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こだま憑き  作者: ブルージャム
第三部 幕末編
39/73

旅立ちの剣  危険 その二

「ありがとうございます」

 三郎は、人形をふところにしまうと、あらためて礼をして、祖母の部屋を出た。


 藩と藩の国境近くにあるさびれた寺のお堂で、肩に傷を負った行商人は、荒い息を吐きながら、休んでいた。

 四人いて、一人の老婆に敗れるとは……。 

 あの三人が、素性を吐くことはないだろうが、どこから来た者かは、わかりきっている。表立っては何もなくても、裏で藩の重役には激しい抗議があるだろう。  

 だが、脱藩者がいつまでも、この藩にいるわけではない。やがて、目的地に向けて旅立つにちがいない。

 まだ、狙う機会はある。

 行商人は仲間と連絡をとり、食料と薬を届けさせた。使いの者は、二度のしくじりは許されぬ、しくじれば戻れぬことも覚悟せよ、との、頭領からの言づてを伝えてきた。


 わざわざいわれなくても、わかっている。今までも、ずっとそうだったのだ。しくじった仲間で、そのまま戻ってこず、行方知らずになった者は多い。

 自分は、そうはならない。

 行商人は、ふところから、古びたお札を取り出した。十四、五年も前に先代の頭領から渡されたものだった。

 先代の頭領は、今の頭領と違って、人外の術を操ることに長けていた。古い寺か神社で、この札を使えば、この身は人外の力を得ることができる。

 ただし、一度しか使えぬ、心して使え。先代の頭領の言葉が、耳に残っている。


 今が、その使いどきだった。

 寺の本堂の北東側にまわると、札を廂の下に置き、教えられた呪文をとなえ、眼をつむり一心に祈った。

 行商人の身体が、カッと熱くなった。半透明のもやもやとした何かが、はるか上方から降ってきた。眼をつむり、たたずんでいる行商人の身体にかぶさり、吸い込まれるようにして消えた。


 行商人は、ゆっくりと眼を開けた。

 自分の内部の、底の、そのまた奥底に、誰かが、ひっそりとたたずんでいた。

 ――何者にも負けぬ。

 その誰かの強い意志が、行商人を奮い立たせた。

 ――わしは、誰にも、負けぬ。

 強い力が身の内にみなぎり、心臓が激しく脈打っていた。 


 行商人は寺を出て、藩の国境を越え、伊予に通じる街道沿いの林に隠れた。

 伊予の港まで行くのなら、必ずここを通るはず……。

 ――ここで仕留める。

 行商人は、ひと月でもふた月でも待つ覚悟で、眼を凝らし、街道を通る人々を見張り始めた。

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