってしまう松田茂は、何でも、うんうんといって聞いてくれるので、話しやすかった。


                    ★


 神社の軒下で一晩を過ごした男は、次の日、また伯母の家を訪ねた。

 今度は、伯母は家に居て、すぐに不動産屋に連絡を入れてくれた。少し休んでいったら、といわれたが、断って、不動産屋に鍵を取りに行った。


 不動産屋の、うさんくさげな眼は変わらず、前日のことをあやまりもせず、失くさぬよう注意してください、と、家の鍵を手渡された。どうやら、男のことを犯罪歴のある人間ではないかと疑っているらしい。

 伯母が連絡したときも、男の経歴を、根掘り葉掘り尋ねたらしい。

 伯母は、男のことは、この街に住んでいたあいだのことしか知らない。男に連絡をくれたのも、祖父の葬儀に招く人を選ぶため、祖父の保管していた手紙類をみていたとき、男のハガキがそのなかにあって、書いてあった住所を知ったからだという。


 男は、結局、葬儀には出なかった。故郷まで戻る交通費が捻出できなかったのだ。

 伯母から、祖父の家の法定相続人であることを知らせる手紙が来た時、相続を放棄しようか、迷った。家や土地を相続しても、相続税を払うために、いずれは売らなければならない。

 手紙に記されていた伯母の電話番号にかけると、相続するにしろ、しないにしろ、一度家をみてみたら、と説得された。


 伯母の生家でもある祖父の家を、できれば、引き継いで住んでほしいような口ぶりだった。ちょうど、臨時収入が入り、旅費ができたこともあって(まったく懐かしい気持ちがないわけでもなかった)、とりあえず、家に戻ってみようと、重い腰をあげたのだ。


 鍵を開けて、家のなかに入ると、さすがにかび臭く、ほこりが廊下に薄く溜まっていた。締めきっていた掃き出し窓を開け、二階にも上ってみた。


 二階の窓も開けた。

 男の勉強部屋だったそこは、いまは物置にされており、古い寝具や、新聞紙、カバーが剥がれて綿やスポンジのようなものがはみ出しているクッションなど、雑多なゴミにしかみえないものが積まれていた。


 一階に戻ると、庭を覗いてみた。畳三畳分ほどしかない、小さな庭で、まんなか辺りに、水はけが悪いのか、小さな水たまりができていた。

 庭の外周一面に雑草が生えていたが、それほど伸びていないのは、祖父が生前、刈っていたからだろう。

 男は庭に下りて、久しぶりの土の感触を楽しんだ。隣家に日がさえぎられて、影になったところを歩くと靴の裏から、ひんやりとした冷気が浸み込んでくる。


 何が植えてあるんだろう? 

 庭の西の端に、こぶのような土の盛り上がりがあった。

 球根でも、埋めたあとだろうか?

 男は、その盛り上がりを、じっと眺めた。


                    ★


 5月のゴールデンウィークが終わり(結局、武は実家にはもどらず、茂が広島に帰っているあいだ、ひとりで周辺の観光地をまわって過ごした)、講義があまり冷房のきかない大講義室で行われ、汗だくになって過ごしていた頃、ある事件が起こった。


 怪異、亡霊襲撃事件――。


 新聞部が発行する学内新聞に、事件の全容が載っていた。

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