旅立ちの剣 対決 その一
「誰か、近づいてきておるようじゃ」
千代ばあさんが、ふいに声をあげた。
猪之助と話し続けていた小夜が振り向いた。
「兄上が、あとから来るっていってた」
「いや、三、四人、おるようじゃ」
千代ばあさんは、木刀替わりの杖をとりあげ立ちあがった。
「心当たりは、あるかの?」
猪之助は強く首を振り、立ちあがった。
「ここに、いてください」
ふたりに迷惑をかけたくないのか、外に出ようと、小夜を手で制し、千代ばあさんの横を通り抜けようとした。
と、千代ばあさんが、猪之助の肩を押さえた。肩に置かれた手を、猪之助は振り払おうともがいた。
が、びくともしない。千代ばあさんの手が重しとなって、猪之助の身体を押さえていた。老人の手とは思えない強さだった。
「行かせてください! ここで斬り合いになったら、おふたりがあぶない」
「わしに、まかせてもらえんか?」
千代ばあさんは、鋭い眼で、猪之助をみている。
小夜も、猪之助の腕をとって、祖母に加勢した。
「おばあさまは、大丈夫だから。その怪我じゃ無理だから!」
「お主が出れば、切られるだけじゃ。他藩の、それも武家の者がいれば、無茶はできまい」
猪之助は、ふらつき膝をついた。やはり、無理をしていたようで、くそっという小さな声を漏らし、千代ばあさんと小夜に頭をさげた。
「情けないが、お頼み申します。追手は、何人も切り殺している手練れです。くれぐれも気をつけてください」
千代ばあさんは、うなずくと、焚き木のあいだを抜け、橋のたもとに出た。
「誰か、おるのか? 隠れておらんで出てこんか!」
大声で呼びかけた。
「四人、いるようじゃの。何用じゃ?」
木々の奥でガサゴソと音がした。白い巡礼装束をまとい、笠をかぶった老人と、その後ろに付き従う家来らしき男がふたり、姿を現した。
「まだ一人、いるじゃろ?」
千代ばあさんは、鋭い目で、林の奥をにらみつけた。
また、ガサゴソと音がして、先の三人とは離れた、右手の方の木の陰から、行商人の男が現れた。
白装束の老人が、口を開いた。
「奥にいる者を、こちらに渡せ」
「渡せぬな」
千代ばあさんは、まったく動じた様子が無かった。刀替わりの杖を軽く握り、膝を少し曲げ、右足をわずかに前へ踏み出した姿勢を保っている。




